PHASE-400【気安く関与してはいけないのか……】

――――日本文化と違って、靴を履いて生活をするスタイルの異世界では、干し草を敷くのは生活の知恵だそうだ。

 靴底についた外から運ばれる汚れなんかを藁やイグサが取ってくれるそうで、他にも石床の冷たさを緩和してくれる効果もあるらしい。

 ギルドハウスのように、木の温もりで出来た建物には縁が無いよな。

 最近では、コボルト達が一生懸命に仕事もしてくれるから常に綺麗だし。

 一般家庭では、汚れのついたイグサや藁を交換するだけだから、床の掃除も簡単なのだそうだ。

 使用済みの物は、燃やすための燃料にもなり無駄がない。

 コクリコの説明に感心しつつ、干し草の上を歩き――――、


「ここです」

 俺の顔側面からランシェルちゃんの手が伸び、食指が一つのドアに向けられる。

 ここでもコクリコが開いてくれる。

 でも、ノックをするべきだと思うの。

 執務室においての俺もノックをしなかったので、口には出せなかった。


「失礼します」

 仕方がないので、室内に向かって声を発して入室。


「勇者様――――!? ランシェル!」

 コトネさんや他のメイドさん達は、長テーブルの周囲でくつろいでいたけど、背負われるランシェルちゃんを見て、一瞬で俺の方まで接近。

 あまりの動きの速さに驚いてしまった。

 これがもし戦いだったら、あっという間に間合いに入られた気分だ。

 コトネさんだけでなく、ここのメイドさん達。動きがただ者じゃない。

 マジでバトルメイドなのだろうか……。


「どうしたの」

 素早く背後に回り込まれれば、コトネさんともう一人のメイドさんがランシェルちゃんを支える。

 回り込んでくる速度……。

 俺の驚きを余所に、


「失態してしまい、お叱りを……」

 と、ランシェルちゃんの発言で、コトネさんともう一人が俺を一瞥。


「仕方のないことよ。お優しいから反対の事をしてしまうのは……」

 コトネさんが優しく励ます中、やはりもう一人が俺を一瞥だ。

 なんだろうか? 俺がランシェルちゃんに変な事をしたと思っているのではないだろうね。

 夢の中ではいい事をしてもらったが。

 というか、お優しいだの、反対の事だの、何のことなんだろうか? とりあえず侯爵の事ではないだろう。

 分からないままに室内を見渡す。

 随分と広い休憩室だ。

 避難場所として使用されるというし、平時は休憩室、有事はセーフルームってところかな。

 二十畳くらいの広さに、メイドさん達が十人ほど。

 

 上の方では仕事に従事しているのが三十人ほどおり、三交代プラス休日組というシフトのようだ。

 メイドさんって夜中も働くんだな。エロいことじゃないよね?

 この屋敷には四十人ほどのメイドさんがおり、本邸も合わせると百人くらいいるそうだ。

 ちなみに衛兵は、別邸では十人ほどが従事。

 やはり衛兵よりメイドさんが多かった。侯爵は女好き。これは確定。


 室内にも通路と同じシャンデリアが設置されていて、部屋全体を白い光で照らしている。

 元いた世界の蛍光灯やLEDのような、部屋全体を照らすのに十分な明るさだ。


「横になりなさい」

 壁際に置かれたソファーに、ランシェルちゃんを寝かせるコトネさん。

 皆して心配が表情に出ている。


「ご迷惑をおかけしました」

 寝かせたところで、典雅な挨拶。

 でも、賓客を迎えいれる時のような一礼ではない。

 コトネさんは深々と頭を下げて、感謝を表した一礼を俺へとしてくれる。

 遅れて他のメイドさん達も頭を下げてきた。

 一礼を受けると同時に、俺は調子に乗ったコクリコが前に立たないようにフードを掴んだまま、


「あの、侯爵は……」

 俺の言わんとすることが理解できたのか、体を起こせば目を合わせてくる。

 金色の美しい目が、俺を射るように見つめてくる。

 真っ直ぐとした姿勢は体幹が素晴らしく、ぶれない直立不動のもの。

 細身の長身だが、コトネさんの立ち姿は、しっかりと大地に根を張った巨木を想像させる。

 この人、間違いなく猛者だな。 


「侯爵様はお優しいのですが、反面、厳しくもあります。全体を考えてこそのしつけなのです。優しさと厳しさが両極端なので、しつけが過激に見えたのかもしれません」


「過激に見えるって……、どう見ても過激そのものでしょう。見てくださいよ」

 破れたメイド服を見れば、仕置きのレベルじゃないことくらい一目瞭然だろう。

 言ったところで、使用人は主に対して絶対服従なのか、俺の発言に対してどう返せばいいのかと、困り果てた表情に変わってしまった。


「……コクリコはどう思う」

 賛同者を得たいが為に、この世界の住人で俺の仲間に問う。


「トール。これはこの屋敷内での問題です。よそ者の私達が詮索、関与していいものではありません」

 ゲッコーさんにも目で伝えられたけど、コクリコも同様の考えか。

 声に出されると、疎外感を覚えてしまうな。

 ――……例えここで死に直結するような事が起こったとしても、それはこの家の者同士の問題。

 他家の事情に首を突っ込んではいけない。異世界だろうが日本だろうが至極当然の事だ。

 お節介は煙たがられる事の方が多い。

 

 特にこの世界は中世のように、貴族の力が強い。

 貴族様に逆らえば、下々の者たちは生活が出来ないというのが、ここでは当たり前なんだよな。

 

 それを今すぐ変えるだけの力を持っていない俺には、やはりどうにも出来ない事なんだろうな。

 勇者であり、王様に次いで権限を得られる六花の外套を所持していても、容易くはいかない……。

 特に相手が大貴族ともなれば。

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