第99話 使いどころさん

翌日、僕たちは朝早くから馬車に乗って目的地へ向かっていた。


「にしてもオーガか……」

この近辺で強力な魔物が出現するのも珍しい。

この辺りなら強くてもゴブリンの上位種、他だと少し強めの魔獣やアンデッドはいたりするのだが、

オーガは別の大陸とかもっと南の方に生息していたはずだ。


「やっぱり、例の魔王の影響なのかしら?」「どうだろうね……」

ミリクさんの説明を受けた時に、魔王の配下の魔物や<影>が各地に現れていると聞いている。

となると今回も魔王の配下か、そいつらが手引きした魔物の可能性はある。


「私は魔法をぶっ放せるなら今は何でもいいのですが」

「エミリアはそうかもしれないけど……」

僕と姉さんは少し不安だ。もしこれが、魔王の手の者の仕業だとしたら、その脅威がゼロタウンに迫っている可能性だってある。


「大丈夫ですよ、いざとなったら私が倒します!」

エミリアってこんなキャラだっけ?

出会った時はもっと冷静で頭の良さそうな子だった気がするんだけど。


「……レイ、人を頭の悪い子みたいに思ってませんか?」

「あはは、気のせいだよ」

僕の思考を読んだかのようにエミリアがジト目で見てくる。


「レイ様、あと数分で目的の森に到着しそうです」

「わかった」「じゃあお弁当しまうわね」

僕達は馬車を出る準備をして、数分後に馬車を降りた。

帰りは近辺の町へ寄ってそこから馬車で帰る予定になっている。


外に出ると、目の前に広がるのは鬱蒼とした森であった。

「……なんか不気味だな」

「……ふむ、少々視界が悪い場所でございますね」

森の中は木々が多く、見通しが非常に悪い。

それに、まだ日が高いというのに妙に薄暗い雰囲気がある。


「では、参りましょう」

レベッカが先頭を歩き始める。

「あ、ちょっと待ってください。索敵の魔法を使ってみます」


そう言うとエミリアは魔法を詠唱し始めた。

<索敵Lv10>サーチ

エミリアは魔法を発動し、周辺の生体反応を探り始める。

<索敵>は不慣れだと小さな生き物を感知してしまい、上手く働かないこともあるのだが、

魔法のエキスパートのエミリアは、索敵を対象を絞って使用することが出来る。

今回の場合は、悪意を感じる魔物だけを対象にしている。


「……索敵完了です、巨体の魔物の反応がこの森で十体ほどうろついてますね」

「……なるほど。これは確かに危険そうだね」

「えぇ、でも私達が相手取るには十分でしょう。

とりあえず遭遇した一体を仕留めてみて、それで実力が分かると思いますよ」

「分かった、そうしよう」


そうして僕達は慎重に歩みを進める。

しばらく歩いていると、前方から大きな叫び声が聞こえてきた。


『ウオオォオ!!』

「……どうやらお出ましのようですね」

「さぁ、行きましょう!!」


エミリアが杖を構え、戦闘態勢に入る。

僕も剣を抜くと、ゆっくりと前へ進む。


「エミリア、今は極大魔法使わないでね?」

「分かってますよ!」

エミリア的には纏まった敵に使いたいらしい。

なので敵単独の場合はお預けだ。


「……来ました!」

そうして僕達の前には、体長二メートル程のオーガが現れた。

オーガは手に持った棍棒を振り回しながらこちらへ向かってくる。

僕達もオーガに向かって駆け出す。

そして僕はオーガの懐に入ると、その胴に一閃を放った。


――グシャッ!!

