第645話 死神

 前回のあらすじ。

 帰って来たらエミリアのお姉さんがいて一悶着あった。


「それで、セレナさんが居てエミリアがここに居ない理由は?」

「……セレナの代わりに、自分が神依木を内部から支える役目を請け負ったという話みたいよ」

 僕の質問に、ノルンはセレナさんに代わってそう答えた。


「(そっか……エミリア、セレナさんの事心配してたもんね……)」

 今、神依木は誰かが支えていないとすぐに枯れて消滅してしまう状態だ。

 今まではセレナさんが内部から支えてどうにかなっていたけど、代わりに彼女の魔力と生命力を樹に供給し続ける必要があった。

 エミリアは、セレナさんが限界だろうと察して、自分が代わりに樹を支える役目を請け負ったのだろう。


 ……しかし、その割には……。


 僕達は、元気そうに見えるセレナさんに視線を移す。


「……セレナさんは、なんでそんなに平気そうなんですか?」


「そう見えるかしら? これでも、長い間魔力を吸われ続けて結構ヘロヘロだったんだけどね。でも、エミリアが来てくれたお陰で活力に満ちてるわ。

 ……ああ、エミリア……貴女が近くに居るというだけで得られる栄養があるのよ………ふふ、ふふふふふ」


「ひいっ!」

セレナさんは、若干怪しい目付きでエミリアがいない方向を見つめては、時折笑っていた。なまじ顔が美人だからかなり怖かった。


「まぁそんな感じで私も暫くは大丈夫そうよ。……という訳で……」


 セレナさんがそう言いかけた時――


 突如、遠くから耳をつんざくかのような轟音が聞こえてきた。


「!?」

「……なに、この音……」

 僕達は轟音のした方に視線を向ける。すると、遠くの空から煙が上がってるのを見つける。あの方角は、戻ってくる途中で気配を感じた辺りの場所だ。


「私の、森が……」

 ノルンは、身体をガタガタと震わせてその場でしゃがみ込む。

 煙の上がった場所は、火の手が広がっており、森の木が次々と燃えていく。


「ノルン、大丈夫!?」

 僕は彼女の肩に手を置いて落ち着かせる。


「私は大丈夫……でも、あのまま放っておいたら森が……」

「一体誰があんなことを?」


 セレナさんが、深刻な表情でそう呟く。


「(多分さっきの気配の仕業だ。見逃したのは失敗だったか……?)」

 僕とルナを狙った罠だと思って敢えて無視したのだが、業を煮やしたあちらが強硬策を取ってきたのだろうか。


「とにかく、早く行かないと、森が大火事になっちゃいますよ!!」

 サクラちゃんの言葉の皆が頷き、僕は僕はノルンの背中をポンポンと叩いて彼女を立ち上がらせる。そして、サクラ、レベッカ、ベルフラウの三人は事態を重く受け止めて、僕に言った。


