PHASE-1274【はっきりと言うね】

「だったら旅を更に安全にするためにも、もっともっと買っていってくれい!」

 小店だけでなく、一階全体に響き渡るようなギムロンの胴間声。

 俺達の存在と旅という言葉によって、一階がざわついていく。


「会頭の冒険」「次なる目標」「お供したい」「お前じゃ無理だ」とうとうの声が小店の中まで届いてくる。

 敬慕の念が籠もった声には嬉しくもあり、照れくさくて背中の辺りがむず痒くなってくるというもの。

 

 でも――連れては行かない。


 約二週間、修練場で見てきた面々の実力を考えれば、もっと己を磨き上げる為に励んでほしいというのが率直な感想。

 先生のユニークスキルである【王佐の才】による効果もあるから練度は高く、その辺の冒険者に比べれば強いのは間違いない。

 賊やモンスター退治。護衛ってのは現状でも十分にこなせるだろう。

 だが俺達の最終目標は、魔王ショゴスとそれに組みする魔王軍を討伐する事だからな。

 その目標のためにもっと鍛練に励んでもらいたい。

 まあ、俺も人のことは言えないけども。


「会頭」

 と、ここでひょっこりと現れるのは黒色――というより灰褐色の存在。


「おうコルレオン。給仕を終えて今から修練場か?」


「そのつもりだったのですが――会頭はこれから王都を出るんですか?」


「そうだよ」


「でしたら自分も連れて行ってほしいです」

 見上げてくる目は力に漲っている。


「危険な旅になるかもしれないんだけど」


「お願いです。もっと場数を経験したいんです」

 訓練ばかりでなく、実戦が生じる可能性がある外での行動も経験したいという。

 俺達が王都にいない時にもモンスターの討伐などは何度か経験したそうだが、実力のある者達と行動して学びたいという。


 俺の事を実力ある存在だと思ってくれるのは嬉しいけども――、


「平和主義のコボルトらしからぬ考えでもあるよね」


「平和主義だからです。平和と口にして平和になるなら楽なことはないです。ですが現実は口にするだけで平和になるようなことはなく、力によって踏みにじられていきます。平和は力の上に成り立つものだと自分は考えるようになりました。踏みにじる者が存在するなら、それに対抗し、打ち勝たなければ平和は得られません」


「お、おう……」

 喋々と力説されれば、子供ほどの体格なのに大きく見えてくる。

 自分たちの以前の経験から来ているであろうコルレオンの平和理念か。


「供をするのは駄目でしょうか」

 ――コルレオンの実力は高い。

 二刀のセンスだけなら俺よりも先を行っている。

 実戦に出ても十分に通用するだけの力は持っている。

 何よりも強い理念を持った者は強いからな。


「無茶はしないように」


「はい!」

 俺の発言が同行を許可した内容だったからか、尻尾を勢いよく振っていた。


「な、ならば自分も!」

 裏返りながらも耳朶に響く胴間声。


「なんか次々と来るの……」


「ギムロンが大声で言うからだろ」

 次の立候補者を見てギムロンは困ったように眉間に皺を寄せる。

 見立てからして候補に入ってはいけないと判断したからかもしれない。

 ギムロンの見立てだとコルレオンよりも実力では劣るようだな。

 そんな見立てをされる人物――、


「本気ですかパロンズ氏」

 と、俺が問えば、


「はい!」

 コルレオンに負けず劣らずな快活な返事は先ほどと違い裏返っておらず、はきはきとしていた。

 しかしパロンズ氏の実力は自衛程度だというのは本人から以前、耳にした。

 戦闘へと発展すれば、危険な状態に陥る可能性が高い人物だ。


「勇者である会頭に同行。不釣り合いなのは重々、理解しております。ですが経験を積みたいのです。役に立たないと思った時には捨て駒として……」


「捨て駒精神の方に用は無いので自分の得意分野をこなしてください」


「うっ……」

 発言に苛立ったので睨んでしまった。


「矢面に立って少しでも経験を積みたいのと、玉砕覚悟の精神では違いますからね。そんな方と同行すれば俺達に累が及びます」

 側ではギムロンが俺に同調するように鷹揚に頷く。


「すみません……」

 樽型ボディの子供くらいの体が縮こまれば、余計に小さく見える。


「……ですがどうしても」


「ん?」


「どうしても前線にて活躍したいのです」


「なぜです? パロンズ氏は装備制作において大活躍しているじゃないですか。先生もそういった実力に感服したからギルドに入ってもらったんでしょうからね。黄色級ブィということ自体、即戦力の証ですからね」


