第149話 トラップトリック

 案内された廃屋は数キロ離れた森の近くだった。

 この廃屋は元々宿として使われていたらしい。

 しかし宿の主人が奇病で亡くなり、以降は放置されていたようだ。


「ここが……ねぇ」

「随分と寂れた場所ですね……」


 長年人が住んでいないためか、

 建物はボロボロで草木は生い茂っている。

 廃屋はそれなりの大きさがある二階建てだった。

 二階は窓はあるが真っ暗で何も見えない。


「……ん?」

 足元を見ると、色が付いた石が散乱していた。


「これって、<魔封石>かな?」

 僕の言葉にみんなが反応して覗きこむ。


「レイ様の仰る通りですね。

 魔物に近付かれないように置かれていたのでしょうが……」


 その魔封石は風化してしまっているのか、

 僕が少し拾い上げるとボロボロと砕け散った。


「この様子だと、魔物も入り込んでいるかも」

「……そうみたいね」

 姉さんは周りを見渡しながらそう答える。


「とりあえず入ってみましょうか」

「うん、そうだね」


 僕達は警戒しつつ廃屋の扉を開ける。

 ギィ、と錆びついた音を立てて開いた。


 ―――静かだ。

 女の子の話だと、盗賊が占拠してると聞いてたんだけど……。

 そこで、ふと振り返る。


「―――あれ、女の子は?」

 僕達の後ろにいたはずの女の子がいない。


「えっ!?」

 エミリアが驚いて声を上げる。


「いつの間に……」

「ふむ、村に帰ったのでございましょうか?」


 確かに、一緒に来ると戦いに巻き込まれる可能性がある。

 それを考慮するなら女の子には村に帰ってもらった方が安全だ。

 だけど何も言わずに帰るのは……。


「姉さん、知ってた?」

「ううん、少し前には手を繋いでたんだけど……。

 廃屋の近くに来た辺りで女の子が手を離しちゃって……」


 まだ幼いから奔放に歩き回ってる可能性もある。

 本当に村に帰ったならそれでいいんだけど、

 ここは盗賊が住み着いてるって話だし万一の可能性もある。


「一旦廃屋を出て、女の子を探してみよう」


 僕達は廃屋の外に出て、周囲を見渡す。

 しかし、数分探しても女の子の姿が見当たらない。


「見つかりませんね……」

 こうなると、村に帰ったと考えるのが自然だろうか。


「仕方ない、廃屋に戻ろう」

 そう言って振り向き戻っていく。


 ――しかし、途中で誰かの声が聞こえた。


「姉さん、今」

「うん、私にも聞こえたわ」

 僕達は声の聞こえた場所に歩いていった。


 そこには見知らぬ男が倒れていた。


「た、たす……け」

 男はこちらに助けを求めるように手を伸ばすが、

 そこで力尽きたのか動かなくなった。


「っ!?大丈夫ですか?」

 僕は男に近寄って抱き起こす。

 しかし、見たところ外傷らしきものは無い。


 ただ、風貌は異様だ。

 服は風化したかのようにボロボロで、顔は酷くやつれている。

 そして気になるのは、男の周りに絡みついた植物の茎。


「しっかりしてください!!」

 僕はもう一度声を掛けるが、男に反応は無い。

 心臓の音を聴くと、既に止まっていた。


「死んでいるようですね……」

「……そうだね」


 ……こんな、人が簡単に死ぬなんて。

 それに、簡単にそれを受け入れている自分もおかしい。

 異世界に来て、感覚が麻痺してしまったのだろうか。


「この男の人は、やっぱり盗賊なのかしら?」

「そうなのかな……」

 盗賊団の仲間なのだろうか?

