PHASE-414【この世界の後衛は、前衛である説】

「なんだよ?」


「刀を抜いてどうするのかと思ってね」


「決まってるさ。ゾンビから解放してやるんだ」

 口に出すことで、人だった存在を斬るという気概を内外に知らせる。


「残念だが彼らはゾンビではないよ。色はあれだが、まだ死者というわけではない」


「は?」

 疑問符で返せば、


「彼らはまだ死んではいない。私の力で使役されているだけで、歴とした人間だよ」


「嘘をつくんじゃ……」

 否定しようと思ったけど、メイドさん達の顔を見れば、俺たちに対して、苦悶の表情に加えて、哀れみにも似た表情も作る。

 その表情で、ヴァンパイアの言っている事が虚言ではないというのが理解できた。

 

 俺たちが今から操られている人々を殺めてしまうという未来を想像しての哀れみの表情だったんだろう。

 

 ――……俺は静かに残火を鞘へと戻した。

 六方向に広がっていた鍔が、しっかりと鞘をホールドすれば、佩いていた残火を再度、鞘ごと外す。


「これだから人間は」

 今までで一番に不快な笑みを見せてくるヴァンパイア。

 口が裂けているのかと思うほどの笑みは、口角が鋭角に上がった嘲笑。


「行くがいい!」

 こっちが弱気になったと思った途端に、ゾンビ――もとい、操られた兵士たちに指示を出す。

 統一された槍と剣を手にする兵達は、先ほどまでのゆっくりとした、体を引きずるような動きが嘘だったかのように、ヴァンパイアの指示に連動して走り出す。

 

 敏捷になると発動するのか、視点の合っていない虚ろな目が赤に染まり、白目の部分は黒色に変色。

 合っていない視点と禍々しい目の色が、全速力で迫ってくるのは脅威というより、恐怖だ。

 ゾンビ映画のワンシーンに放り込まれた気分だ。

 

 しかもゾンビと違って、しっかりと手にした利器を構えるっていうね。

 視点が合ってないから、俺たちのどの部分を狙っているのかが分かりづらい。 


「ふっ」

 ここで誰よりも早く行動に移ったのはコクリコ――――、ではなくベルだ。

 長い足からなる蹴りは、それ以上にリーチがある槍など気にも留めずに、側頭部に強烈な一撃を入れる。

 兜を頬にめり込ませながら、兵士の一人が蹴りとは反対方向に吹き飛び、壁に叩き付けられる。


「――――ふむ」

 一瞬のしじまの訪れの間に理解したのか、


「起き上がってこない。殺さずとも戦闘不能にすればいいようだ」

 それが難しいんだけどな。

 お前の言っている事は容易くないんだよ。なので容易い感じで言わないように……。

 メイドさん達と違って、自分の意志で動いていない分、動きに躊躇が無い。

 威圧も通用しないから、迫ってくる相手は全て倒さないといけないな。

 しかも命を取ることも出来ない。難しい条件だ。


「危機と感じたら、迷わず命を絶て」

 思っていた矢先に、帝国軍人が発するのは酷薄な内容。

 流石のヴァンパイアもベルの冷徹な声音に眉を顰めている。

 俺も顰めたくなるが、


「分かった」

 これまた内外に気概を示す。

 迫ってくる兵士の槍の一撃を捌いて、胴打ち。

 インクリーズによる鞘での一撃は、容易く兵士を吹き飛ばす。


「よし、こいつら多いだけで大したことない」

 躊躇はないが、動きが直線的すぎて捕捉しやすい。

 壁際で待機してくれるメイドさん達の方が、遙かにいい動きだった。


 このままスムーズに追い込んでいけば、メイドさん達を再び参戦させる可能性もあるけど、ああいう自尊心の高そうなのはそれを嫌がるだろうな。

 嫌がる方がこっちとしてはやりやすくていいんだけど。

 自尊心にがんじがらめにされて、動かしたくても動かせなくなってしまえ。

 プライドより生存に傾く前に、あのヴァンパイアまで攻め込めれば、メイドさん達を守れる!


「どりゃ!」

 内に込めた思いを裂帛の気迫で吐き出して、更に迫ってくる兵士二人に突き、蹴撃を見舞って吹き飛ばす。

 蹴りを入れた方は浅かったようで、直ぐさま立ち上がろうと起き上がる。

 ベルのように上手くはいかない。

 

「せい!」

 俺の横を通り過ぎる、快活な声と一陣の風。

 見るだけで怒りがこみ上がってくるシャイニング・ケンカキックを立ち上がろうとする兵士にコクリコが見舞えば、それで動かなくなる。

 

 うめき声を上げながら迫ってくる兵士たちに向かって、パシュンという音が聞こえれば、兵士が倒れる。

 サプレッサー付きの麻酔銃は、発射音よりも、排莢される薬莢が床に触れた時のカチーンと響く金属音のほうが、耳朶によく届く。


「グレートヘルムじゃないから助かるな」

 と、ゲッコーさん。

 顔全体を守るバケツ型だと、麻酔銃の弾は効果がないからね。

 メイドさん同様、操られている兵士にも麻酔銃は十分に効果がある。


「アッパーテンペスト」

 ここで活躍の場を得たとばかりに、シャルナが魔法を唱える。

 限定された位置に、強力な風が床より突き上げるように発生すれば、数人が天井へと叩き付けられる。

 俺以外は初めて見るシャルナの攻撃寄りの魔法に、パーティーが感嘆。

 大型モンスターなんかに対しては、動きを止める役割が強い前衛補助魔法なんだろうが、対人に使用すると強力な攻撃魔法になるようだ。

 強力でありつつソフトキルなのが有能。

 

 メイドさんに使わなかったのは、鎧を装着していないし、何より女性だったからなんだろうな。

 操られているだけなのにな……。

 男性陣には慈悲が無いハイエルフ。

 こんなんだから、二千年近く恋人が出来ないんだろうな。

 うん……。口には出しませんよ。 


「圧倒的!」

 シャイニング・ケンカキックをやっただけでこの強気発言と決めポーズ。

 メイドさんとの戦闘から勝ちまくっているから、調子に乗るのも仕方ないか。


 拍車がかかったのか、コクリコはファイヤーボールを唱える。

 操られている兵士に直撃……。

 プスプスと鎧から煙を上げながら前のめりだ……。


「…………加減はしています!」

 絶対に嘘だ……。

 加減はしています! って言う前に、小さな声で【あ……】って言ったもの。

 テンションが上がりすぎて、興奮して攻撃魔法を使用したな……。


 派手な爆発だったが、直撃した兵士はピクピクと動いているので……、大丈夫だろう。

 たぶん……。

 王都兵と違って、質の高い鎧を装備している騎士団は、ファイヤーボールに耐えることは可能なようだ。

 

 大活躍のコクリコは完全に自分に酔っているようで、前へと駆け出す。

 メイドさん達との戦い同様に、前へと駆け出す。

 ベルより前へと――――。

 前に出れば出るほど、水を得た魚のように生き生きとしている。

 

 後衛の仕事なんてあいつには勤まらない……。

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