第279話 龍王
龍王が正気を取り戻したことでボク達は和解を試みた。
しかし手遅れであり、せめて龍王の最期の願いを叶えることになった。
『……この龍王がここまで不安を感じるとは思わなんだぞ。勇者よ。感謝する……』
龍王さんが嬉しさを滲ませた声音でそう言う。
ボクも龍王さんに感謝される日が来るとは思わなかったよ。
『では行くぞ、我が名は龍王ドラグニル・タイタロス・オブカオス!!
勇者よ、お前たちの名を聞こう!』
名前が想像より長かった。
「ボクはレイだよ。よろしくね、ドラ――」
『レイというのだな? 見た目は女に見えるが言動が男なのは何故だ?』
「……諸事情で色々あったんだよ。訊かないで」
『う、うむ、ではそこの赤髪の女、貴様も勇者であるな?』
「うん、よろしくね。龍王さん。私はサクラ」
『……そこの黒髪の魔法使い、少し落ち込んでいるが何かあったのか?』
「……未熟だったレイがここまで私を強引に戦いに誘うとか成長したなーと感心してたのです。ですが、いつの間にか主導権握られてたのが悲しくなりまして……。
あ、名前でしたか。エミリアですよ。エミリア・カトレット」
『そ、そうか……人間の感情はよく分からぬな……。最後に、そこの幼子……』
「はい、龍王殿。敬意を込めてこう呼ばせていただきます。
わたくしの名はレベッカと申します。あと、外見はともかく年齢的にはそこまで幼くはございません」
『……そうか。非礼を詫びよう。レベッカよ』
自己紹介が終わったところで、ようやく全員武器を取り出して構える。
『……嬉しいぞ、再び我を滅ぼした勇者と再び戦う機会を得られるとは……さあ来い、全力で相手しよう!!』
といっても、別人だけどね。
「じゃあ、行かせてもらうよ!!」
ボクはカレンさんに借りた剣を構えて、龍王に斬りかかった。
ボクの聖剣と龍王の爪が激しくぶつかり合う。
火花を散らしながら、お互いの攻撃を弾き合い、そこに割り込むようにサクラちゃんが飛び掛かる。
「はぁっ!!」
両手の双剣をクロスするような形で構えながら、挟み込むような形で龍王の右腕に斬り掛かるが……!!
『……温い!!』
龍王は咆哮しながら、その剣を腕で強引に弾いて、サクラちゃんを後方に吹き飛ばす。
吹き飛ばされあわや木に激突するかと思ったサクラちゃんは、木の幹に当たる直前に自身に風魔法を掛けて衝撃を緩和して難を逃れる。
そして、サクラちゃんに反撃を試みた龍王の不意を突くように攻撃を仕掛けたのはレベッカ。
自慢の足捌きで素早く懐に回り込み、その槍の先端を龍王の喉元に突き付ける。
しかし……。
『
龍王は攻撃が当たる直前に自身に防御の魔法を施し、レベッカの槍を弾く。
そして、左手の掌でその槍の柄を掴み取り、そのまま力任せに引き寄せると同時に右拳を振り下ろす。
危険を察知したレベッカは、すぐに槍から手を放し、その場から転がるように退避する。地面に叩きつけられた龍王の右手は地面を陥没させており、凄まじい威力だと分かる。
そこに、今まで魔法詠唱に集中していたエミリアの魔法が龍王相手に発動する。
「……凍てつく氷の槍よ。雨のように降り注げ。
パッとみで百近くはあろう槍の形を模した氷の礫が、龍王目掛けて上空から多数降り注ぐ。
ボクたちはそれに巻き込まれないように、龍王から距離を取る。
『ぬぅ!?』
流石に、この数の魔法攻撃は想定していなかったのか龍王は思わず舌を巻く。
そして、また自身に魔法を使用する。
『
魔法攻撃に対する耐性を高める防御魔法だ。全身を魔法による防御で固めた龍王を攻撃を耐えるべく龍王は自身の翼を畳み、防御に集中するかのように全身を小さく纏める。
無数の氷の槍が龍王に身体に降り注ぎ、直撃するたびに槍が砕け散る。
サクラちゃんやレベッカの一撃をほぼ無傷で防ぎきった龍王ドラグニルの防御力は尋常では無い。今まで数度ドラゴン系の魔物と戦い、その度に苦戦したが、この龍王は流石に別格だ。これに比類するのは竜化したウィンドさんくらいだろう。
そのウィンドさんは暇そうにこちらを眺めている。
どういう状況だ、これ。
「……と、呆れてる場合じゃない」
龍王はエミリアの攻撃を全力で耐えている。その間に、ボクも全力を込めて追撃を試みる。
契約の指輪を介して、雷龍のカエデの力を自身に流し込む。
龍王は並の物理攻撃では全く歯が立たない。
しかし、エミリアの攻撃を全力で防御している様子だ。それを考えるなら物理攻撃よりも魔法の方がダメージの通りが良いかもしれないと思い、ボクはカエデの力を借りてる時のみ使える魔法を選択する。
全身に魔力が漲り、ボクの周囲が揺らめく。
この魔法は無詠唱の技能を以ってしても、今のボクでは詠唱無しで放つことが出来ない。
そのため、剣を鞘に仕舞って両手を前に突き出して詠唱を行う。
「――天よ、我の言霊を聞き届けたまえ。
我は汝を統べるもの。我は天の代行者なり、故に告げる。
雷鳴よ轟け、稲妻よ、その力を解放し我が敵を討つ剣となれ。
全てを滅ぼし浄化する、神聖なる雷よ――」
この魔法を放つのはこれで二度目だ。
長めの詠唱なので、間違えないか不安だが少々であればセーフだろう。
最後に締めの魔法名を叫び、発動を行う。
「天を貫く一撃で浄化せよ!!
