第201話 もう一人の勇者

 次の日の朝、再びカレンさんのお屋敷にお邪魔することになった。

 訪れた理由は、話を聞くためだ。


「ごめんね。急にこんな呼びつけて」

 応接間に通されてから、カレンさんがいきなり僕達に謝罪した。


「いえ、構いません」

「少し驚いたけど、結構真面目そうなお話だからね」

「はい、わたくしもカレン様のお話に興味がございます」

 僕達三人は少しだけ話を聞いていたので、拒否する理由は無かった。


「……それで、何でまたカレンに呼ばれたんです?」

 だけど、昨日は別行動だったエミリアは理由が分かっていない。


「エミリアにも分かるように話すわね。

 そんなに固い話にするつもりはないからゆっくり聞いてね」


「それならいいですけど」


「まず、最初に言うけど、私はレイ君の味方だから安心してね」「?」

「はい、それは分かってます……何、エミリア?」


 カレンさんの言葉を聞いて頷くと、横からエミリアに突かれる。


「どういうことです?

 もしかして本当はカレンが魔王だったとかそんなオチじゃないですよね?」

「いや、それは無いから」


「えぇ、私が魔王よ(棒読み)」

「……」

 カレンさんの棒読み演技に周囲が静まり返る。


「……冗談だから、エミリアもちゃんと話を聞いててね」

「あっはい」

 カレンさんは、咳払いして話を始めた。


「まずね、今の私の最優先の任務を教えておくわ。

 それは<もう一人の勇者を探す>こと。これは王宮の任務でもあるわ」


「もう一人の……勇者ですか?」


「ええ、そうよ。

 といっても僅かな情報しかなくて雲を掴むような話だったわ。

 あなた達に会えたお陰でようやく達成出来そうだけど」


「つまり、カレンさんは僕が勇者だと?」


「昨日レイ君から聞いた話から考えるとそれ以外考えられないの。

 あなた達は、女神から直接『勇者になってくれ』と言われたのよね?」


「はい、そうです」

「女神はね、よほどの理由が無い限り、一度選定した勇者候補を他の者に代えることは無いのよ。それは稀有な人格や才能を見込んでるから替わりが利かないのも関係してる」

 カレンさんの話を聞きながら、僕は段々とカレンさんの目的を理解してきた。


「カレンさん、質問いいかしら?」

 ベルフラウ姉さんが手を挙げてカレンさんに質問する。


「何かしら?」

「さっき、カレンさんは<もう一人の勇者を見つける>のが最重要の仕事だと言ってたけど……。つまりそれって、既に一人は見つかってるって意味?」


「その通りよ。もう見つかっているわ」

 カレンさんは肯定した。


「むしろ彼女が勇者になったからこそ、あなた達の存在を知ったのよ」


「……彼女? 勇者になった?」

 レベッカが疑問符を浮かべる。が、大体僕は予想が付いていた。


「カレンさん、一人目の勇者はリゼットちゃんの事で合ってますか?」

 僕のその質問に、カレンさんは目を丸くした。

 何か、昨日と今日でカレンさんの変な顔を何回も見てる気がする。


「え、ええ。その通りよ。

 でもどうして分かったの? あの子から直接聞いたの?」


「そういうわけじゃないです。

 最初はカレンさんが勇者だと僕は思ってたんですが、その割にはちょっと反応がおかしいなーと思いまして、色々思い返してみると、カレンさんはリゼットちゃんの事を極力語らないようにしていましたよね」


「……あー、うん、そうだったかも……」


「それに、リゼットちゃんが特別扱いされてるって言ってました。

 英雄みたいな扱いされてるカレンさんより上に扱われるってなると、それこそ<勇者>とかしか僕の頭では思いつきません。

 ……と、確信してた割に、大した根拠は無かったんですけど……」


「え、それだけで?

