第850話 疑い

 これまでのあらすじ。


 行方を晦ました魔王を追うために、レイ達は魔王城の地下へ危険を覚悟して身を投じる。そこで待ち受けるのは魔王の手先と思われる魔物達と瘴気溢れる異界化したダンジョン。


 どれだけ倒しても尽きない強力な魔物達と、これまでのダンジョンを凶悪化させたような瘴気と凶悪なトラップの数々に苦戦し始めた僕達は、体力が尽きる前にレイは仲間と相談してアイデアを出し合うことに。結果、アカメの案に乗ることになった。


「じゃあ、アカメ。何をするかは分からないけど、任せて良い?」

「うん……それじゃあ、レイ達はここで待ってて欲しい」


 アカメはそう言いながら、離れていく。


「え? 僕達は行かなくていいの?」

「うん。時間は掛けないから少しだけ待ってて」

「……分かった」


 レイは心配そうな表情を浮かべながら彼女の言う通りに待つことにした。


 レイ達から100メートルほど距離を取った後に、アカメは足を止めて周囲を軽く見渡す。

 そして、自身の魔力を高めて行動に移そうとするのだが……。


「……アカメ」


 そこに後ろから声を掛けられる。声を掛けてきた人物にすぐに思い当たったアカメは少し面倒そうな表情を浮かべて彼女の方を振り向く。


「……何、カレン・ルミナリア」


 声を掛けてきた人物は、レイの信頼できる仲間の一人、カレンだった。だが、アカメからすると何度も剣を交えた因縁の相手でもある。そして、それはカレンにとっても同じ。


 そんな彼女が、レイと距離を置いたこのタイミングで話しかけてくるということは……。


「……アンタの事、本当に信用していいのよね?」

「……」


 やはり、とアカメは思った。


 彼女は自分の事を本当の意味で信用していない。当然だろう。数時間前まで互いに殺し合うほど争った相手だ。いくら自分がレイの妹だとしても簡単に信用出来ないのだろう。


「……私はレイの力になりたいだけ。それ以上、語ることはない」


「……ベルフラウさんもアンタの境遇の事を言ってたし、レイ君の妹なのは事実なのでしょうね。

 以前にアンタのせいで私が死にそうになった事も含めて言いたいことはあるけど、今は胸に閉まっておいてあげる。……だけど……疑問なの。何故アンタはこのタイミングで魔王をあっさり裏切ったの?」


「……説明したでしょう。私は元々はただの人間で、魔王軍に拉致されてここに連れてこられた。元々魔王の事を良くは思っていない」


「機会があれば裏切るつもりでいた、と?」


「……利用するつもりではいた。魔王は、絶大な負のエネルギーを溜め込む災厄のような存在ではあるけど、その力は絶大。最大限までその力を引き出せば世界を統治する神々を滅ぼして私は元の世界に戻れるかもしれないと考えた。私にとって次元転移を邪魔する神たちの存在は目障りでしかなかったから……」


「体よく利用するつもりでいたわけね……だけど、彼が自分を受け入れてくれたらその必要が無くなったと……一応、理解したわ」


「……これで私の疑いは晴れた?」


「……いいえ。私はアンタがまだ魔王を裏切っていない可能性を考えている」


「……」


「アンタの目的はレイ君だけでしょう? 彼さえ自分の元へ来てくれれば、他の人間や世界がどうなろうが知った事じゃない。そう思ってるんじゃないの?」


「……」


 アカメはカレンの言葉を否定せずに押し黙る。その沈黙は肯定したようなものだろう。事実、彼女の言葉はアカメの心象の大部分を言い当てている。


 だが、最初の部分は不正解だ。


「……私は既に魔王を裏切っている。でなければ、本来仲間である魔王軍の魔物達を私自ら殺したりなどしない」


「そう思わせて私達を信用させようとしている可能性だって否定できないわ」

「……」


 その辛辣な言葉に、アカメは反論せずに彼女の目をじっと見る。そして……なるほど、と思った。


「……自分が憎まれ役になっても良いから仲間の為に私に真意を問いただそうとしている、と」


「っ! そ、そんなんじゃないわよ!!」


 カレンは図星を突かれたかのように顔を真っ赤にする。


「……今の私はレイが全て……彼が望んでいるからこそ私は今お前達と行動を共にしている。それでは不満……?」


 アカメがそう語ると、カレンは呆れた様子で言った。


「言葉足らずね……。つまり信用して良いって事ね」


「……そう言っている」


「だから分かりにくいのよ……。でもまぁ、今はそれで良いわ……信じることにする」


「……これで話は終わり? ……ならレイの元へ戻って。私は彼の為に魔王の居場所を見つけ出す」


「……ここに私が居てはダメなの?」


「あまり人に見られたくはない……特に、彼には」


「……?」


「……この力を使う時は、私の姿がより魔物に近い状態になってしまう。醜い姿だから……彼にだけは……」


「……そういう理由で私達から距離を取ったのね。ちなみ、どういう方法で魔王の居場所を探すつもりなの?」


「……私のロドクによって魔王の細胞の一部が埋め込まれた。その細胞を一時的に活性化することで、魔王の負のエネルギーの波動を探知する」


「! ……そんな隠し球があったなんてね……」


「これで見つかる筈。見つけたらレイに伝える」


 そう言ってアカメは目を閉じ、意識を自身の核に集中させる。ロドクを発動してより広範囲を探るつもりだ。


「……分かったわ。その間、私達は向こう待機しているわ」


「そう……」


 カレンが頷くとアカメは小さく頷いて返すと再び静かに瞑想を始めた。カレンは彼女の気持ちを察してレイの元へ戻るのだった。


 ――それから五分後。


「場所が分かった」


 レイ達の場所に戻ってきたアカメは、開口一番そう言った。


「本当!?」


「うん、今もある程度感知できるけど近くまで行けばより正確な場所が判明する。ただし魔王の反応がある場所は今の場所よりも更に地下だった。この階層の何処かに更に下に向かう階段か転送装置があるはず」


「ありがとう、アカメ!」


 レイは彼女の手を握って感謝の言葉を口にした。


「……べ、別に大したことはしていない」


 アカメはそう言って握られた手をやんわりと離す。その様子を見たカレンは何処か不機嫌そうな表情をしていたが、すぐに表情を改めて言った。


「場所が分かったなら早速行きましょう」


「うん。皆、行こう」


 レイも同意して仲間に声を掛ける。


「じゃあ結界を解くわね」


 ベルフラウはそういって周囲に張り巡らせていた結界を解く。


「よし、早速出発!」


 レイはそう言って皆を率いて先を急ぐのだった。

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