PHASE-724【一ノ谷やアルプス越えみたいな感じ】

 俺とマイヤはビジョンを使用し、目を細めて遠くを見るイメージにて眺める。

 横ではゲッコーさんとS級さん達が双眼鏡を使用。

 ゲッコー殿たちが使用する遠眼鏡はどれほどの物なのかと質問する伯爵に、物は試しとS級さんの一人が手渡し、覗き込めば、目の前に糧秣廠の人間がいる! と驚いていた。

 

 俺たちが伏臥の姿勢でいるこの間。先生とミッターさんが怖いであろう使者の方は、静かに馬車の中で待つ。

 

 ――マイヤが言うように瘴気方向には兵は展開されていないけども、中々の兵が糧秣廠周囲を守っている。

 これに加えてブルホーン山の要塞と麓にも兵を展開しているんだよな。

 ざっと見ただけでも糧秣廠周囲には三、四百ほどの兵を展開している。

 糧秣廠内にもかなりの兵数が待機しているんだろうね。

 まだ大々的に動くわけじゃないのに、あれだけの規模を動員できるのか。

 これが本格的に動くとなれば、要塞と麓から一気に兵がライム渓谷へと向かって動き出すんだろうな。

 何たって四万の軍勢なんだからな。

 現在、糧秣廠に駐留する兵数は千五百ほどの規模だとゲッコーさんは推測。


「うん。兵達だけでなく人足もいるようだ」

 鎧を装備していない、色あせた布の服を着た男達が馬車から荷下ろしをしている。

 麻袋を抱えて内側に運んでいた。

 糧秣廠に馬車を入れて荷下ろしをすればと思ったけど、中から別の馬車が出てきたので、糧秣廠の内側は混雑しているようだ。


「指揮能力はよろしくないようだ」


「なぜです?」

 荷下ろしを見ただけでゲッコーさんがそう評価すれば、ミュラーさんに他のS級さん達も同調していた。

 俺の質問に対する答えは、俺が思っていた感想そのものだった。

 荷下ろしの段取りの悪さが指揮官の采配の無さを物語っている。


「かなり酷使されているようだな」

 人足たちの顔色は悪い。

 栄養も行き届いていないようで、王都の成人男性に比べて肉付きがよくない。


「労力に対して対価は見合っていないようです」


「だね」

 小高い場所にて毎日のようにマイヤは監視をしているそうで、人足たちの事が気がかりなようだ。


「これは糧秣廠を落とすとなれば、すんなりといけそうですな」


「そのようですね。伯爵」

 戦う気満々の大貴族二人は悪そうに口角をつり上げていた。

 戦いとなり糧秣廠を攻め、人足たちに今以上の好待遇を約束すれば、喜んで協力してくれると考えているようだ――――。


「さてどうしましょうか」

 ペチンと頭を叩くのは癖なのかな?

 上げていた口角を定位置に戻し、バリタン伯爵がこれからどうするかを問うてくる。

 話し合いということだからライム渓谷を馬車で抜けてってのが普通なんだろうけども、


「どうせなら相手をおののかせるようなインパクトのある事を実行したいですね」


「何か名案があるようですね。ゲッコー殿」

 伯爵は期待から再び口角を上げる。

 それに応えるようにゲッコーさんは伏臥の姿勢のまま食指を伸ばして動かす。

 この地点から真っ直ぐに糧秣廠へと動いていた。

 瘴気のある地点もお構いなしだった。


「なるほど。こちらは瘴気をものともしないと思わせるのはいいですね。瘴気の中を移動してくるとなれば、心胆は大いに凍えるでしょう」

 と、侯爵はガスマスクを経験しているから飲み込みが早かった。


「長時間の結界維持が可能な魔道師がいるとも思わせることが可能になれば、それだけで相手はこちらを大きな存在だと勝手に思い込んでくれるかもしれませんな」

 バリタン伯爵が続く。

 大きい存在と勝手に思ってくれて、疑心暗鬼に取り憑かれれば尚良しと悪い笑み。


「私も気がかりな事があるので、ご同行してもよろしいでしょうか?」

 やっぱり人足の方々が心配なようだ。


「いいけど、愚息は女好きらしいから途中までね」


「ご心配してくださりありがとうございます」

 マイヤは美人だからね。

 相手が俺が思っている以上のお馬鹿さんなら、美人を目にして話が進まなくなるって事はありえるからな。

 しかも交渉のためにその女を差し出せとか言うこともあり得るからね。

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