「レイさん、急ぎましょう!」


「もし、森全体に火の手が広がってしまってはどうしようもありません。今は一刻を争います!!」


「さぁ、早く!!」


 三人は僕達をそう急かす。


「(……っ、どうする、行くか?)」

 僕は、この場を去って三人と行くべきか悩んでいた。森を放火した犯人が誰かは分からないが、十中八九、僕が気配を感じた人物の仕業だろう。


 しかし、それがこの森の神依木を狙っている『敵』だとしたら、全員でここを離れるわけにはいかない。


「……いや、僕とノルンはここに残るよ。皆は様子を見てきてほしい」

「レイ様は来ないのですか……? 何故……?」


 煮え切らない態度の僕を見て、レベッカが珍しく疑惑の声を上げる。しかし、姉さんは僕の顔を見て何かを感じ取ったようで、レベッカの肩にポンと手を当てて落ち着かせる。


「分かった、レイくん。私達に任せて」


「姉さん、頼んだよ。……ルナ、竜化して三人を送ってあげて」


「分かった。じゃあ、変身するね」


 ルナはそう言うと、身体を光らせて、美しい月の竜に変化した。


『三人共、乗って!』

 ルナが叫ぶと、三人は慌てた様子で彼女の背中に飛び移る。


「セレナさんは来ないの?」

 サクラは、僕達の様子をジッと見つけていたセレナさんに声を掛ける。

 するとセレナさんは首を静かに横に振る。


「私も、ノルンが心配だからここに残るわ」


「分かりました。じゃあ、急いでいってきますねー。ルナさん、全速前進です♪」


『しっかり掴まっててね!』


ルナはそう言うと、翼をバサバサと羽ばたかせて空へ飛び上がる。そして、サクラの言う通りルナは全速力で、煙が上がった場所へと向かっていき、すぐに見えなくなった。


「レイ、それにセレナ。なぜ二人は彼女達と一緒に行かなかったの?」

「それは……」


 僕がノルンに答えようとすると、セレナさんは彼女の頭を撫でながら言った。


「言ったでしょ、貴女が心配なの。……ね、義弟おとうとくん?」

「いや、呼び方……」


 僕は、セレナさんの唐突な呼び方に困惑しながら突っ込みを入れる。

 いくらなんでも気が早過ぎないだろうか。


 そんな風に思っていると、セレナさんはこちらをジッと見つめてきた。 


「……ふぅ~ん」

「な、なんですか……セレナさん?」


「……アナタ、若いのに意外と慎重な判断をすると思ったのよ。貴方くらいの年頃ならもっと勢いで飛び出して行くのが普通だと思うのにね」


 そう言いながらセレナさんは微笑み、僕から二歩後ろに引いてノルンの隣に立つ。


「……セレナ、それはどういう事?」


「教えてあげるわ。……ねぇ義弟くん、もしかして『敵』の存在に見当が付いてるんじゃない?」


「……!」


 ……勘が良いな、この人。まだ何も言ってないのに、僕の懸念を言い当ててきた。


「……よく分かりましたね」


「私を誰だと思ってるのかしら? これでも、私はそれなりに高名な占い師でもあるの。アナタが、まだ私達に言ってない何かがあるのは見れば分かるわよ」


「う……」


「アナタが彼女達と一緒に行かなかった理由も当ててあげましょうか。おそらくアナタの想定する『敵』は、私達をこの【神依木】から別の場所に誘導させるためにこの森を放火した。それに気付いてアナタはノルンを守るために、敢えて彼女達に任せて自分はここに残ることにしたんじゃないかしら?」


 セレナさんは、そこまで言うと視線をノルンに移すと、優しい口調で彼女に声を掛ける。


「大丈夫よ、ノルン。私のおとうとはしっかりしてるから」

「いや、義弟じゃないですから」


 再び、突っ込む僕。しかし、ノルンは首を横に振って僕達二人に視線を向ける。


「……ええ、二人とも頼りにしてるわ」


 ノルンはそう言って、僕達に笑顔を向ける。

 外見そのままの屈託のない可愛らしい笑みだった。


「ふふ……任せて」

「そう言われたら、僕も頑張らないとね」


 僕とセレナさんは、互いに顔を見合わせては微笑み合い、軽く拳をぶつけ合う。


「……それで、アナタは『敵』の正体を知っているのでしょう?」


 質問されて、僕は『敵』の顔を思い浮かべながら答える。


「……今回の件、闇ギルドの人達が<死霊術>を使用していました。

 多分、それを教えた奴が今回の事件の黒幕です。そいつは、魔王軍の―――」


 僕がその『敵』の名前を口に出そうとする。

 

 しかし、その時―――


「―――!!」

 突如、巨大な魔力の塊が、神依木目掛けて空から飛んでくる。僕は即座に鞘から聖剣を取り出して、神依木のてっぺんへ刃先を向ける。そして、魔力の塊の衝突の寸前に、神依木を守るように聖剣の力を一気に解放させる。


 解放された聖剣の力は、神依木を守る光の障壁となり、『敵』の放った魔力の塊を弾き飛ばす。


 そして、その攻撃を凌いだと同時に僕は叫ぶ。


「セレナさん!!」

「今の魔力弾を放ってきた方向で敵の位置が読めたわ………そこよっ!!」


 セレナさんは即座に僕の呼びかけの意味を理解し、上空へ魔力弾を放つ。


『!!!』


 上空で見えない何かに衝突したようで、魔力の波紋がこちらまで伝わってきた。

 次の瞬間、上空で爆発が起こり、周囲に強い突風が巻き起こった。


 しかし、セレナさんは軽く舌打ちをして、忌々しそうに言った。


「……やっぱり、そう簡単にはいかないわね」

 彼女の言葉から数秒後、爆発で巻き起こった煙が晴れてくる。そこには――――


『カカカカカカカッ……』

 ケタケタと、顎の骨が砕けた様な笑い声を上げる、黒いローブを纏った人物が佇んでいた。


 いや、それは人間ではなかった。その人物は、人の形はしているものの白骨化しており、ローブからはみ出している顔も、髑髏しゃれこうべそのものだった。


 しかし、その髑髏の目の部分の窪みから赤い光が不気味に輝いており、ただのスケルトンでは無い事が見て取れる。


「―――やっぱり、お前か………!!」

 僕は、そのスケルトンの魔物が誰なのか、瞬時に理解出来た。


『カカッ……久しぶりだな、我が好敵手……レイ!!!』


 その魔物は――魔王軍の幹部にして、魔軍将の一人。【死霊術】と【召喚魔法】という、人知を超えた二つの禁呪を自在に使いこなす恐るべき魔道士、ロドクだった。

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