PHASE-722【名代の人選……】

「よく来てくれたトール」

 と、昨日あったばかりなのに、久しぶりに会ったかのようなオーバーリアクションで俺へと握手をしてくる王様。

 ガッシリと諸手を握られながらもプリシュカ姫の様子を聞けば、ゆっくりと過ごしているそうだ。

 ライラは王都に戻ってきた事を心配していたようだけど、今の王都を昨日のうちに見て回ったようで、復興した街並みと兵士たちの練度の高さを肌で感じたのか、姫をドヌクトスへ戻すという事を口には出さなくなったそうだ。


 で、話が本題へと移行する。

 ここからの説明は先生からだった。

 先ほどの馬車はやはり公爵の使者だったそうで、前回同様に禅譲をとの事だったが、当然、伯爵によって首根っこを掴まれる。

 追い出されそうになったところで先生が話を持ちかけたそうだ。

 こちらとしても戦いは回避したいので、出来れば会談を開きたいと使者にかけ合えば、先生の横に立っていた伯爵の圧を受けて背を仰け反らせていた使者だったが、袖の下を握らせれば姿勢を正したという。

 ダーナ円形金貨を三枚と中々にいい額を渡せば、使者は話しに乗ったそうだ。


 先生、使者に金貨を手渡す時、耳元で「金貨が冥銭となりませんよう」と、爽やかスマイルで脅せば、伯爵の時より肝を冷やしたようで、しっかりと会談の段取りをつけてくると約束。

 俺とすれ違いで王城より飛び出していったそうだ。




 ――――一週間後、使者が再び王城に戻ってくると、そのまま案内役を買って出てくれた。

 会談は公爵の息子と行う事となった。

 以前、先生から聞いた話だと、四十代の三男だが嫡子。

 理由は兄二人が謎の死を遂げているって事だったな。

 で、馬鹿息子。

 馬鹿息子も気になるところだが、それよりも眼前の事が気になる。

 なぜかワインレッドカラーの馬車からは、使者だけでなくS級のミュラーさんも出てきた。

 先生がミュラーさんを随伴させていたそうだ。

 約束を違えば、手にした金貨がミュラーさんによって冥銭へと変わるって事だったんだろう……。

 常時、光学迷彩で姿を消して監視してたんだろうね。

 その証拠に、使者の表情は曇って青白い。

 目には見えないけど常に側にいて監視されているという重圧に、黙して震えるって生活だったんだろうな。

 

 ――――公爵の愚息との話し合いが決まれば即行動。

 先導する馬車の後を二台のJLTVでついていく。

 街道の土道を北へと進む。

 平坦な道をただひたすらに――。

 今回、女性陣は王都にて待機。

 愚息は手癖が悪いという噂があるので、美人さん達を見たらどういったことをしでかすか分からないからな。

 内の女性陣は強いからね。なんかされそうになったら即、力を行使するだろうからな。

 しかも手加減は一切しないだろう。

 そうなった時点で戦いは不可避なんだけども……。

 ――……ふむん……だがしかし……。


「これは素晴らしいですな! 目にはしておりましたが乗るのは初めて。どういった力で動いているのか。揺れも少なくゆったりと座れるこの椅子もよい。堅牢さに守られているという安心感も最高ですな!」


「私も初めて乗った時はそう思いましたよ」

 キラキラと頭――もとい瞳を輝かせるバリタン伯爵と、隣に座る侯爵が親しく会話を交える。

 ふふん……。

 愚息に会いに行くメンバーとして、王様の名代としてこの二人が愚息と話を進めるという事になっている。

 助手席では俺の手伝いとしてランシェルが同行。

 メイド服に身を包んだ男の娘は美少女にしか見えず、こいつを連れて行くとなると愚息に悪戯をされないかと不安にもなる。

 男だし強いので、問題はないだろうけども……。

 というか問題は後部座席の二人だ。

 先生のこの人選……。明らかにわざとだな。


 戦いを回避出来れば良いとも言っていたし、俺もそう思っていたけど、オリハルコン装備を自慢し合う武闘派二人を名代に指名する辺り、回避と口では言っているが、その実、先生は流血を厭わない戦いを考えていると思われる。

 時として冷酷に対応する人物でもあるからな。

 内心では公爵サイドと一戦を交えたいと考えているのかも知れない。


 この大陸で人間が統治する全体の二割の領土を有する公爵。王土の三割に次いで大きい。

 そんな力を持った存在と先生は戦うつもりなんだろうか。

 領土は王様の方が広いけど、現状の兵数は圧倒的に公爵サイドが多い。

 まあ、兵達の練度の高さからして、戦っても負ける事はないとは思うけど。

 俺としては、人間同士で争うのは回避したい。


「そろそろ目的地手前のウルガル平野ですな」

 禿頭をペチンと叩く伯爵の声と音に背筋を正す。

 大丈夫。侯爵と伯爵という爵位はマグナートクラス。

 政治をしっかりと知っている人物たちだ。

 初手でいきなり喧嘩腰ってのはないと信じたい。

 前方の馬車が止まったので停車して待機。俺の後ろに続いていたゲッコーさんも停車。

 

 今回、侯爵と伯爵を護衛するのは、先頭から――使者と馬車で同席するS級のミュラーさん。

 マグナートクラスと同車する俺とランシェル。

 後尾のゲッコーさんが運転するJLTVには他に三人のS級さん。

 現状は七人による護衛。

 少数だけども、俺とランシェルを除いた五人だけでも国を内部から破壊できるだけの力を有しているから、何も恐れる事はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る