第76話 カミングアウト

 傷の回復も終えて武具の依頼を果たした僕達は、

 ひとまず森を出て別の場所で宿を取るために森を出ることにした。


「……ジンガさん、良い人だったね」

「ええ、最初ミライさんが色々言うから身構えましたが、頑固なだけで優しい人でした」

「……そういえば私もあの人に睨まれた時怖かった……」

「あはは、あれは仕方ないよね」

「……ねぇ、レイくん」

「ん?」

「これからどうするの?」

 ……確かに、今後の事はまだ何も決めていなかった。


「……とりあえずこの森を抜けて、集落に向かおう」

「その後はどうします?」

「その後は……」

 そこでミライさんは名案とばかりに言った。


「この近くに支部冒険者ギルドの中継点があるので、そこの町に泊まるのはいかがですか?

 いくつか依頼も残ってるはずなので、一週間待つ間はそこで仕事すれば宿泊費も稼げますし」

「おお、それはいいかも……」

 それから僕らは森の中を進んだ。


 ◆


「うわ、この木動くよ!」

「この魔物がトレントなのね……!」

 僕達が幻惑で見たまんまの魔物と出会ってしまった。


「一応、幻惑で無いか確認しましょうか。<能力透視Lv9>アナライズ

 エミリアの魔法で敵の能力を把握する。これで幻惑かどうか看破できるのだろう。

「ふむ……普通の魔物ですね」

 それを聞いて安心した。いや、魔物の前で安心しちゃダメなんだけど。


「それじゃあ、ジンガさんに借りた武器を使うね。

 少し慣れるために戦うからピンチの時以外は手を出さないでほしい」

「分かりました、一応初見の敵なので気を付けてくださいね」

 エミリアはそう言って、皆を下がらせた。


 僕はジンガさんの武器を取り出し、構えた。

 ……以前の武器に比べると剣は長めで幅も広く重い。


「レイ様、お体は大丈夫でしょうか?」

「うん、魔力は完全回復してないけど十分動けるよ」

 僕は敵に向かって駆け出す。トレントは体が大きくリーチがあり、動きも見た目よりは機敏だ。

 しかし巨体というだけで攻撃が当たりやすい。

(この戦闘はどちらかというと剣に慣れるための戦いだ)


 だから一撃で倒さなくてもいい。僕は相手の攻撃を剣で受け流し、カウンターを叩き込む。

 剣の大きさもあって剣の扱いにも慣れてきた気がする。

 相手からの反撃も受け流すことでダメージを最小限に抑えながら、剣で切りつける。


(剣が大きいから盾は少々使いづらいな、これなら両手で持って戦った方がいいか)

 僕は一度距離を取るためバックステップすると、トレントもそれに合わせて間合いを取った。


「レイくん! その魔物は炎属性の魔法が一番効きそうだよ!」

「確かに!」

 僕は地面に剣を突き刺す。

 そしてトレントに向けて右手を前に出し詠唱を始める。


「この剣では魔法剣は使えないから……!<初級炎魔法>ファイアだ」

 僕は右手から炎魔法を発動する。火の玉がトレントに飛んでいき、敵の頭部分の木を燃やした。

 頭が燃えてトレントは怯んでいる。


「よし!」

 盾をレベッカに預け、地面から剣を抜いて両手持ちする。

 トレントの攻撃は大振りが多く、読みやすかった。

 敵の攻撃を避けつつ、隙を見つけ次第攻撃を仕掛けていく。

 弱ってきた所で止めの一撃を狙う。

「トドメだ」

 僕は力を込めて、トレントの幹を胴斬りして切断した。

 トレントは叫び声をあげて煙を上げて消えていった。

「レイ様、お見事です」

「レイくんの剣の腕、上がってきたんじゃない?」

「えへへ、ありがとう」

 僕達はその後も何度か魔物を倒しながら森を進んでいきようやく街道まで戻ってきた。


 ◆


「それでは私が案内しますね、こちらです」

 僕らはミライさんに先導してもらい中継点の町へ向かうことになった。


「あ、そうだ、皆さま」

 歩き出そうとするとレベッカに止められた。

「どうしました?」

「わたくし、良い魔法を覚えましたので試してみたくて……」

 レベッカの新しい魔法?


