PHASE-437【蒼穹に羽ばたく叢雲】
「と、とにかく。これでベルがまた、悪魔的な強さを得たわけですね」
「悪魔的という表現は……」
炎の威力に魅入っていたコクリコがはたと我に返ると、開口一番に慌ててそう言う。
「あの炎を見て悪魔と例えるのは駄目駄目だな。浄化の炎。神の炎だよ」
俺が通ぶって言ってみれば、ベルは悪魔と言われるよりはいいと、満足している。
好感度が上がったような気がした。
で――、浄化の炎を目にしたシャルナは、未だに惚けている。
そうだったな。シャルナは初めて見るんだな。ベルが炎を使用するところ。
シャルナもそうだし、後ろにいるメイドさん達に、ライラも皆が惚けていた。
「さて、ベルの力が戻りつつある事に喜びたいところだが、姫がヴァンピレスなるアンデッドになっているという問題は解決していない」
場を惚けたものから引き締めるために、ゲッコーさんが低い声で述べる。
この声で皆も表情が一気に引き締まった。
「私がついていながら……」
「いいのですライラ」
守り切れず、更にはゼノに体を支配されていたという屈辱に染まるライラに対して、プリシュカ姫が優しく述べる。
「ゼノの言った通り、自立はしているんですね。意思疎通は問題ないですか?」
「はい。ですが私は人間ではありません……」
血色の悪い――というより、血が通っていないような、白蝋じみた肌に負けないくらいに、姫の声は力ないものだった。
自分が人間じゃなくなった時の衝撃は計り知れないだろう。
俺たちなんかが下手に同情の発言をしても、姫を傷つける事になるかもしれないから、どう言えばいいか言葉が出てこない。
きっとへんてこな苦笑いだけを浮かべてんだろうな……。いまの俺……。
「元に戻る方法は?」
「分かりません」
ゲッコーさんの発言に、ハイウィザードであるライラが返答。
ゼノがオリジナルで作り出したと思われる闇魔法の呪術。
当人ですら呪解の方法を持っていなかったんだからな。
「シャルナ」
ここは二千歳近い生き字引に聞けば何かしら分かるかと思ったが、首を左右に振るだけだった。
ゼノと行動していたサキュバスの皆さんも申し訳なさそうに首を左右に振る。
「よろしいでしょうか」
そんな中で、本邸のメイドさん達の収拾を終えたコトネさんが入室し、俺を手招き。
二人して寝室から出る。
「――――何でしょう」
隣の応接室に移動し問えば、
「希望的観測になるかもしれませんので、本人を前にしての発言は出来ない事をお許しください」
深々と頭を下げるコトネさん。
発言内容は、無駄に期待をさせないためのもののようだ。
この言動で理解できるのは、
「呪解が出来る可能性があるという事でしょうか?」
「その通りです」
「そいつはいい情報だ」
背後よりゲッコーさんの声。俺は慣れたもんだが――――、実際は動悸が高くなっているけど。
俺の正面にいながら、俺の背後に立つゲッコーさんの存在に気付くのが遅れたのか、コトネさんはビクリと体を震わせていた。
「だがその話は後でいいかな」
「え、ですが……」
自分たちが未だ信用してもらえていないと思ってしまったのか、寂しい表情に変わるコトネさん。
だったけど――――、
「敵だ」
継いだゲッコーさんの発言内容で、伏せかけていた姿勢からコトネさんは背筋を伸ばす。
――――本邸を後にして、俺たちは急ぎドヌクトスを囲む壁上へと向かう。
この間にも街では、王都よりも多い兵士たちが、住人の避難を行っていた。
夜間に行われたゼノとの戦闘。終わりを迎え本邸へと到着した時は、空は白んでいた。
現在は朝日が昇り始め、大地に光を届けてくれる。
起きたばかりの人々も多く、住民たちは敵が攻めてきたことを知り、混乱している。
都市の地下には避難場所が設けてあるそうで、兵士たちが住人をそこへと誘導している。
侯爵の本邸と別邸の近隣に住まう人々は、普段はメイドさん達が使用している、屋敷の地下施設に避難。
「この程度の混乱なら問題ないな」
「ああ。兵、民ともによい動きだ」
「統制が取れている。ここの指導者は現状、意識が戻っていないそうだが、下の者達が有事の際にちゃんと機能している」
避難行動を目にするS級兵士さん達による評価は上々。
そして当然のように俺の周囲には、百人からなる目出し帽の集団が揃っている。
でもって、勝手に服装を変更している。ゲーム内で衣装変更も可能だけどさ。
黒の半長靴にタンカラーのアーミーパンツ。
ケブラー製の黒の半袖Tシャツと、先ほどと同様のボディーアーマー。
典型的なPMCファッションで統一していた。
この世界に雇われたって意味合いで服装を変更したと、ゲッコーさんが教えてくれた。
手には統一されたアサルトライフル・MASADA。
避難のため走っている住人の流れとは逆方向に、服装と銃が統一された百人が整然と歩く様は、映画のワンシーンのようである。
マガジンを入れて、チャージングハンドルを引くだけの動作だが、魅入ってしまう。
洋楽ロックがバックで流れて、スローモーションで歩いていれば最高のシーンだ。
中世の街並みを現代の歩兵兵器を手にした一団が歩む。
なんとも異質である。
そんな異質な光景を眺めて、これから戦いが始まる可能性があるのに、緊張よりも格好いいが勝ってしまうあたり、俺はまだまだガキですよ。
――――兵士に案内されて壁上へと到着すれば、
「おお、本当だ……」
雲一つない蒼天――――と、言いたいが……。
朝日も昇ったばかりの早朝。働くために人々が動き出す時間帯だってのに、はた迷惑なことに、空には黒い雲のようなものが存在する。
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