PHASE-723【メンチを切って維持】

「さてさて」

 なんて言いつつ、腰にぶら下げた二本の金属棒に触れるバリタン伯爵。

 真鍮色のそれは侯爵のロングソードの剣身と同じ色。

 つまりはオリハルコン。

 双鉄鞭とかいうから、俺は金棒みたいな太さのある重量級の物を想像していたけど、太さは鉄棒と同程度。

 まあオリハルコンだから細くても頑丈で軽いんだろうな。

 護拳には彫金が施され宝石も埋め込まれている。

 真鍮色の棒部分も相まって派手である。

 自慢の一品であるのは分かるが、擦るのはやめてほしい。

 まるで今からそれを手にして大立ち回りをしそうじゃないか。


「お待ちしてました会頭」


「やあ久しぶり!」

 首から青色級ゴルムの認識票をかけた美人。

 俺にビジョンを教えてくれた人物であるマイヤがお出迎え。

 ウルガル平野にて、公爵サイドを監視するメンバーの代表として活躍してくれていると先生から聞かされていた。

 マイヤ達の逐次報告のおかげで、ウルガル平野における公爵サイドの動きは王都へしっかりと伝わっている。


 王都とこの地までの距離は早馬に副馬そえうまを使って二日だという。

 そう考えると、使者は馬車にて王都からブルホーン要塞。ブルホーン要塞から王都を一週間での強行軍で往復したのは凄いな。

 要所要所で馬車や馬を代えたんだろうけど、やはり見えなくても側に居たであろうミュラーさんのプレッシャーが迅速な行動の最たる理由だろうな。


 ――――王城の軍議室で耳にしたとおり、瘴気の霞む向こう側では木材を中心とした建築物が建てられているのが俺のビジョンでも確認できた。


「動きは?」


「そちらの馬車がライム渓谷を往復した以外は特にありません」

 兵糧施設と周辺には常に兵が展開しているそうで、警戒は厳重だという。

 だが、瘴気が蔓延している方角には兵を展開していないということだった。

 この世界で瘴気を無効にして移動出来るのは限られているからな。警戒無用という判断なんだろう。

 

 瘴気の方角に兵の展開はないものの、公爵サイドの魔術師たちが結界魔法を使用し、兵を十数人伴って瘴気の中を移動しようと試みていたのは何度か確認したそうだ。

 結局は失敗に終わったようで、瘴気内移動は頓挫している状況だという。

 薄まっているとはいえ、いまだ瘴気は広範囲に存在するから、広域の結界魔法を展開しつつ、瘴気の中を長距離移動するだけの集中力を維持する事は難しいようだな。


 リズベッドやリンならば、なんの問題もなくこなせるんだろうな。

 流石にあの二人レベルはいないか。

 いたら大問題だけど。

 おかげで地道にライム渓谷からの攻略を考えているんだろうな。


「ライム渓谷にある、こっちサイドの砦にはどのくらいの守り手がいるの?」


「王兵五百と、我々、雷帝の戦槌のメンバーが十五人です」

 一気に攻めてこられたら防げないね。

 いや、王都で先生のユニークスキル・王佐の才による師事向上の恩恵を受けた者達ならば、短期間の師事でもかなりの手練れとなっているはずだから、援軍が来るまでは砦を守り切れるだろう。


「常時、目を光らせているので、大それた行動に打って出ようとは考えていないようです」

 と、マイヤ。

 相手側も兵糧施設を建設はしているものの、ライム渓谷においては大仰には動きを見せておらず、お互いに睨み合いが続いているそうだ。

 

 現状、薄氷の上で均衡を保っているようなもの。

 禅譲を迫っているがそれを突っぱねているのだから軍事行動を見せてもいいようだが、マイヤ達の監視がそれを制してくれているのかもしれない。

 だからこそネチネチと使者を送って禅譲を迫っているんだろう。


 王の器にあらずって大義名分が欲しいところなんだろうが、現状、王都には様々な方面から有志が集まって来ているし、それを大げさに流布しているから余計に仕掛けるのが難しくなっているようだな。


「しかし、痺れをきらして動くかもしれませんな。いかんせん我慢の出来ない凡愚という話ですから」


「甘やかされて育ったようですからな。我が儘になるのは当然でしょう。やはりここは折檻を――」


「伯爵殿。まだ尚早ですよ。まだ――ね」


「ですな。侯爵殿」

 クツクツと笑う二人。

 いや……、時期が来たらやりたくてたまらないって感じじゃないかよ……。

 やはりこの武闘派二人を名代に選んだ時点で、先生は絶対に開戦を狙っている。


「では場所を変えましょう」

 召喚したJLTVをプレイギアに戻し、マイヤの先導で平野の中でも小高い場所まで徒歩で移動。


「ほほう」

 ここからならしっかりと兵糧施設ことカリオネル軍糧秣廠を窺うことが出来る。

 俺たちはずっと兵糧施設や拠点と称していたが、使者が伝えた正式名はカリオネル軍糧秣廠

 

 その名を耳にして爵位持ちが呆れた。

 カリオネルというのは馬鹿息子の名前。

 本来、事後処理を想定すれば自身の名前などつけないという。

 名前をつけた時点で責任が発生するからだそうだ。

 他者の土地に自分の名前をつけた拠点を建てる。まるでこの土地は自分の物ですよ。と、喧伝しているようなもの。

 土地の持ち主の逆鱗に触れる行為だ。

 だから本来は当たり障りのない名前を適当につけるらしい。

 ウルガル平野なんだから、それにちなんでウルガル糧秣廠とかにするのが安牌なのだそうだ。


 当の本人は自分の名前をつける事で誇りたかったのかもしれないと推測。

 これで戦いに発展し、公爵サイドが敗北したとなれば、無断で王土に拠点を建てただけでもアウトなのに、それに自身の名前をつけているんだから言い訳のしようがないわけだ。

 つまりは阿呆なのである。

 

 そんな阿呆の名のついた糧秣廠をいまいる小高い丘から眺める。

 皆仲良く伏臥の姿勢となって――。

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