「今使ってもよろしいでしょうか?」

「どんな魔法なの?やってみて」

 それでは…とレベッカは詠唱をする。


<緩やかな加速>時よ軽やかに

 レベッカの魔法が僕達に掛かり、少しだけ周囲の空気が変わった気がする。

 しかし体感的にはそれだけだ。


「……これ、何が変わったの?」

「歩いてみれば分かるかと思います」

「? 分かった、それじゃあ進もうか」


 そうして僕たちは歩き出す。

 最初何が変わったのか体感では分からなかったが気付いた。


「足が早くなってる?」

 同じ歩くでもやたら進むペースが速くなっているのだ。

 なので僕は最初はそう感じたのだが、違った。


「いえ、これは……」とエミリアは気付いたようだ。

「はい、わたくし達の時を緩やかに加速させました」

「ええっ!?時間を操ってるってこと?」


「―――――!!?」

 エミリアが驚いて声が出せなくなった。


「これで徒歩の移動が楽になれば、と思いまして……」


 如何でしょうか?とレベッカは訊いてくるが……

 時間操作の魔法なんて存在するとは思わなかった。


 なので、僕は……

「うん、凄いんじゃないかな……」と小学生並の感想しか言えなかった。


 その後、レベッカの魔法で快適に進めるようになった僕たちは中継点を進む。

 最初エミリアがものすごい悔しそうにしていたが、落ち着いたようだ。


「レイ一人に戦闘任せてみましたが、剣には慣れましたか?」

 隣を歩くエミリアの質問だ。

 あえて僕が森での戦闘を一人で担っていたのだ。


「うん、大体ね。ただ……」

 以前使っていた『魔力食いの剣』や『マジックソード』に比べて一回り大きく幅の広い剣だ。

 その分威力はあるが、やはり重いのがネックだ。盾を持ちながらだと僕の筋力では長時間扱えないだろう。両手持ちして扱った方が威力も出るし、幅が広いなら剣で攻撃でガードもしやすい。


「魔法石が付いてないから魔法剣が使えないね」

 僕にとってのネックがそこだ。剣の技量や力でいうなら僕はあまり強い方じゃない。魔力はエミリアほど高くないし、レベッカほど器用に使い分けも出来ない。だからこそ剣と魔法を同時に使うことに主眼を置いた戦い方をしてたわけだけど、今はそれが出来ない。


 ちなみに僕が魔法剣で戦うこともジンガさんに伝えている。

 魔法石を武器に組み込んでほしいという要望も既にしてあるからその辺りの心配は不要だ。

 ただ、気になることが一つ。


「魔法剣が主力だと分かっててジンガさんはマジックソードを取り上げた。という事は……」

『マジックソード』も魔法石が組み込んであるため魔法剣が使用できる。威力としては今持っている代わりの剣よりも劣るが、僕からすれば魔法剣の有無でマジックソードの方が強い。


「ジンガ様は敢えて、レイ様に魔法剣を縛らせているということですか?」 

「そういうことになるね」

「……お姉ちゃんにはよく分からないな。どういう考えなんだろう?」


 ミライさんはフムと言いながら言葉を続ける。

「ジンガさんの思惑は分かりませんが、無いなら無いで鍛えなおせばいいだけですよ」

 ところで魔法剣って何ですか?とミライさんが言ったが無視した。


 魔法剣が無いなら……か。

 もしかして魔法剣に頼らない状況を作ったという事だろうか。

 それならば、これからの修行もより一層気合を入れよう。


 それから四時間後、中継点の町に着いた。

 長い道のりだと思ったんだけど、レベッカのお陰だろう。

 効果時間は一時間ほどで数回掛け直したが、それなりに消耗するらしい。


 町とは言っているが規模自体は小さく、

 元は支部ギルドだけ建っていたのを拡張しただけの場所だ。

 名前などもなく『支部ギルド中継点』なんて言われ方をしている。そのため、暮らしているのはほぼギルド関係の人と冒険者だけとなっている。宿や食料などの最低限の施設は整っているため、冒険者の拠点して機能はしているが、ゼロタウンと比べるべくもない。


「さて、ここの中央に冒険者ギルド支部がありますよ。

 それで、申し訳ないのですが、私はここでお暇させていただきますね」

 中継点に着くなり、ミライさんは言った。


「ミライ様、帰ってしまわれるのですか?」

「はい、そろそろ実家の方にも戻りたいですし、多分近いうちにゼロタウンに帰還する羽目になりそうなので……」

 そっか、元々ミライさんは仕事でエニーサイドに来たんだった。

 それだったら僕らに長く付き合ってはいられないよね……。


「すみません、こんなに長く付き合わせてしまって……」

「いえいえ、レイさん達がこんなに強くなってるとは思っていなかったので良い収穫でした。

 それでは私はこれで……。あ、そうだ、レベッカさん」

 十歩くらい歩いたところでミライさんが立ち止まる。

「わたくしですか?」

 自分に用事があると思っていなかったレベッカはきょとんとした顔をした。


「はい、以前の冒険者適性の時から思っていたのですが、

 レベッカさんは魔眼を使いこなせていないようですね?」

 魔眼?それってミライさんと同じ?


