PHASE-415【闇魔法】

 ――――が繰り出していく、蹴りに、投げ技。

 拳は痛めないために掌底。

 小さな体が見せる動作は、膝を折り曲げ、しっかりと伸ばすと同時に上方へと掌底を打ち込むといもの。

 膝は動いても、靴底は地に根が張っているかのような不動のものだった。

 しっかりと力の伝わった掌底が的確に顎へと決まれば、ゾンビのように操られている人物は、膝から崩れ落ちての五体投地。

 

 ――……ウィザードって何?


「強い! 私は強いですよ! 本日は絶好調です!」


「確かに活躍をしているが、調子に乗らないことだ」

 更なるフィンガースナップをヴァンパイアが行えば、倒れた兵士の影が突如として動き出す。

 兵士の影より大きな影は、質量を感じさせるものだ。


「コクリコ! ブレイズ」

 影が隆起しているところへ、俺は抜刀。

 炎を纏った残火を床を這わせるようにして薙ぎる。

 ゴウゴウと炎が音を立てて走れば、斬られた影が霧散する。

 質量があると思ったが、手応えは無かった。でも視覚ではしっかりと、影が普通ではないということを認識できた。 


「流石は勇者が手にする武器だ」

 称賛する口調は余裕だ。

 余裕なのは影が原因だろう。

 兵達の影から次々と蠢きながら現出する影。

 形状は、狼を二足歩行にしたようなデザイン。

 狼男のようだった。


「サーバントシャドー」

 というのが、魔法の名前のようだ。

 得意げに語ることから、上位に位置する魔法なんだろう。


「あのヴァンパイア、やり手だよ」

 感嘆するシャルナ。

 サーバントシャドーなる魔法は、闇魔法にカテゴライズされる上級魔法。

 影を具現化させて使役する上級魔法とのこと。

 影のデザインは術者のセンスに一任されるそうだ。

 吸血鬼だから狼男なのか……。なら次は、フランケンシュタインの怪物なのかな。

 闇ってだけで上級なのは俺でも理解できる。ゲームだとド定番だからな。

 闇魔法は、四大元素である火、水、風、土の一定レベルの魔法を使用出来る者が到達できる領域。

 ちなみに聖光魔法を使用するにも、闇魔法と同じ条件が必要になるそうだ。

 

 シャルナも使えるのかと問えば、得意げに胸を反らしてくる。やはり長く生きるエルフは違うね。歳のことを言うと怒りそうなので、ここは黙っておく。


「まあ――」

 視界を切り替えて、眼前に迫る脅威に向かって残火を振るい、一体の狼男を斬って後退させる。斬撃は浅かったようで、倒すには至らない。

 茶化す口を開くほど、現状、余裕はないな。

 

 操られた兵士たちに加えて、サーバントシャドーからなる、影の狼男を相手にするのは中々にきつい。

 単純に敵戦力が倍になったわけだからな。


「イグニース」

 一度後退した狼男が強靱な爪を振り下ろしてくる。

 爪が炎の盾に触れれば、ギャリギャリと摩擦音を発生させながら、攻撃側にダメージを与えていく。

 斬った時は質量を感じなかったが、炎の盾からはちゃんと衝撃が伝わってくる。

 攻防一体の盾なんだが、痛みなどを感じる事は無いようで、無遠慮に炎の盾に爪を突き立ててくる。


「伏せてください」

 コクリコの声に反応してしゃがめば、頭上をファイヤーボールが通過していく。

 熱が後頭部に伝わるかと思ったが、ピリア発動による火龍の鎧の加護で、熱が伝わることはなかった。

 俺の装備は最高だな。

 爆発すれば狼男一体を倒す――――には至らない。


 流石に上級魔法で顕現した存在。初期魔法では、確殺とはいかないようだ。

 怯ませる程度であり、片膝をつくこともない。

 魔法で生み出された存在でも意志はあるようで、仕掛けて来たコクリコに対して咆哮。

 鳴き声はまさに狼の遠吠え。

 次には一足飛びでコクリコへと爪を突き立てようとする。


「無駄」

 発言内容どおり、爪が届くことはない。

 ベルのレイピアが神速にて振るわれ、影が霧散していった。


 俺の残火のように炎を纏っているわけでもないのに、実態の無い存在を容易く霧散させるのは、俺なんかじゃ捉えることの出来ない剣速にて、何度も攻撃を加えた事が原因のようだ。

 実態が無く物理攻撃に強いと思われる存在も、ベルの剣圧には為す術がないようだった。


「ああ、なんという……」

 圧倒的な絶技にメイドさん達もざわつくが、それらを消し去り、恍惚とした声を上げたのはヴァンパイア。


「美しいだけでなくその強さ。ますます気に入った。私の妻になっていただく」

 出会った時からベルやシャルナのことを獲物を狙うような目で見ていたが、やはり狙っていたか。

 が、継いで発した発言は許されないね。


「何が妻だ! 流石はヴァンパイアだな。女好きは定番だな。でも絶対に許可しない。俺は許さないよ!」


「別にトールに許可、不許可の権利は無い。私自身が決めることだ。そして、気分が悪くなったので貴様は斬らせてもらう」

 場が凍りつくようなベルの語調。

 ざわついていたメイドさん達も緊張に支配されたようで、背筋を伸ばして体を硬直させている。 

 

 闇魔法が使えるほどのやり手であるヴァンパイアも、やはりこの世界においてチートな存在であるベルから、正面切って怒気を放たれれば、たじろぐし、不敵な笑みを湛える余裕も消し去られたようで、口端が下がり、恐怖に支配された情けない表情を見せてくれる。

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