 それにしては随分と痩せ細っているけど。


「分からない、ただ……」

 この廃屋には、多分盗賊以外の何かがいる。

 もしかしたら女の子が危ないかもしれない。


「みんな、急いで廃屋に入ろう」


 ◆


 廃屋に入ると、先ほどと同じくやはり静かだ。

 しかし、建物のどこかからうっすらと甘い匂いがする。


「何でしょう?この香りは……」

 レベッカは鼻をひくつかせて呟く。

 僕より鼻が利くようで、レベッカは不快感を露わにしていた。


 それでも歩みを止めるわけにはいかない。

 僕達は廃屋の床を踏み外さないように慎重に進んでいく。


 ――キィキィと、軋む床の音がする。


 しばらく進むと、正面に扉が見えてきた。


「元々宿場ということなら、ここは多分……食堂ですね」


「じゃあそこに盗賊もいるかもね」


「その可能性は高いです。

 一応襲撃を予想して武器を構えておきましょうか」


 僕達はそれぞれ剣を、杖を、槍を構えて、ゆっくり扉を開ける。

 すると、中からより甘い匂いが漂ってきた。


「……誰もいないみたいですね」

「……いや」


 エミリアの言葉を否定して、

 僕はゆっくりと部屋に入っていく。

 するとそこには……。


「―――っ!?」

 盗賊団と思わしき男たちが床に倒れていた。

 全員意識を失っているのかピクリとも動かない。


「これは一体……」

 誰か居たような感じはしたけど、まさか死んでいる?

 僕が困惑していると、姉さんが近くに来て男たちに触れる。


「―――駄目ね、もう息が無いわ」

 姉さんは首を横に振った。


「――どうして、この人たちは」


「恐らくこの人たちが盗賊団の人達なのでしょう」

 エミリアはそう言いながら倒れている男の一人に近づく。


「失礼しますよ」

 エミリアはその男をまじまじと伺う。


「……この人達の服に見覚えありませんか?」


 見覚え?

 こんな人たちに知り合いなんて――


「―――あっ、もしかして、前の山賊の?」


 以前、この大陸に渡る前に、

 イースという街の前で検問紛いのことをやっていた山賊。

 その時の彼らと同じ服装、散らばってる武器も同じだった。


「うっ……」

 死体を見て気分が悪くなったのか、

 レベッカは部屋から遠ざかろうとする。

 鼻と口を抑えていて、顔色も悪い。


「レベッカちゃん、大丈夫?」

 姉さんが心配して駆け寄り、背中を撫でてあげる。


「大丈夫……で、ございます」

 言葉と裏腹にレベッカは気分がかなり悪そうだ。


「ここは僕が見ておくから、

 姉さん達はレベッカを連れて外に出てていいよ」


 人の死体を見て気分が悪くなるのは当然だ。

 レベッカの反応は正しい。


「ごめんね、レイくん」

 姉さんとレベッカ達が部屋を出て行く。

 エミリアもレベッカを支えながら、こちらに頷いて出て行く。


 一人になった僕は改めて盗賊たちを見る。


 ……死体の部屋だというのに。

 何で落ち着いているんだろう、僕は正常なのだろうか。


「あっちでは山賊、

 こっちに来たら盗賊をやってたのか……」

 

 改心してくれるかなって思ったのに……。

 まさか、こんな結末を迎えることになるなんて……。


「……」

 この人達に同情する人は居ないだろうけど、

 せめて僕だけでも、祈ることにする。


 そして、ひとしきり祈った後、

 この部屋に女の子が居ないことを確認する。

 