オーガの銅は僕の剣で斬り裂かれ、大きく血が飛び散った。


『ウオ……オオ!』

しかし、倒したかと思ったオーガは怒り狂い棍棒を持って激しく暴れまわる。


「――っ!」

こちらに打ち付けてきた棍棒を剣で受け止めて、力が弱まった瞬間に僕は一旦離れる。

「……強い!」


流石の巨体に見合うだけのパワーを持っている。

パワーなら以前戦ったドラゴンキッズにも勝るとも劣らない。

このレベルの相手だと正面から戦うのは避けた方が良いだろう。


「レベッカ、援護を!エミリアは攻撃魔法お願い」

僕はレベッカとエミリアに指示を飛ばす、しかし―――


「あー……えーっと」

エミリアは僕の指示に微妙な反応を示して――

「今は使いたくないです」「何でっ!?」


予想外の返答に僕は動揺するが、

レベッカの強化が掛かったのでオーガと打ち合いながら回避に徹する。


「レイくん、よく分からないけど動き止めるね!」

姉さんの<植物操作>でオーガの周囲の草木が一気に成長し、足を絡めとる。

とはいえ、あれほどの巨漢だ。長くは止められないだろう。


「仕方ない、レベッカお願い!」「はい!」

レベッカは弓を取り出し、矢を構えてオーガを狙い撃つ。

矢はオーガの左腕と左の脇腹に刺さり、オーガは痛みで悲鳴を上げる。


(……これだけ攻撃しても倒れないか)

理由は分からないが、エミリアは魔法を使いたくないみたいなので僕が止めを刺そう。

<剣技・炎魔法Ⅱ>火炎斬


僕は<龍殺しの剣>ドラゴンスレイヤーに炎を纏わせ死角からオーガに斬りかかる。

――ザシュッ!!!


オーガの首が宙を舞い、その断面が燃え上がって転がり落ちた。

胴体はそのままドスンと音を立て、首と一緒に黒い煙を上げてオーガは消滅した。


「ふぅ、なんとか倒せたね」

「はい、お見事です」

「レイくん、さすが!」

あまりオーガとは戦闘経験は無かったが何とかなりそうだ。

しかし……


「エミリア、何で魔法使いたくないの?」

「えーっと、それはですね……」

エミリアは言いづらそうに言った。

「<極大魔法>の消耗が激しそうなので、あんまり他の魔法は撃たない方がいいかなーって……」

……確かに以前の威力を見ると、極大魔法はかなり燃費が悪いみたいだけど……。


「もう、エミリアちゃん。そういうことは最初に言うべきよ」

「ごめんなさい、極大魔法撃つことしか頭に無かったので……」

今日馬車の中でエミリアやたらはしゃいでたからなぁ……。


それから数回ほどオーガと戦ったがエミリアは弱い魔法だけ使って戦う。オーガは強敵ではあるものの、一対複数で戦う場合はさほど脅威では無かった。その気になれば遠距離から仕留められるレベッカと、束縛が得意な姉さんが居れば比較的安全に戦える。


そして二時間ほどしてから、

「――レイ様、少し隠れましょう」

先頭を歩いていたレベッカの言葉で、僕達は木の傍に身を潜めて隠れる。


「<鷹の目>でオーガが三百メートルほど先に複数体居ることが確認出来ました」

さすがレベッカ、視力がずば抜けている。

「レベッカちゃん、どれくらい数が居た?」

「確認した限りでは五体ほど、どうやら野生の動物を狩って食事をしていたようです」

五体か……僕たちが今まで遭遇したオーガの数は五体だ。

最初にエミリアが<索敵>した時に把握できた数は十体、範囲外に居た場合を除くなら数が合う。


「――となると、あいつらを全部倒せば依頼達成かな?」

「そうですね、あとは帰り道にまた襲われないように注意すれば良いかと」

「よし、じゃあ作戦を考えよう」


僕たちは木の陰に隠れたまま話し合う。


「とりあえず、エミリア使ってみる?」「はい!!!!」

よっぽど新魔法を使いたかったのだろう。エミリアはやたら勢いよく返事をした。


「しかしエミリア様、ここからでは少し距離が遠いのでは?」

「大丈夫です!極大魔法は範囲が広いので!」


そういうことなら…と、僕達は目視できそうな場所に近づいた。

いくら範囲が広くても見えてないと魔法は使えない。


「では詠唱しますね……」

エミリアはそういって魔法を詠唱を開始する。

今から使う魔法は半年以上前に集落を凍結させたほどの魔法だ。その威力は尋常ではないだろう。僕達はエミリアの詠唱中に敵がこちらに来ないか警戒をしながら待機する。


――一分後


今だに詠唱は終わっていない。

(いや、流石に長すぎ……!!)

