PHASE-435【不完全での使用は危険】

 なぜに跳躍かと思えば、姫様の部屋だろうが関係ないとばかりに、跳躍から長い足による蹴りで、扉を豪快に蹴破ってのダイナミック入室。

 俺が執務室で実行したのより華麗である。

 開いた先は広間があり、更に二つの扉を開けば、そこには俺が使用していた寝室よりも広い寝室。


「どうしました」

 寝室のベッドでは姫様がゆったりとした状態で、上半身だけを起こしてこちらに顔を向けてくる。

 外の騒ぎはかなりのものなのに、何とも落ち着いている。


「無粋な」

 柳眉を逆立てるのはライラ。

 コイツは寝室でも一緒にいるんだな。


「すみません騒がしくて、姫様の身を案じるのが優先事項だったので」

 俺が謝罪をすれば、怒りを保ったままライラが俺へと接近。

 会頭としてベルの代わりに謝る――――。ひたすらに謝る。

 ペコペコと頭を下げる姿。次に転生があるなら、間違いなくドリンキングバードに魂を宿すことになるだろう。

 床を見る人生は嫌だが、ベルのためなら頭は下げられる。


「トール!」

 背後からのベルの声は危険を知らせるもの。顔を正面へと向ければ、


「ほう!?」

 鼻の頭ギリギリを刃が通り過ぎる。

 ライラがいつの間にか手にしていたナイフで斬りかかっていた。

 次の瞬間、ゲッコーさんによって拘束され、床に押しつけられるライラ。


「いや、いくら不遜だったからって、いきなりナイフは……」

 呆れてしまうね。

 本来だったら攻撃を受けて怒り心頭なんだろうが、この世界で利器やらモンスターの攻撃を経験しているからか、その辺の感覚が麻痺してきているな。

 怒りより呆れが先に感情として芽生えるのがいい証拠だ。


「トール。まず彼女を見るより優先すべきは――」


「姫様か?」


「いや」

 首を左右に振るベルの視線は、ライラへと向けられる。

 彼女を見るよりと言っておいて、ライラを見るってなんなんだと思ったが、次の瞬間には、ベルが見ているのはライラじゃないと理解する。

 残火を鞘より抜いて、俺はおもむろにライラの倒れる床を突き刺す。


「おっと、危ない」


「何だよ生きてたのかよ」

 ゼノが影から現れる。


「いや、あれは危険だったよ」


「そうか、ドッペルゲンガーってやつか」


「ご名答」

 霧散していったのは、コイツがピリアで生み出した影だったわけだ。

 喋らせたり哄笑させる事も可能なんだな。

 で、コイツは影の中に潜んでここまで逃げてきたわけだ。

 なるほど合点がいく。アニメや漫画だと、普通は術者を倒せば操られていた人は呪縛から解き放たれるはずだからな。


「しかし、とてつもない連中だ。あれほどの傀儡たちをよもや全て短時間で拘束するとはな……。しかも死者を出さずに……」

 体勢を立て直す猶予すらなかったと、歯を軋らせていた。


「だったらこんな所に来ないで、さっさと逃げたらどうだ」


「せめて姫は連れ出そうと思ってな」


「姫。下がってください」

 ゼノの脅威から庇うように、俺は姫の前に立つ。

 ――……?


「姫?」

 全くもってリアクションをとってくれない。


「お前、なんかしたのか!」


「ああ」


「何をした。ここで」


「ここでというのは誤りがある」


「お前さ、この状況で余裕を持って語れると思うなよ」


「それもそうだな。――――私がこの地に来た時より、姫は既に私の掌中。白蝋の肌がその証拠だ」

 人形のようだとは思っていたけど。

 ――……やはり姫は、既にこいつに何かされた後だったか。


「ライラは」


「そいつは私がただ操っているだけだ。ハイウィザードだったからな。手駒として価値がある。ま、容易く拘束されている時点で、程度が知れているが」


「それは操っているお前に戻ってくる発言だな」


「反論は出来ないな」

 声音はさも余裕があるように装っているが、先ほどから、俺、ベル、ゲッコーさん。コクリコにシャルナ。ランシェル達メイドさん達に忙しなく目を動かし、こっちの動向を窺っている。

 さっきまでと違って、数の利で負けているからな。

 コイツとしては、姫をここから連れ出して逃げ果せたかったようだが、こっちの対応があまりにも早かったから、考えが瓦解してしまったようだ。


「で、姫に何をした」


「私はヴァンパイア。アンデッドだよ」


「まさか、姫は」


「我が闇魔法の呪術により、我が眷属ヴァンピレスとなってもらっている。自我を持ちつつも、私の思いのままに動く存在だ」

 ――……なんてこったい……。王様が知ったら、ショックでまたふさぎ込みそうな内容じゃねえか。


「解け!」


「解いてくれたらここから逃がしてくれるかな?」

 ぬぅ……。ここで拒めば、呪解はしてもらえないわけか。

 姫のためにも背に腹は代えられないよな。


「約束するかね?」

 俺が熟考する姿に光明を見出したとばかりに、戦闘時のような不敵な笑みを見せてくる。


「いや、しなくていい。こんな手合いが約束を守るわけがない」

 凛とした涼やかな声。

 ゼノと交渉を進めようとすれば、ベルが阻む。

 途端に、渋面と変わるゼノ。


「信じては……なりません……」


「お、気がついたか」

 拘束されていたライラが口を開く。同時にゲッコーさんが彼女を解放すると、ゆっくりと立ち上がり、鋭い目でゼノを睨んだ。


「この者は自らでも呪いを解くことの出来ない呪術と言っていました」


「え!?」

 操られる前に、ライラはそのように聞かされたらしい。

 発言に信憑性があるようで、ゼノからは舌打ちが響く。

 

 最悪である。コイツは自分でも解けない魔法を使用したって事だ。

 習得中、開発中の魔法を使用するとは、愚かもいいところ。と、お怒りのシャルナ。

 毒を持つ生物だって、自分の毒に対して抗体を持っているから毒を使用する。

 コイツは、抗体を持っていないくせに、毒を使用する馬鹿と一緒だ。


 戦闘中に影の狼男に対して、完全自立型こそ完成形だと俺は考察したけど、あながち間違っていないかも、コイツは不完全な状態でサーバントシャドーを使用していたようだな。

 そうなると、全てのピリアとネイコスも不完全に見えてくる。

 不思議と俺の目には、ゼノが小者に見えてきた。

 

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