詠唱を終えると共に、空から光の柱が落ちてきて龍王の周囲を取り囲む。
そして、天より降り注ぐ神の一撃(落雷)が放たれる。
『ぬぐおおおおおぉぉぉ!?』
流石の龍王もこの魔法には驚いたようで、防御魔法の展開を緩めるほど動揺しその直撃を受ける。
凄まじい稲光が周囲に広がり、一瞬にして辺り一面に雷撃が拡散した。
そして数秒後、ようやく雷が収まり周囲が見えてくる。
そこには、黒焦げになりながら膝をつく龍王の姿があった。
『……中々やるではないか』
あの一撃を受けて流石にボロボロのようだが、それでもなお生き延びるとは……。
「……凄い威力でしたね、レイ」
エミリアが驚きと、純粋な称賛の声を上げる。
「うん、といっても……流石に限界だけどね」
今の魔法の使用で、契約の指輪の効力は完全に切れてしまった。極大魔法に使用したMPも半分程度はカエデに肩代わりしてもらったが、ボク自身のMPもそれほど残ってないだろう。
『……だがな、不死の呪いを受けた私はこの程度では斃れぬ』
そう言って、龍王はボロボロになりながらもその身を動かし始める。
「……っ!」
「うそ、致命傷でしょ!?」
『……私は既に一度滅んだ身よ。致命の一撃など何度も受けている。
例え翼が炭化しようが、内臓が破裂しようが、臓物が垂れ下がろうが、この身は動き続ける。
奴が私に掛けた呪いとはそういうものだ』
そんな状態でも動くことが出来るというのか。
流石にそれは反則じゃないだろうか?
『……だが、どのみちこの身はそう長くは持つまい。
例え不死の呪いだろうが、正気に戻った時点でその効力は減退し続けている。
そうなれば、今まで繋ぎ止めていた不死すら失い、この身は瞬時に屍と化すだろう。
ならば、せめて私のこの闘争本能が続くまで、お主らと戦い続ける!!』
龍王と呼ばれたドラゴンは高らかに宣言する。
そして、炭化したと思われる翼を無理矢理動かし、空を舞い始める。
『では行くぞ、ここからが私の真の力だ!!!!』
龍王は鋭い牙を持つその口を開き、そこから闇の吐息が漏れ始める。
そこには感じたことの無い膨大なエネルギーが溜めこまれている。
「くっ……!! あの一撃は防げないわね!!」
「カレンさん、私も行くわ!!」
ボク達の戦いの様子を見ていたカレンさんと姉さんがこちらに掛けてくる。
そして同時に、魔法詠唱を行う。
「聖なる光よ、私の大事な人達を守って!!
「極光の護りよ! その光を以って正しきものを守護せよ!
