PHASE-749【勿体ない】

「放てぃ!」

 声と素振りだけは一丁前だな。

 取り巻きの傭兵たちが手にする弓とクロスボウ。それにファイヤーボールなんかによる魔法。

 あれもマジックカーブってやつか。


「何という……」

 馬鹿息子の愚行に嘆くミランドの声が聞こえる時には、矢は俺たちの所まで来ているわけだ。


「ま、意味ないけど。イグニース」

 大の字を体全体で表現するようにして半球状の炎の壁を展開。

 久しぶりに使用するね。

 イルマイユの時は火龍装備じゃなかったし、それ以降は戦闘がなかったからな。

 自分で気付いたのは地力が向上しているのか、半球の炎の壁が一回り大きくなった感じに思える。

 元々の面子に、征北の面子も含めて全員を包むには十分の広さ。

 飛翔してくる攻撃を全て防いでやった。

 矢はともかくとして、ファイヤーボールが着弾しても衝撃は生まれない。

 使用は出来るが、コクリコのものと比べれば威力は低い。

 この程度ならそこいらのモンスターにダメージを与えるのも難しいだろう。牽制やヘイトを集めるのが関の山だ。

 結局のところ使用者が努力しないと威力は向上しないようだな。

 入れ墨のよる魔法術式は便利ではあけども、親からもらった体に入れたくはない。

 入れたら間違いなく母ちゃんに殺されるからな……。


「おのれ! 第二射、続け――よ……」

 馬鹿息子の息巻いた声をかき消す一発の乾いた音。

 ミュラーさんの構えるタボールのマズルより白煙がうっすらと上がる。

 一発の銃声が響けば、一人の命が奪われる。


「……!? ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 情けない声と共にここでも腰砕け。

 またも漏らしてないだろうな。

 にしても、


「いや、命を奪う意味は」

 さっきは馬鹿息子一人をとは思ったけど、実際に人間の命が奪われる所を目の当たりにすると、背筋に冷たいものが走る。


「うん。ここで驚異と判断してもらうほうが犠牲も少ないからね。それに傭兵は戦死者にカウントされない」

 いや……、俺たちの世界のルールをぶち込まれても。

 ミュラーさんが淡々と返す発言に苦い顔になっているだろうけど、実際にこれで第二射はやんだ。

 これ以上に続くならこっちも相応の反撃をする事になる。

 ミュラーさんだけでなく三人のS級さん達も既に狙いを定めている状況。

 これに傭兵たちが完全に呑まれてしまった。

 見たこともない攻撃となればやはり恐怖が優先されるようだ。

 ミュラーさんの言うようにここで攻撃が止まれば、一人の犠牲ですむのも正解ではあるんだろうな。

 頭を打ち抜かれた傭兵に両手を合わせておく。

 

 傭兵を撃った理由には、相手の動きの抑止と馬鹿息子を怖がらせる以外にも、この要塞にいる傭兵と正規兵達との確執が本当にあるのかの確認をするためでもあったそうだ。


 ――――傭兵の死に対して、正規兵たちは動かなかった。

 俺たちに怨嗟に染まった視線を向けるという事もない。

 不思議な武器に驚きはしているが、傭兵の死には思い入れはないようだ。

 この要塞を攻めるとなれば、正規兵と傭兵の連係はほぼ無いと考えていいとミュラーさん。

 流石はゲッコーさんと同等のステータスを有するS級さんの一人である。

 頭の切れも素晴らしい。

 けども。


「穏便がよかった」


「と、言える段階ではないね。それは優しいのではなく甘いだけだね」

 俺では反論できない切り返し。

 ミュラーさんの発言にただ頷くだけだ。


「では王都へと帰って戦支度ですな!」

 これ以上は何もしてこないと判断したようで、ズカズカと名代である伯爵が肩で風を切って先頭を歩き出す。

 苦々しさをこちらに向けつつも道を作っていく傭兵たち。

 攻撃を防がれ、得体の知れない攻撃に警戒し手詰まり状態。

 一発の音と共に命を奪う不思議な武器は恐怖を植え付けるには十分だった。

 何より腰を抜かしたまま立てない馬鹿息子が指示を出せないでいるから、こちらはただこの要塞より悠々と立ち去っていくだけだ。


「さあ馬です。糧秣廠まで送らせていただきます」

 征北騎士団五人が馬車と俺たちの馬を用意してくれれば、直ぐさま馬上の人となって要塞を後にした。

 

 ――――麓へと到着。

 要塞から先行してくれた征北の一人からの連絡を受けた麓の騎士団が横隊で待機。

 分厚い十重二十重にて俺たちを

 手に武器は持っていないことから迎え撃つのではなく、ただ待ってくれているという表現が正しいだろう。


 指呼の距離まで接近すれば、中央が開かれる。

 通り道の完成。

 行きと違って槍旗でってのはない。

 会談も上手くいかず、死者を出しているのだからね。そんな中で俺たちに礼儀に則った見送りをする訳がない。


 ただ、俺たちの行為は麓の騎士団の溜飲を下げたことは確かなようで、笑みは湛えてはいないけど柔らかな表情。

 敵対者に向けるような険悪さは皆無だった。

 あの馬鹿息子には似つかわしくない騎士団だ。

 あいつの下ってのが可哀想であり、勿体ない。

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