第586話 神頼み

 カエデの背中に乗って、僕達三人は空を飛んでいた。目的地はそこまで遠くなく、以前に行ったことのある王都の東の方向に約5キロ離れた洞窟が目的地だ。


「カエデ、あそこに降りてくれる?」

『りょーかーい』


 カエデは僕の言う事に素直に応じて減速すると、翼をゆっくり上下させて降下していく。

 僕とレベッカは彼女の背中から降りて地上に着地する。


「カエデ、ありがとね。ちょっとここで待っててくれる?」


『うん、いつまでも待ってるよ』


「……助かるよ。キミが居てくれて良かった」

 僕はカエデの大きな頭を撫でる。


「……レイ様、ここに来るという事は……」

 今まで黙って着いてきていたレベッカが、僕の隣に来て訊ねる。


「うん、そうだよ。これから女神様に会いに行くつもり」


「……ミリク様とイリスティリア様」


「……カレンさんを救う方法は僕には思いつかない。魔法に関する知識が豊富なエミリアですらカレンさんの呪いを解くことが出来なかった。だから、僕は神頼みをするしかない……まぁ……文字通り女神様に直接頼みに行くって事だよ」


 そう言って苦笑して、僕は洞窟の中に入って行く。

 それに続いてレベッカも僕の後に続いていく。


 洞窟の中は、以前に来た時と変わりない。

 野生の魔物や魔獣が洞窟の中に入り込んでいるが、今回は討伐が目的じゃない。

 最初に述べたように、僕は女神様に会うためにこの洞窟にやってきた。


 ――次元の門。


 人間の世界と神様が住んでいる領域の狭間にある場所の名称だ。とある偶然で出来たこの洞窟の中は、その次元の門へと繋がっており、僕は一度次元の門の先の女神様に導かれたことがある。


 洞窟の深部に足を踏み入れた僕達二人は足を止める。


「以前にレイ様が導かれたのはこの辺りでございますか?」

「うん。僕が呼びかければ気付いてくれると思う」


 レベッカの質問にそう答え、僕は呼吸を整えてから洞窟内に響き渡るように声を出した。


「―――イリスティリア様、ミリク様!!