僅かに詠唱は違うが、姉さんとカレンさんの同種の防御魔法が同時展開される。
そして僕達の前に虹色の二つの障壁が僕達を包み込むように現れ、あらゆる攻撃を防ぐ強力な盾となる。
『見事な防御魔法だ! だが、この龍王の一撃はその障壁すら突破してみせよう!!』
そして、闇が放たれる。
先程までのブレスとは違う黒い炎のような魔力の塊。
それが音速と変わらぬ速度波のように撃ち出され、ボク達に襲い掛かる。
「くぅ……ッ!」
「ああっ……」
「きゃああぁぁぁ!!!」
「……くっ、このままでは……!!」
極光の護りは確実にボク達を守ってくれている。
しかし龍王から放たれる闇のブレスは少しずつ光の障壁を侵食し、次第に薄くなっていく。
その時、ボク達の背後から見守っていたウィンドさんの詠唱が響き渡る。
「――大気よ、我の言霊を聞き届け、立ち向かう強き風よ。
極光の護りの正面にウィンドさんが発動した風が展開される。しかし、それでもなお龍王の一撃はこちらへ侵食を続ける。
それを見たウィンドさんは更に詠唱を続ける。
「――風よ、全てを激流を受け流す自然の恵みとなりて我らを守りたまえ。
「っ……! 凄い……!」
今度は極光の護りの上に半透明の壁が現れ、その一撃を左右に受け流し、一瞬だが龍王の攻撃が途切れる。それにより、龍王の攻撃は一瞬だけ勢いを弱め、その間にボク達は、攻勢に出る。
しかし、相手は上空、こちらの攻撃手段は限られている。
「レベッカ!!」
「はい!! 征け、重圧の矢よ!!」
レベッカはその一瞬に、自身が耐えられる限界近くの魔力を放出し、龍王に向けて解き放つ。放たれた矢は、龍王の一撃を受けないよう回り込むように動き、その背中目掛けて突き進む。
『く……!!』
その軌道に驚いたのか、龍王は迎撃しようと矢の軌道を見極めようと攻撃が中断される。
『ここだ!!』
龍王はレベッカの矢に向けて闇の攻撃魔法を放って迎撃を行う。重力操作を受けたレベッカの矢は、それでもなお突き進むが龍王の眼前に迫ったところで龍王の爪によって叩き落とされる。
だがその瞬間、エミリアが魔法を発動させる。
「風よ、吹き荒べ!!
攻撃対象は龍王では無く、互いに手を繋いだボクとサクラちゃんに向けて放たれる。この魔法は風属性に位置する攻撃魔法ではあるが、威力自体は殆ど無い。純粋に爆風を起こす魔法だ。
だが、その爆風によりボク達二人は地上から一気に上空へと舞い上がる!!
そして、宙に投げ出されたところで今度はサクラちゃんが詠唱を始める。
「―――風の精霊さん、力を貸してね!
私が求めるのは大気と風の加護、私達にその力を下さいっ!
風の加護を受けたボク達は風の流れに乗り、龍王の元へ一気に飛んでいく。
『―――来るか、勇者たちよ!』
ボク達が向かってきたことに気が付いた龍王がこちらを振り向く。
そして、飛行しながら距離を詰めるまで後方の仲間達が龍王に向かって魔法を放つ。
「
「
「
「
「
『むうぅっ!?』
5つの魔法がそれぞれに龍王に着弾する。
どれも一撃の威力は髙くないが、距離を詰める時間稼ぎには十分だ。
そして、ボクとサクラちゃんは空を飛びながら武器を鞘から抜き勝負を掛ける。
「はぁっ!!!」
「やあぁーッ!!」
『ぬおおぉおぉっ!!』
剣と爪が交差する。
空中での攻防の中、鍔迫り合いになる。
「くっ……!」
「くうううっ!!!」
付与されている飛行魔法に更に自身の魔力を上乗せし、更に速度を加速させる。
そして、互いの攻撃がぶつかった衝撃を利用して距離を取る。
そのままボクとサクラちゃんは同時に声を上げる。
「行くよ、サクラちゃん!」
「うん、レイさん!」
そして、ボクは剣に魔力を注ぎ込んで炎の魔法を付与させ、
サクラちゃんは自身に風の魔力を纏い、その身体能力を加速的に上げる。
自身の最も得意な戦い方を選んだ形だ。
『来るがよい、勇者たち!!』
「なら!!」
「いっくよー!!」
ボクは空を駆けるように、龍王に接近しながら技を放つ機会を伺う。
サクラちゃんは風の魔力により大幅に向上した速度により、ボクより先んじて龍王へ向かって突っ込む。
「やあぁっ!!」
サクラちゃん上段から振り下ろした一撃は、龍王の爪によって弾かれるが、もう片方の剣を横薙ぎに振るう。しかし、その一撃も龍王は腕を交差させて受け止める。
「まだまだっ!!」
サクラちゃんはそこから突然武器を手放し、両手の拳に魔力を込める。
『なっ……!!』
突然武器を投げ出したサクラちゃんに困惑し、龍王は一瞬動きが止まる。
そこにサクラちゃんは更に接近して、龍王の顔まで近づき、その両手の拳をネイルハンマーのように龍王の顔面に叩き込む。
『ぐあっ……!!』
ドカンと、とても女の子に殴られたと思えないような鈍い音が響く。
その一撃で龍王の表情が変わる。
その隙を逃さず、ボクは剣に魔力を込めたまま、龍王目掛けて飛び込む。
眼前に龍王の龍王の巨体が接触する瞬間、ボクはその剣を振り上げる。
そして、振り下ろし同時に剣に内包された魔力を爆発させる。
「 <
自身の残った魔力を余すことなく剣に乗せ、叩きつける!!
