PHASE-560【腐竜】
「やばいですよ……」
強気なコクリコの姿はない。なんとも弱々しく後退りしている。
「あれは――」
継いで出て来る声を遮るようにして、
「見れば分かるよ。ドラゴンゾンビだろ」
「はい。そうです」
「中々にデカいね」
火龍に比べれば小型だけど。
地龍の岩龍バージョンより一回り小さいくらいだから、十メートルってところか。
大きい方ではあるけど、それ以上に見た目がインパクトありすぎてそっちに目が行ってしまう。
全体的にどす黒い紫色で、縦長の黒目を囲む白目部分は血のように赤いがレッドキャップスの赤い目とは別物。
あいつらのは残光を残すようなキラキラとしたものだったけど、目の前のドラゴンゾンビはくすみきった赤色だ。
どす黒い紫の鱗は所々が剥がれ落ちていて、そこから筋肉が見えてはいるけど色はよくわからない。
鱗が剥がれてむき出しになっている筋肉を隠すように、黄色い粘度のある膿が出ているのが分からない原因。
口部からは白息とともに紫色の毒々しい息が吐き出され、乱杭歯の間からこぼれ落ちる唾液は、木々に触れればジュゥゥゥゥっと音を立てる。
背中に備わるコウモリのような羽は、破れていたり穴が空いてボロボロ。とても空を飛べるような羽ではない。
頭部の一本角も途中で折れている。
生前はさぞ立派なドラゴンだったんだろうけど、今となっては……、
「醜いわね」
俺の心を見事に代弁してくれるシャルナ。
森の民であるハイエルフは、この景観を汚す存在を認めたくないといったところ。
まだ戦うとは決まっていないけども、すでに手には矢を番えた弓が握られている。
「まあまて。まだ戦うとは決まってないぞ」
このドラゴンゾンビがアルトラリッチと称される存在が使役しているとなると、もしここで戦えば、後々の話し合いでこちらに悪い印象を抱いてしまうことになる。
戦いを起こさないためにも、ここは手を出さずに通り過ぎたいところだけども――、
「ボラァァァァァァァァァァ!」
「なんて生気のない咆哮なのだろうか」
地の底から響いてくるような呻き声には、バインドボイスみたいな圧力は無い――のだが、全体に恐怖を振りまくような不気味な咆哮だ。
恐怖耐性のない者たちならその場に立ちすくむか、体を丸めてしまうだろう。最悪、意識が飛んでしまう可能性もある。
どちらにしても動きが制限される。
でも場数を踏んできた俺たちには問題はない。若干コクリコから小さな悲鳴が聞こえてきたが、その程度だ。琥珀の瞳にはしっかりと力が宿っている。
威厳が伝わってこない咆哮とともに、口内から汚い唾液が飛び散るが俺たちにはまだ届かない位置。
シュゥゥゥゥゥっと雪を溶かす不浄の液体が今後も届くことはあってほしくないけど。
「吠えてきたって事は、向こうはやる気なんじゃないの」
番えた矢から構える姿勢に変わる。
厚手の手袋をしていても、しっかりとした構えは大したもの。
「落ち着けよ」
距離を取りつつここから離れればいいとシャルナには提案するが、
「無理だよ。ドラゴンゾンビは戦いを仕掛けてくる」
「なぜに言いきれる」
「トールがいるのに相手は威嚇をしてきたからね」
なにそれ。まるで俺が凄い人物みたいじゃないか。背中がこそばゆくなってくるぞシャルナ。
あれか? 俺への好感度が高いのかな。美人エルフが俺の恋人候補なのかな。
「確かに」
まってくれよ。俺の好感度爆上がりじゃねえか。
えっと、俺なにかしたんだっけ? 何もしてないような気もするけど、なんでこんなに高評価。
「あ、トール。正確に言うと、二人はお前じゃなくて、お前の装備に対して言っているからな」
――……ゲッコーさんによって俺の嬉しい気持ちは打ち砕かれる。
確かにワイバーンも俺に対して畏敬の念を抱いていた。
正確にいえば、俺ではなく火龍の鱗からなる装備にだけど。
今回は火龍に加えて地龍の力も手にしている。
正常に判断出来るなら、ドラゴンの総元締めである
そもそも冬木をなぎ倒してまで、俺達の前に姿を現すことはしないだろうとの事だった。
ハハハ……。
実につまらん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます