PHASE-436【灰燼斬獲】
「魔法の使用法で、雑な立ち回り方しか出来ない者だというのがよく分かる。だから余計な事も口にする。だから直ぐにボロが出る。三下のやることだ」
嘲りを見せるベルは、ゆっくりとした歩みで扉の前へと立ち、ここからは逃がさないと暗に伝える。
ベルの後ろへと移動し、ゼノに対して構える面々。
脱出をより不可能にするといった気概を見せてくる。
支配されていたメイドさん達の眼力には、二度と屈しないといったものが宿っていた。
姫のいるベッドと、外へと続く窓の前には、俺とゲッコーさん、ライラの三人。
ゼノに逃げ場なしだ。
「おのれ!」
「一つ聞こう」
悔しがるゼノにベルが問う。
「お前の実力はトールに見せたもので全てか?」
闇魔法に、モンクの力。ドッペルゲンガーに血液の剣。
後は――――、
「出したくても、そちらの男に封じられたからな」
ゲッコーさんに脅されて、大魔法の使用は不可能だったもんな。
「そうか――では、それ以外ではそれなりの実力を披露したわけだな」
「何が言いたい!」
「お前と戦っても、トールには伸びしろがないということだ。お前は最早、無価値だ。来るがいい。私に手傷を負わせることが出来るなら、ここから逃がしてやる」
不敵に見下すベル。
「散々に言ってくれるな――美姫! 調子に乗らないことだ!!」
嘲笑したくても、嘲笑できないよな。
歯を軋らせるだけで精一杯だろう。
自慢の犬歯が、自らの咬合力で砕けそうになっているぞ。
まあ仕方ないけどな。相対する存在とお前との間には、いかんともしがたい実力差がある。
戦いを知らない者。戦いを知っている者。全ての者たちが目にするだけで理解できる実力差がな。
「じゃあな」
ゼノに別れの言葉を届ける。
自らこそが嘲笑を浮かべる存在なのに、それを向けられる事はプライドが許さないとばかりに、ベルへと向かって飛翔し、上方より襲いかかる。
右拳が闇に染まるモンクの技。闇の念拳。
俺クラスなら脅威ではあるが、相対する存在は、脅威として毛ほども感じる事がないだろう。
そもそもが回廊の戦いの時に、ベルに脅威を植え付けられているはずなのに、それでも挑む。
勇ましいわけではない。蛮勇でもない。ただゼノは、プライドが高かっただけだ。
逃げ果せることが難しい状況だろうとも、ベルに挑まずに、勝てる可能性がある俺を選べばいいのに、挑発に乗ってベルへと挑むとはね。
高位の魔族だからこそのプライドなんだろうな。
引いてもいいところで、引くことが出来ない。
自分自身がそれをする事を許さないという、矜持の鎖にがんじがらめになっているわけだ。
不器用な男だ。
迫るゼノに対して余裕を持っての抜剣。
予想結果としては、一閃によってゼノは屠られるだろう。
実際は十数回は振っているんだろうが、全てが一閃に見えてしまうような神速の斬撃で終わるんだろうな。
紫電一閃って四字熟語が頭に浮かぶ俺。
「灰燼と化せ」
――……ん!?
「灰燼!?」
素っ頓狂な声を俺が上げたその瞬間。
ベルのレイピアが煌々たる炎を纏う。
ゼノの右拳に纏った闇を容易く消滅させるような、聖なる力を感じさせるような、神々しい輝き。
浄化という言葉が相応しい炎。
「かぁ!?」
俺以上に驚くのは斬られた当人だろう。
何が起こったか分からないままに、俺にとっての強敵は、斬られた部分から一瞬にして塵へと変わっていった。
ドッペルゲンガーではない。
それを使用する隙すらなかった。
この地を支配していた、高位の魔族であるヴァンパイアには似つかわしくない、あっけない最後だった……。
――…………沈黙の帳が降りる中、寝室に聞こえてくるのは、皆してシンクロするように唾を飲む音のみ。
ブレイズを纏った残火の一撃がなんと脆弱なのだろうと、痛感させられる。
圧倒的な火力をまざまざと見せつけられた。
強敵だろうが、ベルの前では一緒くたに弱者……。
――……と、いうより。
「いや……。え……、いつから?」
「つい最近だ。火龍以降は初めて使用する」
「おお……」
髪の色は未だに白いのに。
「十全ではないぞ。今はまだお前と同じ芸当くらいだな」
ハハ……。同じじゃねえよ……。
威力が段違いだよ。
ゼノの不完全な魔法と違い、ベルのは不完全であっても、この世界では絶技と言っていい。
だがゼノ。お前は嫌なヤツだったが、同情はしてやる。
プライドが高いヤツだったからな。
人生が終わる時であっても、少しは何か口にしたかっただろうが、喋る暇もなく、塵となっちまったな。
俺は静かに、ゼノが消滅した場所に手を合わせて目を閉じる。
――――やおら目を開く間に思い出していた光景。
あれは見間違いじゃなかったのかもしれない。
街から別邸へと戻った時、ベルの髪が赤く染まって見えたのは、夕焼けが原因だと思っていたが、一瞬だけどあの時、実際に髪の色が本来の色に戻ったのかもしれないな。
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