 そんな少ない情報で当てられるなんて思わなかったわ」

 カレンさんが愕然としている。


「えっと、何かごめんなさい……。

 勇者の存在が何故か隠ぺいされてたみたいですし、おそらく何かしら隠してる意図があったと思うんですけど……」


「……まぁね。勇者も誕生した直後だと普通の人間と大差ないし、

 完全に力を扱えるようになるまでは正体を隠すように動かないとダメなのよ。仮にその存在が魔王側に知られてしまうと命を狙われてしまう。

 今回、私がレイ君……<もう一人の勇者>を探していたのは保護して完全に覚醒するまで庇護下に置くのも目的の一つだったの」


「カレンさんは僕達の誰かが勇者だと初めから気付いていたんですか?」


「あなた達と温泉宿で出会ったのは偶然よ。気付いたのはもう少し後。

 私も特徴を聞いてなければ全然分からなかった」


「僕は勇者の自覚なんて無かったし、

 誰かに言ったわけでもないんですけど、どうやって知ったんですか?」


「……リゼットが勇者に選ばれた時にね、その時私も一緒に居たのよ。

 で、その時に女神イリスティア様から聞いたの。『もう一人、勇者に選ばれた少年がいる』って。その時の情報が『この世界とは異なる世界から召喚された銀髪の少年』……という話だったわ」


「……なるほど」

 女神イリスティアは以前に訊いた名前だ。

 ミリク様とはまた別に存在するこの世界の女神様。


「最初、ラガナ村でレイ君を見た時は全然気付かなかったけど……。

 リゼットが貴方の事を話した時に、もしかしてと思ったのよ。もし再会出来たらちゃんと話を聞こうと思ってたわ」


「それで、僕達を屋敷に誘ってくれたんですね」


「うん。街であなた達を見つけて声を掛けるタイミングを伺ってたのよ。

 それで、確認だけど『異世界から召喚された少年』ってのはレイ君の事で合ってる?」


 カレンさんに問われて、僕は姉さんや仲間と顔を見合わせる。


「……合ってます。

 確かに僕はこの世界とは別の世界から来ました」


 僕は肯定した。


「……そっか。本当の事を話してくれてありがとうね、レイ君」

「……はい」


 僕達のやり取りを静かに聞いていたエミリアが言った。

「レイは結局勇者だったんですね」

「うん、そうみたい」

 断ったつもりなのに、結局勇者にされてたっていう。


あいつミリクは今度会った時に殴っておかないと気が済まないわ……。いえ、いっそ邪神として私が討伐してやろうかしら………ぶつぶつ」


「姉さん落ち着いて。

 さっきから思ってたんだけど怒ってたりする?」


「別に私は怒っていないわよ?

 ちょっと振り上げた拳の先にミリクが居たらいいなぁって思っただけで……」


「それを世間一般では怒ってるって言うんだよ!? 」


 姉さんの気持ちは分からなくもないけど、もうそういうルールなら仕方ないと思うしかない。結局、僕らが勇者だろうがそうじゃなかろうがやることは大して変わってないわけだし、それなら少しでも力がある勇者の方が良い。……そう思っておこう。


「ベルフラウ様、落ち着いてくださいまし!

 ミリク様も悪意があってやっているわけではございませんから……」


「分かってるわよ、分かってはいるのよ? でも納得出来ないのよーっ!」

 しばらく姉さんの怒りは収まることは無さそうだ……。


「ベルフラウさんが言ってる『ミリク』って、

『地の女神ミリク』の事なのよね?神様相手だっていうのに、何か妙に強気よね……大丈夫?バチとか当たったりしない?」

 カレンさんに変な心配をされてしまった。


「だ、大丈夫だと思う……」

 姉さんも、元とはいえ異世界の女神だし、その気になればミリク様と同程度の力はあるらしい。信仰の差で結局ミリク様は勝てないだろうけど、それでもただでは負けないという感じかな……。