「ちょっと待った!!その魔法っていつまでかかる!?」

「え?あと一分くらいですかね……」

いくら何でも時間が掛かり過ぎる。そう思ってレベッカに声を掛ける。


「レベッカ、敵の様子分かる?」

「ええと……あ、今気付かれました」

「うそっ!?」「なんで!?」

レベッカ曰く、まだ距離は離れているらしいが、僕達の存在には気づいたようだ。


「おそらく、食事に夢中で魔法の存在に気づいていなかったのだと思います」

「気付かれる前に仕留めたいけど……」

「この位置だと難しいわねぇ……」

このままだと五体のオーガに襲われる。流石に勝ち目はない。


「エミリア、詠唱止めてここから離れよう!」

「えぇ?嫌ですよ、もう少しで完成しますから!」

そんなこと言ってる場合じゃないんだよ……。

「レイ様、ここはわたくしが行きます」

「え、でも……」

「問題ありません、すぐ戻りますのでお待ちください」

そういうとレベッカはオーガに向かって走り出した。


「ちょ、レベッカ!」

「見つかったとしても、こちらに寄ってこなければいいのです」

レベッカはそう言って素早く詠唱して魔法を発動する。


<土の結界>アースフィールド

襲って近寄ってきたオーガ達の周囲二〇メートルほどに土の壁が飛び出した。

急に現れた土の壁に魔物達は戸惑い、足が止まった。

オーガ達は棍棒で土を壊して進もうとしているが、こちらに来るのは時間が掛かるだろう。


「おおー!すごい!!」

「ありがとうございます」

これなら詠唱時間も十分稼げただろう。


「それじゃあエミリアちゃん、お願いできる?」

「はい!いきます!!」

エミリアは再び詠唱を続ける。

その後、さほど時間が掛からずに魔法が完成した。


<極大吹雪魔法>フィンブル!!」

エミリアの前方に巨大な魔方陣が現れ、そこから猛烈な吹雪が発生した。

視界が悪くなるほどの猛吹雪の中、僕たちは必死になって耐えていた。


「うぉぉぉぉ!!!」

「寒いぃぃぃ!!」

「さむい~!!」

僕は炎属性魔法を使って皆の周りを温めているが、それでも厳しい寒さだった。体感的には氷点下五十度以上はあると思う。そんな中、ようやく魔法が収まった。


「……ふぅ、終わりました!」

「エミリア様、お疲れ様です」

「すごかったわよ~エミリアちゃん!!」

三人が口々に感想を言う中、僕は凍り付いた地面の先にオーガが五体完全に凍結しているのを確認した。オーガは厳しい土地下でも屈強に生きる魔物だ。そのため温度差の変化が激しい土地でも平然と生息している。

「すごいね……極大魔法っていうだけある」

そんな環境に強いオーガを五体丸ごと瞬殺だ、流石という他ない。


「それじゃあ、急いで帰ろうか」

「そうですね……帰りま…しょ……う」

エミリアはその場で倒れて、動けなくなった。


「……魔力切れです」

「えぇ……」「あら……」「おいたわしや……」

結局、その後僕たちはエミリアをおぶって森を出た。

流石に一発使ってぶっ倒れる魔法なんて使い物にならないので極大魔法はしばらく封印だ。

その事をエミリアに伝えたら、「レイなんて嫌いです」って言われた。


その日は近くの町で一泊し、次の日に定期馬車に乗り込んでゼロタウンに帰ることになった。

エミリアが倒れたことで帰還も遅れると思ったが意外とピンピンしていた。



「エミリア、もう平気なの?」

以前に集落を凍らせた時はエミリアは数日間は寝込んでいたが、

今回は町で休んで数時間経ったらもう動けるようになっていた。

「あの時とは私の魔法力は全然違いますから!」

ははは!と笑いながらエミリアは胸を張った。

「でも、あの時と比べるとそんなに魔法の威力が無かったような……」

姉さんの呟きにエミリアは「うっ」と喉を詰まらせた。

「――まぁ、あの時は魔道具の力を全力で借りたので」

今回のエミリアの極大魔法は確かにインフェルノを超える広範囲だったが、それでもまだ常識的な範囲ではあった。エミリアが借りた魔道具の力はそれほどの性能だったのだろう。


用事を終えた僕たちは、馬車でゼロタウンへ帰還することにした。

それなりに大変な仕事だったので、帰ってすぐ休めるといいのだけど……。

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