PHASE-548【侯爵は出来る人】

「トール殿。この状況からしてあの少女が――ですか?」

 耳打ちしてくる侯爵に対して、俺は鷹揚に頷く。

 侯爵の初見の感想は、怪訝な表情。

 執務室の隣にあるクローゼットルームで格好を整え気合いを入れていたが、肩すかしを食らったような気分になっている。

 まさかこのような少女が。ってことなんだろう。

 でも相手は魔族、外見では年齢は分からないとし、頭を左右に振って固着観念を振り落としていた。

 

 魔王と対面する侯爵の服装は、紺色のプールポワン。襟や袖部分に施された金糸による幾何学的なデザインは目を引くものだ。

 派手さはあってもけばけばしておらず、全体を占める紺色が派手さを抑えて気品にかえる手法なんだろうな。

 見事に着こなした姿は、大貴族然としている。

 普段はメイドさん達が手伝ってくれるそうだが、皆さんいなくなったから、一人での寂しいお着替えだったけど。


「お初にお目にかかります。バランド領主、辺境防備官を務めます、エンドリュー・アルジャイル・ハーカーソンスと申します」

 そういえばそんな役職だったな。

 侯爵は片膝をついて恭しく頭を下げる。

 大貴族であり、王様にとっての懐刀でもあるような人物。

 そんな人物が魔族に対して頭を深く下げる姿は、正直イリー達には見せられない。

 とっさにこの室内にイリーや騎士団がいないかを確認してしまった。

 侯爵の関係者がいなかったので胸をなで下ろす。


「頭をお上げください」

 素早く椅子から飛び降りると、侯爵の体を起こすように促す。

 

 ――――リズベッドを上座へと座らせ、集まったメイドさん達は、代表だけを残し、他の方々には退出してもらう。

 退出してドアが閉まっても、リズベッドの無事を知ったメイドさん達の明るい声はずっと続いていた。

 中にはトール様。と、俺を称賛する声が黄色い色で発せられているので、耳はどうしてもそちらを向いてしまう。


「さて、少々騒がしいですが話を」


「申し訳ありません。後で言っておきますので」


「いや、いいよコトネ殿。主の無事を喜ぶ声は聞いていて気分がいいものだから。ですよね勇者殿」


「ええ、全くですよ侯爵」

 俺に対する黄色い声がずっと聞けるのは最高の気分ですから。


「魔王殿」


「リズベッドで構いません、エンドリュー候」


「では、リズベッド殿、そして御付きの方々。まずは長旅、ご苦労様でした」

 形式的な挨拶の後、侯爵はこの大陸での状況を伝え教える。

 マナによって遠隔から見通す力を有しているリズベッドは、状況を理解しており話は円滑に進んだ。


「――――我々は現魔王であるショゴスに対し攻勢に出なければなりません。その為にも力を有している者達の参加を求めております。そちらにはそれが可能でしょうか?」

 戦いを好まないであろうリズベッドは、左右に座るガルム氏と翁に目を向ける。

 二人はなにも告げることはない。

 主の言にただ従うのみといったところだ。

 やや焦る表情に変わるリズベッドを見て、ギルマスである俺も、なんとなくその気持ちが分かる気がした。

 決定権を持つのって責任重大だからな。


「もしもですが、協力できないとお伝えしたら、私達と共にレティアラ大陸から来た皆さんの生活は――」


「侮ってもらっては困りますな。リズベッド殿」

 強い語気の侯爵に、対面するリズベッドは背筋を伸ばす。

 怒気というより覇気を纏った声音だ。

 コトネさんが入れてくれた紅茶を一口飲めば、


「うん。いつも通り美味い」

 言ってコトネさんに一礼し、顔を正面へと向けると、


「現在この都市では、サキュバスの皆様が生活を営んでおります。こう言えば理解してくれると思いますが」

 自信に溢れた笑みを湛えて、白い歯を見せている。

 女好きはナルシストタイプでもあるからね。台詞で格好つけたいとも思っているんだろうな。

 でもね。違うんですよ侯爵。


「侯爵」


「なんでしょうか勇者殿」


「そういった遠回しな言い方ではなく、しっかりとした言質が欲しいと思うんですよ」

 ちゃんと安心させる発言をお願いします。


「まったくだな」

 俺を擁護するようにベルがチラリと侯爵を見れば、直ぐさま居住まいを正すところは、どこの王侯貴族も一緒。

 ベルの前では、皆等しく弱者なのだ。


「もちろんこの地にて安心して暮らしていただきます。土地が入り用ならば、提供いたしましょう」


「ありがとうございます。この恩は必ずお返しします」


「いえいえ。借款しゃっかんとして考えてもらわなくても結構です。無償で様々な物を提供させていただきます」

 流石は大貴族様。太っ腹である。

 バランド地方は全体的に裕福。

 農民の方々も重い税を課せられることはなく、冬が来ても毎年問題なく越せる生活を送ることが出来るのは、辣腕を振るう侯爵をはじめ、貴族や豪族、行政がしっかりとしている証拠だ。

 この地の兵士は職業軍人。農民が駆り出されて兵士になるってのじゃないから質が高い。

 農民も駆り出されないから、自分たちの仕事に専念できる。

 なので生産性も上がる。

 生産性が上がれば商人が潤う。

 商人が潤えば税が多く入る。

 その税で兵を育てる教育機関もしっかりとしたものが整う。

 兵の質が高いから農民を兵として必要としない。というサークル。

 

 ゼノに体を乗っ取られたり、復活してもサキュバスさんたちにデレデレしているけども、やる時はしっかりとやる人物。それがエンドリュー・アルジャイル・ハーカーソンスという侯爵様。


 ただ亜人が急に街中を歩くとなれば、ドヌクトスの住民が不安に陥ることになるからと、ドヌクトス近郊の平地に、亜人達の住居を準備させるという事になった。

 もちろん提供するとなれば、掘っ立て小屋みたいな住居ではなく、風雨を完璧にしのげる家屋を建てると約束。

 貴族の矜持を刮目して見てほしいと豪語する。

 そんなにも早く出来るものなのかと思ったが、そこは様々な人材、代物が潤沢な地である。

 クリエイトが使える魔術師に、労働力にはゴーレムだって使用。

 食糧の備蓄に木材に炭、生地。生活に必要な最低限の物は即座に用意できるので心配ご無用と侯爵は胸を張る。


「素晴らしいです。閣下」


「だよね。お見事だよ侯爵」


「流石は大貴族様です」


「そうでしょうとも! そうでしょうとも!」

 ベル、シャルナ、コクリコの美女、美少女が本気で称賛すれば、女好きは大いに喜ぶ。

 張っていた胸が反り返って、今にもブリッジしそうだよ。

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