「それにしても、カレンさんが勇者を探してるとは思いませんでした」


「私もすぐにはレイ君が勇者だとは気付けなかったけどね、一瞬レベッカちゃんが勇者かと勘違いしちゃったくらいだし……。まぁ、結果的にまた巡り合えて助かったわ」


「……えっと、それで僕達はどうすればいいんでしょうか?」


「んー、そうねぇ。とりあえずは今まで通りで良いんじゃないかしら。

 勇者だって判明しても、まだレイ君も覚醒出来てないみたいだし、それまでは普通の冒険者として過ごした方が良いわ。

 リゼットは経験を積むために王宮の仕事を受けたりしてるけど、あんまり目立つ行為をすると魔王軍に狙われちゃうかもしれない」


 <魔王軍>って言葉、適当に言ったんだけど定着しかけてるなぁ……。


「それだと、僕は<勇者>って事を隠した方が良いんでしょうか?」


「うん、大々的に言っちゃうと私みたいに魔物に狙われやすくなるわよ。

 昨日も私の家に魔物が飛んで来たでしょ?あれ、多分だけど私が勇者だと魔王軍に勘違いされてるのよ。別に良いんだけどね。あの子が狙われずに済むなら……」


 あの子、とはリゼットちゃんの事だろう。

 彼女は僕と同じく未覚醒の勇者らしいし、まだそこまで力は無いんだろう。


「カレンさんはリゼットちゃんを守りに行かないで良いんですか?」


「逆よ、私が近くに居過ぎるとあの子が反対に狙われかねない。本当は一緒に居たいのだけど……」


「そうですか……」

 カレンさんの話を聞いて、ちょっとリゼットちゃんが可哀想に思えた。

 先輩、先輩って、カレンさんを凄く慕ってたんだけど……。


「それじゃあ、僕はこのまま今まで通りに過ごします」


「うん、それが一番かもね。

 ……ところで、レイ君はどうしてラガナ村に来てたの?」


「え? ファストゲートって街で無料宿泊券を手に入れまして……」


「そ、そんな理由だったんだ……」

 カレンさんが苦笑いしている。

 僕もまさかこんな理由でここに来る事になるなんて思ってもみなかった。


 その様子を見ていたエミリアはカレンさんに言った。


「ふむ……事情がよく分からないまま色々訊かされてましたけど……」


「ごめんね、エミリア。

 結局、あんまり詳しい説明出来てないと思うのだけど」


「いえ、それは大丈夫です。カレンが勇者を探してたのは意外でしたけど。

 レイが勇者として見られてるのは実は納得してました。

 あのミリクとかいう駄女神、最終的に有耶無耶にしてましたからね……」


「だ、駄女神……。

 あの、大丈夫?一応あなた達勇者パーティってことになるし、

 あんまり女神様ぞんざいに扱うと後で怖いわよ?」


「問題ありません。実はうちにも女神様が居ますから」

 と、そう言って、エミリアはベルフラウ姉さんに目を向ける。



「あの、駄女神ぃぃぃぃ!!

 私とレイくんの逃避行を邪魔したらぶっ殺してやるんだからぁー!!」

「ベルフラウ様、そろそろ気をお沈めくださいませ。

 ……というか、色々本音が出ておられますよ」


 お姉ちゃん、ブチギレモード状態継続中。

 レベッカがなだめてるけど、いつ怒りが収まるかなぁ……。


「……」「……」

 あの姉さんを頼りにしても大丈夫なのか、ちょっと不安だけど……。


「えっと、女神様ってもしかして、ベルフラウさんの事?」

「あー…………」

 エミリアが言い淀んでいると、そこに姉さんが割って入る。


「そうよ! 私は正真正銘本物の女神様よ!!

 あんないい加減な女神なんて討伐して私が神に成り代わってやるんだから!!」

「姉さん、その辺にしときなって……」


 これじゃあ酔っ払いと大差ない。

 自分から女神とか言っちゃってるし隠す気全くない。


「でもぉ……」

「大体、姉さんとっくの前に女神の地位を降りて人間になったじゃん。女神の正装も返却してるし、今更神になってどうするのさ、僕の家族になってくれるって約束守ってくれないの?」

 姉さんはやっぱり未練あるのかな。

 僕の家族になってくれるって言ってくれた時、凄く嬉しかったんだけど……。


「れ、レイくん……」

 姉さんは目に涙をためて、何とか堪えた。

 女神を辞めるって言った時の事を姉さんも思い出したのだろう。


「レイ様、ベルフラウ様はわたくしが説得しますのでご安心くださいませ」

「うん、ありがとう、レベッカ」

 レベッカに任せておけば、きっと姉さんも落ち着くだろう。


「……事情はよく分からないけど、頼もしい味方ね」

 言葉と裏腹に、サレンさんは『え?本当に大丈夫?』みたいな表情をしている。気持ちはよく分かる。


「でも、リゼットちゃんを一人にして大丈夫なんですか?