 レイです。あなた達の領域に連れていってください!!!!」


 そして、僕の声が洞窟内に反響する。

 しばらくすると、僕達の周囲が光り始めて、僕とレベッカの意識が遠くなっていく。


『―――よかろう、其方たちを再びこちらへ導こうぞ』


 そんな言葉を最後に僕の視界は完全に閉ざされていった……。


 ◆◆◆


 目を開くと、そこは前回来た時に訪れた宇宙の真っ只中のような真っ暗な空間に、360度星空の光に照らされた空間だった。


 間違いなくここは【神の領域】と呼ばれる場所だ。

 僕の隣にはレベッカが横たわっており、目を瞑って眠っていた。


「レベッカ、起きて」

 そう言いながら彼女を軽く揺り起こす。


「ん……んぅ……」

 寝ぼけたようなうめき声を出しながら、レベッカは僅かに目を開ける。

 そしてレベッカ緩慢な動作で上半身を起こす。


「……レイ様、ここは……?」

「神の領域……僕達は期待通り、またここに来れたみたいだよ」


 そう言いながら僕は立ち上がり、レベッカの手を取って彼女を立ち上がらせる。


「イリスティリア様、ミリク様……どっちでも構いません。居るんでしょう?」


 そう呼び掛けると、目の前の暗闇からゆっくりと光が溢れてくる。

 それは次第に大きくなっていき、僕達の目の前で止まる。


 光の中から二人の女神が現れた。


 一人は茶色のロングヘアーの髪と褐色の肌を持ち、活発な印象を感じさせる絶世の美女。


 もう一人は、生まれてから一度も髪を切ったことが無いのではと、思わせるほどの細く長い黒髪が印象的な真っ白い肌を持つ和風の美女の姿。


 褐色の肌の美女は、大地の女神ミリク様。

 黒髪の方は、風の女神イリスティリア様だ。


『久しぶりじゃのー、二人ともー』

 褐色の美女のミリク様は、以前と変わらない人懐っこそうな態度で話しかけてきた。


『……どちらでもよいと言われると神のとしての沽券に関わるのであるが……まぁ、多少の無礼は大目に見てやろうぞ』

 扇子を取り出して口元を隠して微笑みながらそう言ったのは、和服姿の女性、イリスティリア様だ。


「お久しぶりです。イリスティリア様、ミリク様」


「ご無沙汰しております」


『うむ、息災であったか?』


「はい。……ですが、今日はお願いがあってここに来ました」


 僕の言葉に、イリスティリア様が僅かに表情を固くする。


『……ふむ、どうやらただならぬ事情があるようだな。……申してみよ、我らなら其方の力になれるやもしれぬ』


「……実は―――」


 僕とレベッカは、起きた事を女神様二人に事細かに説明した。


 僕達の大切な家族であり仲間であるカレンさんの事。


 以前の魔王軍の襲撃の際、とある化け物によってカレンが重症を負ったこと。


 その時に、何かしらの呪いを受けて目を醒まさなくなったこと。


 その後、僕達はカレンさんを助ける為に奮闘し、どうにか彼女の意識を取り戻させたこと。


 ……そして、今日、再びカレンさんが倒れて目を醒まさなくなった事。


 僕達がその事を説明すると、二人の女神は、今まで見た事ないほど難しい表情をしていた。


『……なんと、そのような事が……』

『……まさか……しかし、その女子おなご……一体……?』


「……?」

 ミリク様の言葉に若干の違和感を覚えたが、今はそれを追求している場合でないと判断し、僕は単刀直入に二人に頼み込む。


「……お願いします。カレンさんを……僕達の家族を救ってください……!!」

「女神様……お願いいたします……!!!」


 僕たち二人は、その場で膝を付き、頭を深く下げる。


「僕達に出来る事は何でもやります! だから……どうか、カレンさんを助けてください!!!」

「わたくしからも、お願い致します……どうか、どうか……何卒……!」


 僕の隣でレベッカも同じように頭を下げて懇願していた。


『……良い、お主らには我らも感謝しておるのだ。そのように首(こうべ)を下げる必要などない』


『イリスティリアの言う通りじゃの。ほれ、こっち向かんか』


 そう言われて顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべた二人の美しい女神の姿があった。


「ありがとうございます……」

「……っ」


 安堵の気持ちが胸いっぱいに広がる。


 良かった……これで、きっとカレンさんは助かるはずだ。


 しかし、女神様の返答は僕達にとってあまり芳しくないものだった。


『―――だが、今の話を聞いた限り、すぐさま彼女を救うのは我らでも容易でないかもしれぬ』


「……え?」

 その言葉を聞いた時、僕は耳を疑った。


『つまり、救う事は難しいという事だ』

 イリスティリア様は、僕に聴こえなかったと判断したのだろう。

 より、簡潔に直球で言い直す。


 だけど彼女の言葉に、否応も無い冷たさを感じた。


 それはおそらく僕の勘違いだったのだろう。

 でも、その時の僕は、その言葉の裏を読み取るだけの余裕が無かった。


「―――っ!」

「……レイ様?」


 僕の様子がおかしいことを感じ取ったのだろう。レベッカが僕に声を掛けてくれたのだが、僕は自身の感情を止められなかった。


「――何故、何故ですか!!!!」

 僕は、自分とイリスティリア様の身分の事も頭から抜けて、彼女に掴みかかる。


『―――っ!』


『こ、こら、どうしたのじゃ……レイ!!』


「れ……レイ様!!」


「なんでだよっ、あなたは神様でしょ!? なんで僕の家族を助けてくれないんですかっ!!!」


 自分でも制御が出来ない感情が僕の心を支配していく。

 今まで、どうにか抑え込んでいた感情が、最悪のタイミングで爆発してしまった。


「どうして、あなたはそんなにも冷たいんだ!! それでも、あなたは神なのか!!」


 僕の叫びに、イリスティリア様が僅かに眉をひそめる。


『レイよ、落ち着くのじゃ……!!』


「レイ様、お気持ちは分かりますが……今は」


「……なんで、なんで………っ!」


 ミリク様が僕の肩を掴み、レベッカが必死に落ち着かせようと声を掛けるが、この時の僕は全く耳に入らず、ただ、ただ、目の前のイリスティリア様に怒りをぶつけていた。


 ……後から聞いた話だけど、この時の僕は涙をいっぱい流していたらしい。

 本来なら、女神様二人はもっと厳かに厳しく対応する所だったらしいのだが、普段の僕とはかけ離れたその突飛な行動と涙のせいですっかり毒気を抜かれてしまったようだ。


 ――その後、僕が落ち着くまで小時間の時を要した。


 レベッカが必死に僕を抑え、ミリク様は僕の暴走に困惑しながらも僕を必死に説得していた。僕に襟首を掴まれていたイリスティリア様は、何も言わずに僕が冷静になるのをずっと見守っていたようだ。


 そして僕の感情の爆発が次第に収まり、

 少し冷静になり始めた頃、イリスティリア様は静かに言った。


『……落ち着いたか?』

「……はい」


 僕は、女神様の言葉に小さく頷きながら言った。

 ……自分の感情が制御できなかった。こんなの、久しぶりだ……。


『気にせずともよい。其方も勇者とはいえ、一人の人間……。家族を想い、感情が抑えられぬ時もあろう。長く人間を見守っていた余も、その程度の事は理解しておる』


「……ごめんなさい」


『よい。それよりも、もう少し話を詳しく聞きたいのだ。先程、其方たちは『とある巨大な化け物と戦って彼女が重傷を負った』と言っておったな。その化け物の詳細を知りたい。そなたたちが知っているかぎりの情報を教えてくれ」


「それは……」

 冷静さを取り戻した僕は、レベッカの方に視線を移す。僕はその化け物と直接対峙をしたわけではない。別の場所で別の敵と対峙していたためその場に居なかったのだ。


 だが、その巨大な姿は遠くからでも観測出来た。

 そして、レベッカはその巨大な存在を間近で見ていた。


「レベッカ、話せる?」

「……はい、その魔物の正体は――――」


 レベッカは二人の女神に語る。

 その化け物が如何に恐ろしい存在であったのかを。

 そして、グラン陛下から教わったその化け物の正体をレベッカは明かした。

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