PHASE-559【白銀の世界に響く不浄の音】

 ――――ビバークポイント。

 城に着くまでの間に、現在のような吹雪に見舞われることは想像に難くない。

 人の活気に溢れていた時代は、こうやってビバークポイントを活用して、城と麓を行き来していたんだろう。

 しっかりと掘削された人口の洞窟は、広くて表面に凹凸が少なく、背中を預けてもストレスを感じない。

 人だけでなく馬も休めるくらいのスペースもあり、入ってみれば結構な広さだ。

 入り口の天井側面部分をはじめ、数カ所に穴が空いており、洞窟内でたき火をしても煙をそこから出す構造になっており、一酸化炭素中毒の対策が施されている。

 

 俺の場合、一酸化炭素も毒あつかいになるのかな? なるなら地龍からもらった角の欠片で出来た曲玉で、無害になるかも。

 経験をすれば対策にも繋がるからな。

 恐る恐る、煙に向かって深呼吸をする俺。

 端から見れば完全に頭がおかしくなったと思われるだろう。


「トールが可哀想な人になってるけど大丈夫なの」


「シャルナ。トールは元々、可哀想な人です」


「シャルナはまだいい。コクリコはこの吹雪の雪山に投げ捨ててやろうか」

 まったく! 確かにおかしな行動だがはっきりと口にしなくていい。


「で、どうなのだ? 煙の味は」

 口角をやや上げて、お馬鹿を見るような目でベルが問うてくる。

 煙が目に染みなくても、涙が出てきそうだぜ。


「もったくもって問題ない」


「地龍の角には有毒な煙にも効果があるようだな」

 ――……俺がなにを意図してやっていたのか分かっていたのに、どうしてベルは俺を嘲笑するように見ていたのだろう……。

 試すとはいえ、やはり行動がアホに見えたんだろうか。

 ――…………見えるわな。俺だって第三者がやっていれば可哀想な人だと思うからな。


「試しも終えたんだ。気付けだ」

 ゲッコーさんから渡される金属のマグカップからは湯気が立ち上る。

 湯気からはほんのりとアルコールの香り。

 温めたレモン水にブランデーを混ぜたものらしい。


「暖かいですね~」

 たき火の前で手袋をとったコクリコが暖を取る。

 火に照らされる美女、美少女たちはいいものだ。


「ふ~」

 別段、俺は寒さを感じないけども、このレモン水にちょこっと入っているブランデーのおかげで、温かいものが胃の腑から全身に向かって、放射状に広がっていく感じだ。

 


 ――――吹雪が終わったのは、四時間ほど後。

 雪山登山ということもあって、休憩は大事。

 吹雪のおかげでしっかりと休憩をとることが出来た。ブランデー入りのレモン水に、堅パンハードタックと干し肉で胃袋も満足だ。


 サクサクと新雪の上を歩く。

 先ほどまでの暴風が発する音はやみ、パラパラと粉雪が降る程度になっている。

 空を見上げれば闇夜が支配する時間帯。

 足音以外は無音の世界。寂しいようでもあるが、


「明かりいらずだ」

 吹雪が曇天を吹き飛ばしてくれて、澄んだ夜空には満点の星空。その星空以上に輝くのが満月だ。

 大きな満月が銀世界を煌々と照らしてくれる。

 さながら粉雪は満月の燐光のようだ。

 夜空の中、キラキラと輝き舞い落ちてくる粉雪。夜空を彩る月と星が作り出す幻想的な世界。

 神聖な領域とすら思えてしまう。

 しばらく歩けば、広い道に出る。

 道と例えるより平地と言うべきか。

 細い山道から広がる平地。もしここに兵を展開させたなら、山道から登ってきた城を攻略したい者達は攻めあぐねるだろうな。

 平地に展開した兵達からの斉射によって、狭い道から出ることが出来ないまま命を奪われるだろう。

 物資さえ潤沢なら、要害の地に守られた不落の城ってことだ。

 だがそれも昔のこと。今は静寂のみ。積もる雪が月明かりに照らされる美しい世界だけが俺たちの目を支配する。


 ズゥゥゥゥゥゥン――――。

 

「ん?」

 静寂を打ち破る音。

 なんとも重々しい音が冬木の奥側より響く。

 それは一定の間隔で響いてくる。

 この世界で、そこそこの経験をしている俺たちなら分かる。

 音の原因が大型生物の足音だという事に――。

 冬木に積もる雪がハラハラと落ち、心地よい夜風によって舞う。

 だがその夜風は俺たちの鼻を塞ぎたくなる臭いも届けてきた。


「これは――腐臭」


「そうだな。この不快な中に甘ったるいにおいが混ざっているのは、死の臭いだ」

 腐臭と直ぐに理解する軍人二人。

 ゲッコーさんは、この臭いが戦場に放置された人間の死体と同じような臭いだと説明してくれる。

 すげー嫌な説明だった。

 

 この地にはネクロマンサーがいる。そして死の臭いを振りまいている存在が、冬木が密集している場所から足音を響かせている。

 音からして人間サイズではないから、人間のアンデッド――つまりはゾンビではない。

 巨大なアンデッドであると想像できる。

 確実にこちらへと近づいてくる。

 生者の気配でも感じ取ったかのように、足音は一直線にこちらに向かってくる。

 

 アンデッド。生者とは対極の存在。だからこそ認めることの出来ない存在として認識し――、襲う。

 生者にとって忌むべき存在。

 知的なアンデッドであるヴァンパイアには出会ったが、はたしてこの足音の主は知性のある存在なのだろうか――――。


「…………うわ」

 不浄なる存在を目にした俺は、不快感の声を漏らしてしまう。

 美しいきこの銀世界に、全くもって相応しくない存在だった。

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