 僕は近くにエミリアや姉さん達がいるから大丈夫だけど、リゼットちゃんは一人なのでは?」


「ああ、それは大丈夫よ。

 あの子もちゃんと冒険者の仲間がいるし、今でも時折組んでるみたい。

 今一つ頼りにならなそうなのが悩みどころだけど」


 リゼットちゃんの<勇者パーティ>の人達の実力は分からないけど、

 少なくとも弱いって事は無いだろう。


「まぁ、でも近いうちにレイ君達とリゼット達を会わせてあげたいわね。

 同じ勇者なら共闘して魔王と戦うことになるし、競い合えば覚醒も早くなるかもしれないわ。後者はただの願望だけど」

 カレンさんはそう言うと、僕達に微笑みかけた。


 ◆


 カレンさんの話を聞いてから、

 僕達はカレンさんのご両親に挨拶だけでしてから宿に戻ることにした。


「私も、近いうちに王宮に戻る予定だから、レイ君達も一緒に付いて来て。上手く予定がかみ合えば、またリゼットと会わせてあげられると思うから」


 カレンさんが街を離れる時、僕達も同行することになった。その時までは、僕達は<特務隊>の一員としてこの街でしばらく過ごすことになる。

 そして、僕が勇者であることを伏せたまま、エドワードさんに、近いうちに僕達が街から離れることを伝えた。


「……ふむ、そうか。

 カレン君もキミ達も正規の団員では無いから、私はそれを止めることは出来ないな。全ての事情を把握出来ない以上、無責任な発言も控えたいところだが、それでも敢えて言おう。……頑張りなさい」


「はい、ありがとうございます」

 エドワードさんの言葉を聞いて、僕達は心の中で安堵した。


「ところで、昨日、外で派手な模擬戦を行ってた者が居たようだが……」

 ギクッ!?


「……その反応を見るに、キミとカレン君の仕業か」

「はい……」


「まあ、別に咎めるつもりはない。

 強い者同士が切磋琢磨することに私は何の疑問も持たないからな。

 ただ、あの規模だともはや模擬戦とは言わん。やるなとは言わんが、私も危険な行為は止める義務がある。どうしてもやりたいならせめて私の目が届かない場所でやるといい」


「は、はい……」

 こうして、時間を挟んでから僕達の街の滞在期間は終わりを迎えることになる。その間、僕達はカレンさんの元で実戦訓練を行い、それ以外の時間は<特務隊>として仕事を行っていた。

 途中、怪我から復帰したウオッカさんも加わり、ウオッカさんも交えてリカルドさんと鍛錬も欠かさない。

<特務隊>としての仕事の最中、<黒の剣>が発見された場所の再捜索に派遣され、魔物の拠点と思われる場所を数か所潰して回っていた。

 そして、僕が勇者と判明してから約1週間、街を離れる時がやってきた。


 ◆


「キミ達には世話になったな」


「結局、俺はあんまり出番無かったなぁ。王宮に行っても俺らの事を忘れんなよ」


「リカルドさん、ウオッカさん、お世話になりました」

 僕達はお世話になった<特務隊>のみんなに別れを告げる。


「少年、剣の稽古は欠かすなよ」

「はい」

「お前たちの事情の全ては察せないけどよ……まぁ頑張れや」

「ありがとうございます」


 そして、僕達は次の目的地へ向かう。

 元々の目的地だったサクラタウンを目指し、更に先の魔物との戦いの前線に近い王宮のある王都へ。

 新たな仲間である、サレンさんと一緒に。


「それじゃあ、行きましょうか」

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