PHASE-621【呪解】
――朝霧の中、用意された馬車に乗り込む。
四頭立ての馬車は、朝霧の中でもしっかりと分かるくらいに、光沢ある漆喰からなる馬車。
それが三輌。
一輌でも十分に大きいが、三輌に各自がゆったりと乗る。
ここでも俺が勇者としてリンの側にいる事になり、リンにおかしな行動を取らないように、抑止力としてベルが見張り役。
美人二人と一緒の馬車とか最高だった。
馬車の外では、イリーたち征東騎士団が馬車周囲を警護してくれる。
なんとも物々しいが、姫の呪解が出来ると知れば、侯爵の気合いの入れようも仕方がない事だろう。
その本人もここにいるわけだから、余計に物々しくなる。
――――。
「じゃあ、頼む」
「はいはい」
本邸へと移動。
俺に軽く返事をするリンの前には、応接間で既に待機していた姫が、カーテシーによる一礼をリンへと行い、その横ではライラがリンを睨んでいるといった光景。
挨拶後、腰を下ろした姫にリンが接近し、手を伸ばしたところでライラの肩に力が入る。
よからぬ行為があるかもしれないという緊張感からだろう。
眼鏡の奥は炯眼となり、指にはめた指輪の貴石が、持ち主の髪のように青く輝く。
「止めときなさい。貴女が私に挑むというのは、蛮勇と同義」
ハイウィザードであろうとも、魔道師最高位の一つであるネクロマンサーから見れば低位の存在。
それでも警戒を解かないのは、姫を思う宮廷魔道師としての矜持――、というか、姫様激Love精神がそうさせるんだろうな。
「落ち着きなさい」
と、プリシュカ姫が発せば、渋々とした感情が伝播したように、指輪から青い輝きが徐々に消えていく。
「素直でよろしい」
言ってリンは、姫の額に手を当てると、
「ディスペル」
と、一言。
そう、一言だけだった。
手をどかして後退り。
――…………。
――……。
「……え!? 終わり!?」
「終わりよ」
淡々と返すリンだったけども、終わりと聞いて俺たちと一緒に待機していた侯爵が姫の元へと駆け出し、姫の背後に立っていたライラも姫の正面へと移動する。
「どうですか姫!」
興奮した声の侯爵。
その圧に気圧されるように姫が座ったまま背を反らせつつ、
「徐々にですが――、体温が戻ってきているような気がします。体の中からポカポカとしてきました」
「本当でございますか!」
侯爵の圧に負けないくらいにライラが姫へと接近。それに乗じてキスでもしようと画策しているのでは? と思えるくらいの接近に、姫がグッと両手でライラの顔を押しのける。
眼鏡のずれた美人の表情は、事がうまく運ばなかった事に対して残念そうなもの。
お前はさっきまでリンに対して睨みを利かせていたのに、なんだその変わり様は。
ヴァンピレス化という危機は去ったけども、コイツが原因で、姫の貞操の危機という新たな問題が浮上しそうだな。
「失礼して」
俺も姫の事が気になるので、どう変化したのか拝見させてもらう。
じっと見られてモジモジと照れる姫は可愛かった。
女性に対して免疫のない俺が、サラッと美少女の顔を至近で見る事が出来るようになったのも進歩だな。
内心で照れを抑制するだけの事は出来るようになった。
油断すれば直ぐさま顔真っ赤になるだろうけど、なんとか大丈夫。
――――うむ。美少女。ってのが素直な感想。
確かに人形のような白蝋じみた肌ではなくなった。血色のある玉肌に変わっている。
虹彩もしっかりと力のある水色の瞳。
ウェービーな金糸のような髪も、艶やかなものになったような気がする。元々、髪は綺麗だったから、ここは思い込み。
肌同様、唇も血色がよくなり、綺麗なピンク色。
「あの、トール様」
おっといかんいかん。このまま唇を眺めていたら吸い付きたくなるところだった。
そうなったらここにいる女性陣に殺される。特に今現在、俺を警戒した目で見ているライラに殺される。
そのライラも、さっきキスを狙っていたみたいだったけどな。
警戒だけで、リンに対してのような凄みを俺に利かせる事はない。
救い出す原因を作ってくれた事に対する恩の方が大きいって事だろう。
その証拠に――、
「トール殿。本当に感謝しかありません」
って、典雅な一礼で深々と頭を下げれば、中々に頭を上げようとはしなかった。
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