「魔眼……でございますか?

 いえ、わたくしはそのような魔法を使えないので……」

 そもそもレベッカは魔眼を使ってるところを一度も見たことが無い。


「いえ、以前の適性検査の時に魔眼の才能があることは分かっています。

 おそらくレベッカさんが自覚していないだけですね」

 それに割り込んでエミリアは言った。

「レベッカに魔眼ですか?私はこれでも魔法に関してはそれなりに詳しいと自負してますが、そんな気配無いですよ?」

「魔眼に関してはかなり特殊な魔法なんですよ。

 通常の<能力透視>アナライズで見抜くのは難しいですし、

 意識してないと分からないというのも良くある話です」


「そうですねぇ……」

 と言いながらミライはレベッカの近くに寄る。


「レベッカさん、試しにレイさんを見つめてもらえますか?」

「えっ、レイ様をですか……? わ、分かりました……」

 そう言って、レベッカは僕をじっと見つめる。ほんのり顔が赤い。

(しかし、レベッカの眼って赤くて宝石みたいで本当に綺麗だな……)

 思わず見惚れてしまいそうになる。

「それじゃあレベッカさん、少し眼に魔力を込めてみるか、それか少し感情を強めてもらえますか?」

「??? は、はい……。眼に魔力……はよく分からないので、感情の方を……」

 ミライさんの指示通り、レベッカは僕を見つめたまま頬を赤らめていく。


 これは一体どういう――


 ――その瞬間にレベッカ以外何も見えなくなった。

 普段から可愛いレベッカが更に何十倍も綺麗で愛おしくなってしまい、

 こうやって見つめるだけで胸が酷く高鳴る。

 今レベッカに何か言われたら全てその通りに動いてしまいそうで――


「――レベッカさん、ストップです! 冷静になって視線を逸らしてください」

 ミライさんの突然の静止が入る。

「え!? はい……」


 その瞬間にレベッカしか見えなかった風景がようやく通常通りに戻った。

 音はレベッカの吐息しか聞こえてなかったのだが、周囲の雑音が聞こえる程度に元に戻る。


「……今、僕どうなってたの?」

 横で見ていた姉さんとエミリアに聞いてみた。


「何というか、レイがまるでレベッカに夢中になったような顔をしてて……」

「うーん、それ以上ね……狂信と言っていいかしら。

 レベッカちゃんに何か言われたらなんでもやりそうな感じがしたわ」

 ……ど、どういうこと……?確かにそんな感情が沸いた気がするけど……。


「驚きましたね……レベッカさんは<魅了の魔眼>を持っているようです」

 魅了の魔眼?

「対象者が自身に好意があればあるほど効果があり、魅了してしまう魔眼です。

 レベッカさんは何かの魔眼を持っているとは思っていましたが、まさか魅了とは……」

 意外すぎますね……とミライさんは言った。


「それは一体どういうものなんですか?」

「レイさんが感じた通りの効果ですよ。

 レベッカさんが好きで好きで仕方なくなりませんでしたか?」


「大体いつもそうなのでよく分かりません」

「え!?……そうなのですか。

 では、レベッカさんの命令なら何でも聞く……みたいな気分になったりは?」

「言われてみれば……」


 確かに好意に関してもまるで何十倍にされたような感じで、後者も確かにそう感じてしまった。

 なるほど、これが魅了の魔眼か……。


「どさくさに紛れてとんでもないカミングアウトしましたね」

「エミリアちゃん、聞かなかったことにしましょう」

 あー聞こえない。


「まぁ、そんな感じですね。

 魔眼の制御は最初は難しいですが慣れてくれば出来るようになるはずです。

 それでは私行きますね、遅れるとミラに怒られそうです」


 ミライさんはそのまま街の定期馬車の方に歩いていく。

 途中で通信魔法を使ったようでミライさんの話し声が聞こえた。

 今ミライさんロリコンとか言わなかった?それ僕の事言ってる?

 レベッカと僕は三歳差だから、ロリコンじゃないからね。


「それじゃあギルドに行こうか」

「何しれっと流してるんですか、さっきのカミングアウト聞いてましたよ」

「レ、レイ様、いつもレベッカの事をそう想って下さっていたのですか……?」


 僕は逃げるように誤魔化して町を進むことにした。

 好きなものは好きなんだから仕方ない。

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