『があああァアアッ!!』
「いっけえぇ―――っ!!」
龍王は咄嵯に防御しようと両腕をクロスするが、そのガードごと切り裂き、爆裂する炎が龍王を襲う。龍王が悲鳴を上げながら、大きく仰け反け、そのまま地上に落ちていく。
ボクとサクラちゃんは、その勢いのまま地上へ着地する。
「やった……?」
ボクの放った一撃は間違いなくクリーンヒットしていた。
だが、それでもまだ倒せたかどうか分からないため、油断せずに警戒を続ける。
地上では、他のみんなも戦闘態勢を維持したままこちらの様子を伺っている。
すると、龍王が落ちていった場所から砂煙が上がる。
「……」
ボク達はその様子をじっと見つめていると、やがて徐々に視界が晴れてくる。
そこには、傷だらけの龍王はいたものの、その身体からは蒸気のようなものが立ち昇っていた。
『……う………どうやら……ここまでのようだな……』
龍王は全身から蒸気を発しながらも立ち上がろうとするのだが、膝が岩石のように砕けて地面に倒れ込んでしまう。
「……っ!」
ボクとサクラちゃん、それにみんなが龍王の元へ駆け寄っていく。
『見事だ……勇者と、その仲間達よ……私の負けだ。これで私が勇者に敗北するのは二度目か……』
「ドラグニルさん……」
龍王ドラグニルは本来既に滅んでいる。
今までは不死の呪いにより、その身体を維持していたが正気に戻ったことでその呪いが切れつつあると言っていた。
とすれば、今の龍王は今にも消滅する寸前ということだ。
身体から蒸気が出ているのは、恐らく身体の崩壊によるものだと思われる。
『そんな顔をするな……そもそも私は侵略者だった。
お前がもし同じ時代に生まれていたのであれば戦う運命にあったはずだ。
なれば、きっと同じ結果だったはず……』
龍王ドラグニルは、その身体が次第に崩壊が始まる。
両手足が、その尻尾が、蒸気のような湯気が強まっていくごとに崩れていき砂のように崩れていく。
『死にぞこないの堕ちた身ではあったが、最後に満足のいく戦いが出来た。
……勇者よ、あのような
そう言い残して、ドラグニルの姿は完全に砂のように崩れてしまった。
ボク達が倒した相手とはいえ、やはりどこか寂しい気持ちになる。
そこに、姉さんが静かにボクの傍に寄り添い、小さな声で言った。
「レイくん……彼に想う気持ちがあるなら、祈りましょう。
せめて、龍王ドラグニルが輪廻転生し、新たな命へと生まれ変わることを……」
「うん……」
姉さんの言葉を頷き、みんなと一緒に黙祷を捧げることにした。
◆
それから数分後。
黙祷を終えて、皆がその場を去っていく。
ボクも最後に振り返って、その姿を焼き付けようとしたところで……。
「……?」
ドラグニルだった砂の中にキラリと光るものを見つけた。
気になって、ボクは近づいてそれを拾うと、そこには一振りの錆びた剣があった。
「……これは?」
剣の長さはカレンさんの使う聖剣と同じ程度の長さだ。
しかし、完全に錆びてしまっており、さきほど見えた輝きは僅かに残っていた割れた魔法石の破片だったようだ。
その破片も、ボクが手に持つと砕け散ってしまった。
ボクはその錆びた剣をまじまじと見つめ、持って帰ることにした。
これが何の剣だったか分からないけど、龍王ドラグニルの身体に埋め込まれていたものなのだと思う。ならこれは、龍王を倒したボク達が持って帰っても問題は無いだろう。
そう思い、ボクは手に持ったままみんなの元へ合流する。
「お待たせ」
「もうお別れはいいのですか?」
ウィンドさんにそう質問さえ、ボクは頷く。
「はい、大丈夫です。行きましょう」
こうして、ボク達は魔軍将ロドクを討ち取ることは出来なかったけど、一つの大きな戦いを終えた。
その後、村の付近に張ってあった結界を解除し、ボク達は村の人が戻ってくるを待った。
そして、その日の夜が明けた―――。
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