PHASE-399【つよきっ子の存在は、有りがたい】

「それより早く行ってやれ」

 今は背中の女の子の方が大事だな。

 でもねゲッコーさん。俺は追及しますからね。




「すみません」


「いいって」

 なんかさっきよりも密着されているような……。

 フローラルな香りが鼻腔を刺激すれば、それだけで頭が蕩けるようだ。

 密着しているから分かるけど、やはりコクリコレベルのシンデレラバストだな。メロンはないよランシェルちゃん。

 と、夢の中のランシェルちゃんにツッコミを入れてあげる。

 でも、太ももやしがみついてくる腕は柔らかい。

 女の子の柔らかな体をこんなにも体で感じるのは、生まれて初めてってのもあるから、善意でやっているのに、邪な考えも巡ってしまう。

 そんな童貞が――、俺です。


「で、どこに行けばいい?」

 頼ってほしい発言を述べたのはいいものの、密着による緊張で、上擦った声は情けないものだった。


「この屋敷の地下に、私達メイドの部屋があります」


「地下?」

 なにそれ。さっきの侯爵の目も相まって、真っ先に地下牢みたいなイメージが浮かんだぞ。

 ジメジメして、天井から水滴が垂れてくるような薄暗い場所が。


「あの、地下といってもここと変わりませんから」


「あ、そうなの」


「はい、有事には非戦闘員が地下に避難するようになっていますから。その為にしっかりとした部屋がたくさんあります」

 ちゃんとしていると聞けば安心だ。

 有事の時の対応もちゃんと考えている侯爵。

 でも、ランシェルちゃんに対する行きすぎと言ってもいい仕置き。

 辣腕を振るう有能なのか、腕力を振るう暴君なのか。なんとも定まらない人物だな。

 ――――背負ったランシェルちゃんの指示に従って、屋敷内を移動する。


 聞いているはずなのに、随伴するコクリコが、所々で俺たちから離れそうになる方向音痴っぷりはどうにかしてほしいところ。

 ランシェルちゃんの姿を目にした事で、随伴を買って出てくれた仁義ある姿を見せられた後だから、馬鹿にする事は出来ないので、呼び止めるだけに留めている俺。




「ここから入ります」


「へ~」

 地下に続くってなると、中世を題材にした映画なんかだと、格子状のドアを開いて下って行くって感じだけど、しっかりとした乳白色のドアだ。

 両手が塞がっているので、コクリコに頼んで開いてもらう。


「へ~」

 同様の言葉尻を伸ばす声が出る。

 地下に続く階段はなだらかな階段だ。

 これならもし転んだとしても、一番下まで転がり落ちるって心配はない。

 使用者の心境をしっかりと考えた設計だ。

 非戦闘員の避難する場所って言ってたもんな。

 有事によって混乱の中で避難をすれば、転倒することもあるだろう。

 集団でここに避難行動を取っていたら、将棋倒しも発生する可能性がある。急な下りの階段なら、先頭の人は死もありえる。

 それらを少しでも緩和する造りだ。

 弱者に配慮の出来る造りなのだ。

 ランシェルちゃんが言うには、別邸の建築指示を取り仕切ったのは侯爵だそうだ。

 ――……どっちの侯爵が本当の侯爵なんだろう。

 

 定まらない人物だとも考えたが、支配する立場だからこそ、清濁両方を兼ね備えているって事なのだろうか?

 だがやはり、仕置きってレベルから、かけ離れた暴力を行使する人は、例え配慮が出来る人物でも好きになれないな。


 なだらかな階段を下って行く間も、足元に注意を払う必要はない。

 庭園に備わった外灯と同じタリスマンの光源が、燭台の代わりとなり、壁に照明器具として取り付けられている事で、視界の確保が十分だからだ。


 コクリコが気を利かせてくれて、俺たちの前を歩いてくれる。

 もしもの時は私が全力で支えてあげますと、得意げに笑みを湛える。

 小さな背中が、大きくて頼りがいのあるものに見えてくる。

 きっと俺が転倒したとしても、巨壁のように止めてくれるのだろう。

 なんたってアイガークラスの絶壁だからな。

 感謝はしっかりとしているので、そんな不遜は口には出さない今日の俺。


「トールはランシェルを下ろしたら蹴ります」

 おっと、俺の考えは読まれていたようだ。

 

 下り終えれば、上にあったのと同様の乳白色のドア。

 ここでもコクリコが開いてくれる。

 ドアの先は、地下とは思えない明るさ。

 窓から陽が差しているかのように明るい。

 天井には回廊の物とは違い、豪奢ではなく、機能性重視のシャンデリアが等間隔で吊されている。

 蝋燭の光源ではなく、シャンデリアの光源となっているのは、ここでもタリスマンだ。

 床は石畳だけど、イグサか藁の乾燥した物が敷き詰められていた。


「なにこれ?」


「トールは無知ですね」

 にんまりと笑うコクリコ。

 いつもならイラッとするが、本日はコクリコの優しさを見ているので、


「すまんね」

 と、素直に謝れば、いつもと違うリアクションだったせいか、あわあわとしている。

 頭を左右に振りながら焦る姿に、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 いやまあ、実際、美少女ではあるんだよな。

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