第89話 最終階層 その1

 地下九階を攻略して二週間後――


「レイさまー、今日も火龍の剥ぎ取り行きましょう」

「うん、分かった」

 一週間前に倒してから僕たちは数日掛けてダンジョン攻略――ではなく、

 火龍の素材を剥ぎ取ってはそれを換金したり、

 ゼロタウンの拠点に戻って保管しに行ったりなどを繰り返していた。


「私達、何でこんなことやってるんですかね……」

「言わないでエミリアちゃん……」

 火龍は腐らないように肉を手ごろなサイズに切ってから

 氷魔法で凍らせてそれを宿や酒場に持って行っては、

「これで美味しい料理を作って下さい」

 と言ってあえてこちらがお金を払っていた。

 そうすると腕によりを掛けて美味しい料理を作ってくれる。


 火龍の肉は超高級食材で市場には滅多なことでは流通しないらしい。

 その肉を調理出来るということで、本来はかなりの値段で買い取ってくれる。

 ゼロタウンに一度帰宅した時はかなり高額で引き取ってもらえた。

 エミリアが言うにはドラゴンのお肉は魔力を蓄えているらしい。

 毎日食べてるお陰か、僕達の魔力は少しずつ底上げされているようだ。


「でも、お陰で毎日ご飯が豪華になりましたね」

「そうだよね。最初はどうなるかと思ったけど」

 火龍はとんでもない強敵だったけど、こうなってしまうともう宝の山と変わらない。

 もはやダンジョン攻略より解体した方がお金を稼げるレベルだ。


 ちなみに火龍の鱗はあまりにも固過ぎるため、僕の『龍殺しの剣』で適度なサイズに切り取っている。傷つけてしまうと価値が下がるのでなるべく鱗が綺麗に剥がして隙間を狙う。これが中々に大変な作業だった。


「まさか剣をこんな用途に使うことになるとは……」

「いいんじゃないですか?おかげでみんな助かっているのですし」

「まぁそうなんだけど」


 ◆


 そして一週間後――

「ねぇ、レイくん?本当に行くの?」

「うん、流石に放っておくわけにもいかないし」


 僕達は久しぶりにダンジョン攻略を再開する。

 以前、ミリクさんに地下十階で待っていると言われてから既に一か月以上。

 いい加減に行かないと怒られそうだ。


「まぁ元々ダンジョン攻略が目的でしたからねぇ」

「ミリク様にもお会いしたいです」

 僕が攻略を再開しようという意見をしたところ、

 エミリアやレベッカは賛成してくれたが姉さんは乗り気ではないらしい。


「会いに行ってもロクなことにならなそうだけど……」

 以前浴場で姉さんと話したことを言いたいのだろう。


「まぁ、その時はその時だよ」

 ミリクさんも悪い神様ではない。何とかなるだろう。


 ◆


 ――地下十階

「ようやく来てくれたのか。待ちくたびれたぞ」

 地下十階の魔法陣を潜ったら入り口にミリク様が待ち受けていた。


 何故か全裸で。

 僕は咄嗟に目を逸らした。


「み、ミリク様、前をお隠し下さいませ!」

「何考えてんですか、この変態駄女神!!!」

 姉さんは見た瞬間に表情が凍っていた。


「うむ、すまんな。しかし儂も好きで裸になっているわけではない。

 単に儂は誰も居ない時は全裸で居ることが多いのじゃ、仕方が無かろう?」

 やっぱり好きで全裸になってんじゃん。


「ミリク、その分身体を壊されたくなかったらすぐに服を着なさい」

「な、なんじゃ……そこまで怒らんでも、仕方ないのう……」

 ミリクさんはやれやれと言いながら、一瞬でいつもの装束を身に纏う。

「レイくんに悪影響が出て不良になったらどうするの!!」

 姉さんは怒るポイントがズレてる。


「にしてもいくら何でも遅すぎるぞ、前に会ってから一か月以上経過しとるというに!」

「ああうん、それは……」

 ドラゴンの素材持ってダンジョン離れて、

 以降は火龍の攻略と解体作業でご無沙汰だったからなぁ……。


「それで、十階に来たら話があるとか言ってませんでしたか?」

「うん、それなんじゃが……と、言いたいがの」

「は?」

「お主らがいつまでも来ないからヒマで仕方なくて、十階を迷宮に改装してしまったわ」

 それってもしかして……

「儂と話したければ、この十階も攻略するのじゃな!!」


「結局それかい!?」

 思わず突っ込んでしまった。


「という訳での、儂は奥に行くから迷宮を攻略して来い!