「制作に携わるのは誇らしく思っております。ですがどうしても前線でも経験を積みたいのです」


「なんでそこまで前線にこだわるんですか?」


「パロンズさんは以前パーティーを組んでいた方々に、ドワーフのくせに大した力もないと言われまして、それでメンバーから外されたんです」


「誰だそんな事を言ったのは? 駄目だぞ。俺はそういのは許さない系男子だぞ」

 小店から顔を出して一階全体を見渡せば、皆して両手を前に出し大げさに振って否定を意味するボディランゲージ。


「違います。以前というのは野良時代です。ここのギルドとは無関係なんですよ。しかも野良同士の即席パーティーでの話です。ドワーフだから力自慢だと勝手に勘違いしたその面々に問題があるんです」

 パロンズ氏の野良時代のことをコルレオンが語ってくれる。

 その声には不快感が滲み出ていた。このギルドハウスのお食事処で、野良時代のパロンズ氏たちのやり取りを目にしたんだろうな。

 

 勝手に語ってしまったコルレオンははたとなり、パロンズ氏に平謝り。

 当人は本当のことだからと気にしては――いないとは言えないな。

 やはり自分の実力の無さを気にしているのかもしれない。


「これでも地力を上げるために、色々と試してはいるのですがね……」

 ――武具製作時にも常に体を鍛えるように励んでいるという。


「だからチコ達の装備を厩舎側の納屋まで背負って運んでいたんですか?」


「はい。一人でやると言ったのですが、無理をすれば逆効果と注意を受けまして、皆さんを付き合わせてしまいました。心苦しい限りです……」

 鍛冶場で働く制作班の皆さんは良い方ばかりのようだな。

 

 ――自衛程度でなく、もっと己を高めたい。

 制作だけでなくドワーフの戦士としても高みを目指したい。

 それこそ俺の側に立つギムロンのようになりたいと発する。

 耳にするギムロンは照れくさそうにしていた。


「出過ぎた事を言ってしまいました……。申し訳ありません……」

 やはり自分などでは勇者のお供をするのは分不相応と、頭を下げて立ち去ろうとしたところで、


「いいんじゃないんですか」


「コクリコ」

 商品でパンパンにした雑嚢を肩にかけつつ肯定的な発言。


「パロンズが一皮むける為には自信をつけさせることでしょう。どうもさっきから弱々しいですからね。物腰が穏やかなようですが、その実、小心によるものと見た方が正解でしょう」

 普通に呼び捨てなのはコクリコらしいな。

 でも慧眼は俺よりも優れているかもしれない。

 物腰が穏やかではなく、小心からの立ち居振る舞いってのは正解かもな。


「私はパロンズが同行しても問題はないと思いますよ」


「コクリコ殿」

 パロンズ氏は殿って敬称をつけるんだな。


「ですがパロンズ。同行するとなれば、自分が我々の足枷になるというのは自覚していますね?」


「はい。自分でも重々に理解しています。邪魔になるのは分かってはいるのですが、どうしても――」


「皆まで言わなくて結構。そういった力なき者と行動する事も我々にとっては経験の糧になるというもの。ねえトール」


「いや……うん……。お前かなり酷い言い方だぞ……」

 足枷に力なき者とか……。オブラートに包んでもらいたい。


「当人がそう思っているのならいいのです。そうすれば我々だってそう判断して行動しますからね。自覚している者としていない者なら、前者の方が連携時の対応が円滑になるじゃないですか」


「まあ、そうだけども……」


「では決まりですね。パロンズは我々と同行してもらいます」


「有り難うございます!」

 かなり酷い言われようだったけども、当の本人は同行が許された事で大喜びだった。

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