第283話 壮大な無駄遣い

「あ、レイくん。終わった?」

 居間へ戻ると、すぐに姉さんに声を掛けられた。


「(……姉さんにも言っておくべきだよなぁ)」

 金貨百枚以上の価値があるかもしれない魔石をボクの一存だけで勝手に使用するわけにはいかない。


 とはいえ、こんな貴重な機会を手放すなんて選択肢も無い。


「ねぇ、レイくーん。聞いてる~?」

「うん、大丈夫だよ。……姉さん、相談があるんだけど」

「相談?」

「うん、ちょっと向こうで話そう」

「いいけど……ここじゃダメなの?」


 姉さんの後ろを見ると、サクラちゃんとミーシャちゃんは楽しそうに話をしていた。

 彼女達の前で生々しい話をあまりしたくない。


「……聴かれて不味いってわけではないけど」

「うーん、事情がありそうだね。じゃあ部屋を出ようか」

 姉さんは後ろを向いて、サクラちゃん達に声を掛けた。


「私はレイくんとお散歩してくるね。サクラちゃん達はゆっくりしてて」

「「はーい」」

 その間に、ボクは居間に置いてあった鞄を手にする。

 この中に以前に入手した魔石が入っているのだ。


「お待たせ」

「それじゃ行こうか」

 ボクは姉さんと一緒に玄関へ向かい、外に出る。外はまだ明るく良い天気だった。周囲も魔物こそいるが散歩するには良い場所だろう。


 ボク達は歩きながら話すことにした。


「良い天気だねー」

「空気も綺麗だし……自然も沢山あっていい場所だと思う。魔物さえいなければだけど」

「まぁ今はレイくんがいるから魔物も平気だけどねー」

 信頼されてるなぁ……。ボクそんなに強いわけでもないんだけど。


「ところで、話って?」

 珍しい。姉さんがすぐに本題に入ってきた。

 こうやって姉さんと話してると、のんびりとした話が続くのだけど……。

 普段はのほほんとしていて、何事も深く考えない性格に見えるけど、こういう時はしっかりしている。


「あのさ、実は――」


 ◆


「――なるほど。確かにあの魔石は貴重かもね。でも、良いんじゃない? 使っちゃっても」

 意外なほどあっさり許可が出た。


「……良いの? 売れば相当な価値があるかもしれないんだよ?」

 姉さんはボク達のお金の管理をしている。なので、重要な買い物をするときは最初に姉さんを通して、パーティメンバー全員の承諾が必要になる。


 だけど、今ここに居るパーティメンバーは姉さんだけだ。

 今回一緒に来ているサクラちゃんとミーシャちゃんは、仲間ではあるけど同じパーティメンバーというわけでは無い。

 だからこそ、姉さんの判断が重要なわけだけど。


「あとで私からエミリアちゃんとレベッカちゃんにも伝えておくから。

 大丈夫よ。二人とは付き合いが長いんだからすぐに納得してくれるはずだよ」


「ありがとう、姉さん」

 これで魔石が使える。

 ボクは姉さんに礼を言ってからジンガさんの待つ工房へ向かった。


 ◆


「お待たせしました」

 ボクは早速、鞄から魔石を取り出した。


「見せてみろ」

 ジンガさんに言われて魔石を手渡す。


 この魔石は、魔石鉱脈と言われる廃鉱山から入手したものだ。


 近くの村に古びた地図が残されていて、その場所が示す場所が魔石鉱脈だったわけだけど、その場所の隠し階段に、この魔石が一つだけ残されていた。


 その後、仕組まれたかのように鉱脈が崩落して、ボク達は危うく生き埋めになるところだったけど……。


「これは……間違いない。最上級の魔石だ」

 ジンガさんが魔石を見ながら呟いた。


「えっと、そんなに凄いんですか?」


「あぁ、お前達が持ってきた魔石の中ではかなりの値が付く。これほどの物は、魔物を討伐しても入手出来ないだろう。おそらく天然ものだな」


「価値としてはどれくらいのものなんですか?」


「さっき言った金貨千枚で取引された魔石と遜色ない。あの時は流石に値段を釣り上げられてたと思うが、まぁそれでも金貨五百枚は下らないだろうな」


 それを聞いて流石に動揺した。

 許可を得たとはいえ、とんでもない高価なものだった。


「そ、そんなに……」

「これなら間違いなく、聖剣の材料として使えるだろう」

「良かった……」


 ジンガさんは、鍛冶に使用する材料を揃えながら言った。


「俺はこれから聖剣の修復作業に入る。また明日来い」

「分かりました。それならミーシャちゃん達と一緒に一旦帰りますね」


 ボクの言葉に、ジンガさんはピクッと反応した。


「ああ……ところで、ミーシャの話だが……」

「はい?」

「……サクラと言ったか? 彼女を『お姉さま』などと呼んでいたが……一体どういう関係なのだ?」

「冒険者仲間で友達……なんだと思うんですが……」


 ボクとミーシャちゃんはまだ出会ったばかりで、あまり親しいわけでは無い。だけど、ミーシャちゃんのサクラちゃんに対する態度は友達を超えた感情を持ってるように見えなくもない。


「……その反応をみると、嫌な予感が当たったようだ。

 ……うちの家系は、みな立派な戦士として育つように、俺が指導していたんだが……。ミーシャも立派な戦士として育てるべく、女ではあるが男と同じように厳しく指導をしていたのだ。

 その反動か……同性に良からぬ感情を抱くようになったようでな。それで、まさかとは思うが……。いや、何でも無い」


 ジンガさんは言いかけた言葉を飲み込んだ。

 言わんとしてることは分かる。そして信じたくないという気持ちも理解できる。

 だけど、その相手がサクラちゃんなら大丈夫じゃないかという想いもある。


「サクラちゃんは軽く受け流しているみたいです。

 なので、本当にそういう事態にはならないと思うんですが……」

「………」

 ぶっちゃけボクも自信が無い。ただ、サクラちゃんがその気にならない限り、ジンガさんが心配するようなことにはならないだろう。


「……これは、考えないといかんな」

「何をですか?」

「ミーシャに、俺が認めるような男を紹介する」

「えぇ……それって、お見合いみたいな?」

「何だ、それは?」

「いえ、気にしないでください」

 そういえばこの世界にお見合いとかあったっけ?


「……とりあえず、今日は帰れ」

「はい。よろしくお願いします」

 ボクは頭を下げてから、工房を出ようとする。しかし、何故か止められる。


「待て……言おうかどうか悩んでいたが、どうしても気になることがある」

「え?」


「レイ……お前、女だったのか……?」


 ………。

 ……………。


 自分が薬のせいで女体化してたの忘れてましたね。うん。


「アハハ、ボクハオトコノコデスヨォ」

「何故片言なんだ? それに、声が裏返っているぞ」

「ちょっと取り乱しちゃいまして……」

 ボクは冷や汗を流しながら誤魔化した。


「ふむ、まぁ良い。それより、ミーシャがお姉さまと呼ぶのをどうにかしてくれ。あれを聞いてると、俺の育て方が悪かったのかと自己嫌悪に陥ってしまう」

「ぜ、善処しまーす」

 そっちに関しては高難易度過ぎて責任が持てない。


 こうして、ボク達は工房を出た。

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