 安心するがよい!宝箱はそれなりに用意してある、お主らの為に役立つアイテムは満載じゃぞ!!」

 にゃっはっは!とかあまり聴かないような笑い方をしてご機嫌なミリクさんなのだが……。


「いや、宝箱は……」

「もう近づきたくもないです」

 前みたいに、<パンドラの箱>に襲われたらたまったもんじゃないし……。


「な、何故じゃ!?」

 ミリクさんは少し焦ったように話す。


「みーりーくー?ちょっとこっちに来なさい?」

 姉さんは笑顔でミリクさんの腕を掴まえて端に引きずっていく。

「な、なんじゃ……止めんか!」

 姉さんこわっ……。

 すっごい笑顔なのに圧力が凄い。


 そして数分後―――


 姉さんは地下九階で遭遇した魔物のことをミリクさんに問い詰めていたようだ。

「<呪いの書>に<パンドラの箱>……じゃと!?」

 随分と驚いた顔のミリクさんだった。やっぱりミリクさんが用意した敵ではないようだ。


「……ううむ、すまん。どうやら迷惑を掛けてしまったらしい」

 ミリクさんは珍しく反省してこちらに謝罪する。

「では今回の件はミリク様は関与しておられないのですね?」

 レベッカも少し気にしていたらしい。


「うむ、八階と九階は実は儂が作ったダンジョンではないからの。

 外の廃墟や砂漠地帯の洞窟を魔法陣で無理くり繋げてダンジョンに組み込んだのじゃ」

「なんでそんなことを?」

「ダンジョンをゼロから作るのは相当費用が掛かる。

 レアアイテムの制作にも費用が掛かるし、なるべく節約するためのの苦肉の策じゃ」

 それを聞いて僕たちは呆れたが、レベッカはホッとしたようだ。


「レベッカには心配を掛けたようじゃの、お主らの神はそんなことはせんから安心せい」

 ミリクさんはレベッカの頭を優しく撫でる。ここだけ見てるとレベッカのお姉さんみたいだ。

「ミリク様……」

「と、いうわけじゃ!この十階は儂が管轄しておるからそのようなことは絶対にない!

 だから安心して宝箱を開けるのじゃ!!」


 そう言いながらミリク様はスッと消えて行った。

 多分姉さんと同じ<空間転移>を使ったのだろう。


「あの駄女神、言いたい事だけ言って消えていきましたね……」

「姉さん。僕達も<空間転移>で追いかけた方が速いんじゃない?」

 今からまたダンジョン攻略するのがダル過ぎる。


「そうしたいのだけど、今の私は短距離ワープしか出来ないから……。

 それに下手に<空間転移>使って壁にめり込んだら私達全員死んじゃうわよ?」

「あー……」

 確かに、そうなったら最悪だなぁ……。


「なので、仕方がないけど今日一日はこの十階の探索をしましょう」

「……わかりました」

 こうして僕らは、十階の探索を始めることになったのだが……。


「本当に迷宮だね……」

 今までの比では無いくらいダンジョンは入り組んでいた。しかも魔物も結構手ごわい。流石に火龍のような強敵は居ないまでも、ゴブリンの上位種や強力な魔獣、魔法を使う魔物などバリエーションも豊富だ。