 そのまま部屋を出て行こうとするのだが、

 そこで違和感に気付いた。


「この、盗賊達……」

 服の中が妙に盛り上がってる。

 そう思った次の瞬間、

 男の中の服が破れ飛び、何かが飛び出してきた。


「うわっ!!」

 僕は危険を感じてその場から咄嗟に離れる。


 男から飛び出してきたのは、植物の蔦だった。

 破けた服から、植物と思わしき緑色の何かが見え隠れしている。


「……」

 そして、死んでいたと思っていた男たちは、

 まるでマリオネットのように、不気味に起き上がった。


「うっ!?」

 僕は思わず後ずさりをする。

 そして、男たちはこちらに向かって襲い掛かってきた。


「――っ!」

 命の危険を感じて、

 僕は襲い掛かってきた男を剣で斬り飛ばし、

 その部屋を走って出る。


「――レイ?どうしたのですか?」

 先に部屋を出ていた女の子3人は、

 僕の鬼気迫る表情に驚いている。


「逃げるんだ!!」

 僕は彼女たちにそう言って、再び走り出す。

 後ろからは不気味な笑い声をあげながら、

 盗賊たちが追いかけてくる。


「うわっ!?」

「な、何事でしょうか!?」

「え、だってあの人達死んで……!?」


 説明してる暇はない。

 今は皆で逃げてこの廃屋を脱出しなければ……!


 しかし、入り口まで戻ってきた僕達は絶望した。

 建物の一部が崩落でもしたのか、

 入り口瓦礫で押し潰されていたからだ。


「くっ、閉じ込められた!!」

「レイ君、どうしよう……!!」


 男たちの歩みはまるでゾンビのように不自然で遅いが、

 僕達は確実に追い込まれていた。


「―――仕方ない、倒そう」

 僕は剣を構えて男たちに向かって剣を振るう。

 男たちの身体は容易く僕の剣で両断されるが、

 その断面から植物の蔦が触手のように飛び出てくる。


「なっ!?」

 僕は慌てて後ろに下がり、植物の蔦を回避するが……。


 剣で斬った断面から飛び出した植物の蔦は、

 鎖のように断面を繋ぎ合わせ、元と同じように胴体が繋がった。


「(……間違いなく、もう人間じゃない)」


 僕は改めて目の前の男を観察する。

 肌が青白く変色し、瞳孔が開ききっている。

 もはや生きているとは言えないだろう。


「エミリアちゃん、お願い」

「分かりました。

 ――火球よ、焼き尽くせ<火球・改>ファイアボール


 エミリアの魔法が発動すると火球が男達を襲う。

 だが、炎に包まれながらも男たちの動きは止まらない。

 それでもこちらに向かってくる。


「―――っ!!」

 しかし、男たちに巻き付いていた植物も焼き尽くされ、

 男たちはまるで糸が切れたかのようにバタリと倒れた。

 そこに残されたのは、焼け焦げた死体だった。


「――助かったよ、エミリア」

「いえ、しかし今のはどういうことなのか……」


 そのエミリアの言葉に、姉さんが答えた。

「多分だけど、今の男の人達は植物に操られてたのよ」


「植物に?」


「ええ、私の<植物操作>と使い方が少し違うようだけど、

 おそらく、死体に植物の種でも仕込んで、

 体内に植物を寄生させて文字通りに操り人形にしてるんだと思うわ」


 姉さんの<植物操作>は周囲にある植物を操る能力だ。

 それ以外にも種子を一気に急成長させるなどの使い方もある。


「誰かが<植物操作>のような能力で操って僕達を襲わせた……?」

「多分、だけどね」


 確かにそれなら辻妻も合う気がする。

 方法は分からないけど、この人たちに植物の種を植え付けて、

 そこから根を張り巡らせて体を侵食させたんだろう。

 そして、完全に支配した後、今度は生きたまま苗床として使う。


 その姉さんの話を聞いたエミリアは言った。

「となると、この盗賊……。いや、山賊ですか、ややこしいですね……。

 この男たちが来る前に住んでた魔物にやられたと考えるのが自然でしょうね」


「とりあえず、一旦外に出よう。

 こんなところにいたらいつ襲われるかわからないから」

 とはいえ、入り口は瓦礫で完全に埋まっている。

 ここからは出ることは出来ない。


「困りましたね……」

「他の部屋も探してみよう!」


 僕達はまた襲われないよう、警戒しながら進む。

 せめて、女の子が無事でありますように――!!

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