 ただ、幸いなことにこの階層は敵を倒すと魔石をドロップする。

 どうやらミリクさんが作ったダンジョン内では魔石は入手できるらしい。

 宝箱も質はともかく複数置かれており、罠なども今の所見当たらない。


「十階で待つって事は流石にこの階層が最深部なんだよね?」

「そう思いたいところですが、あの神は何を考えてるかよく分かりませんからね……」

 僕は思わずため息をつく。


「まあまあ、脱出魔法を封じられているわけでもないみたいですし、

 時間を掛けて攻略すればいつか辿り付けますよ」

「そうだといいんだけどね」


 しばらく探索してふと気づいた。

「姉さん、装備前のものに戻したの?」

 姉さんは確か以前ジンガさんに制作してもらった<ドラゴンドレス>を着ていたのだが、

 今は以前の<女神の衣>に戻っている。

「ええ、こっちの方が魔力が上がって使いやすかったから……」

「まぁ、どっちも似合うからいいけど……」

「ふふふ、ありがと♪」


 そんな話をしながら僕たちは先へ進む。


「レイ様、この先に何か強い気配があるようです」

 しばらく歩いていると僕とレベッカは少し強い気配に気付いた。


「今までの流れからすると、ボスかな?」

「でしょうね」


 てっきり、この階層はミリクさんがボスとして登場して、

『話を聞きたければ儂を倒すのじゃな!!』とか言うのかと思ったのだが。


「私もそんな気がするけど、ミリクでは無さそうね」

 姉さんは元女神だから、女神であるミリクかどうか判別できる判断材料を持っているようだ。


 僕達は一応の準備を整えて、広間に向かうと――


「何かいるし……」「あれって――」

 僕達の目の前には鎧を着た剣士――らしき魔物が居た。

 何故、魔物と分かるかというと、鎧の中に人らしき体が見当たらなかったためだ。

 兜から見える顔の部分が空洞になっている。

 遠くから見ただけだと剣と盾と鎧が飾っているだけに見える。


「これって所謂ゴーレムだよね?」

「正確には<動く鎧>リビングアーマーっていう魔物だと思います。多少鎧が豪華になっていますが」

「ミリクが作ったのかしら?鎧を着て剣を持ってるだけで特に特徴もないわ」

「正直、あまり強そうには思えませんが――」

 姉さんとレベッカは少し辛辣に評価をする。


 僕達は地下九階で火龍と戦い、勝利を収めている。

 それと比べると姉さん達の言うように、確かに強そうには思えない。


「レイくん、油断は禁物だよ。何が起こるかわからないんだから」

「ベルフラウ様の仰る通りですね、気を引き締めて行きましょう」


 いや、僕はまだ何も言ってないんだけど……。

 気を取り直して、僕は剣を鞘から抜いて構える。


「じゃあレベッカ、よろしく」

「はい、お待ちください」


 レベッカは僕の言葉の意図に気付いて詠唱を始める。

<全強化>貴方に全てを

 レベッカの魔法で僕は銀のオーラに包まれる。


 この魔法はレベッカの使用する全ての強化魔法を増幅した効果が付与される。

 分かりやすいレベルのチート魔法だ。


 僕は強化を貰って前衛に立つと、敵の<動く鎧>リビングアーマーも反応して構えた。

「レイ、私たちは援護しますね」

「お願い」

 僕が返事をするとエミリアは魔法を詠唱する。

<炎球>ファイアボール

 エミリアが構えたステッキの先から炎の弾が出現し、敵に一直線に向かう。

 しかし敵は手に持った大楯を構えると、少し後ずさりしながら凌いだ。

 盾は熱量で少し変形してしまったようだ。


「……あら?」「……うーん?」

 姉さんとエミリアは微妙な反応をする。

 <炎球>ファイアボールは炎魔法と風魔法を掛け合わせた強力な複合魔法だ。

 盾を使ったとはいえ中々の防御力を持っている。しかし、

「まぁ、あれで倒れるわけありませんよね」

 前の階層のリザードマンは軽々凌いだのだ。驚くことでも無い。


 敵は攻撃された事に怒りを覚えたのか、こちらに向かって駆けてくる。

 動き自体は少し速いが、それでも強化魔法を受けた僕やレベッカには遠く及ばない。

 あの大きな盾を持っているのだ、機敏な動きは出来ないだろう。


「来ます!」

「分かってるよっと!!」

 僕は向かってくる敵を剣で受け流し、体勢を崩したところで横っ腹に蹴りを入れる。

「――痛い!」

 こっちも足には装甲を付けているのだが、予想よりも敵の鎧は頑丈だった。

 蹴りを入れたこっちまで少しダメージを受けてしまった。

 だが、向こうも突然蹴り飛ばされてしまったことで大きく態勢を崩した。


「はぁっ!」

 僕は即座に追撃を入れる。頭の兜を狙う上段から下段に振る兜割攻撃だ。

 ガキンッと鋼と鋼がぶつかり合う音がした。


「――っ!本当に固いな!」

 魔力こそ込めてないけど、こちらは十分に力を入れて剣を振ったつもりなのだが、

 相手は少し兜が凹んで若干ふら付いているが、まだ健在だ。


「今のうちに畳みかけましょう! <礫岩投射>ストーンブラスト

 レベッカの地属性魔法、周囲に瓦礫や石が浮かび上がり<動く鎧>に襲い掛かる。

 <動く鎧>リビングアーマーは盾を前に突き出し防御をしている。

 だが、流石に数が多く、全てを防ぐ事は出来なかったようで、

 全身に大小様々な傷を作りながら吹き飛んだ。


「―――!?」

「よし、いい感じだよレベッカ!」

「ありがとうございます」

 レベッカの攻撃は上手く相手の防御力を上回ったようだ。


<上級雷撃魔法>ギガスパーク

 エミリアの上級魔法が随分早く詠唱を終えて発動する。

 動く鎧は頭上に現れた雷撃を迎え撃とうと、今度は盾を天に掲げるのだが――


 やはり金属の鎧と盾は電撃には弱いようだ。

 殆ど防御の意味を為さずに雷撃をまともに受けてしまい、鎧が変形して溶けてしまっている。

 そしてそれでも抵抗しようと緩慢な動きで盾をこちらに構えようとする。


<束縛Lv6>バインド

 しかし、姉さんの束縛で構える前に拘束され、盾を地面に落としてしまった。


「トドメ行くよ!<剣技・雷魔法Ⅱ>雷光斬

 僕は発動した魔法を剣に付与して、<動く鎧>リビングアーマーに斬りかかった。

 追撃の雷撃がクリーンヒットし、そのまま地面に倒れ込み消滅した。

 倒れた場所には宝箱と魔石だけが残されていた。


「倒せたみたいだね」

「はい、お見事ですレイ様」

 守りはかなり固かったけど、火龍の方が防御能力も断然高かった。

 一応ドラゴンキッズよりは強かっただろうか。


「多分ボスでは無いですね」

「うーん、これがボスだったら楽なんだけど……」

 先を見ると、まだ奥にも通路がある。おそらく中ボスか何かだったのだろう。

「とりあえず先に進もうか。みんな準備大丈夫?」

「問題ありません」

「私も大丈夫だよ」

「わたくしも平気です」

 僕達は残った宝箱の中身と魔石を拾ってから先へ進んだ。


 New 魔法の霊薬 5個

 New 万能ポーション 1個

 New 中級回復ポーション 7個

 New 金貨 10枚

 New 魔石多数(数は省略)

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