PHASE-438【接近、カラス頭一行】

「ビジョン」

 と発して、黒い雲状の中央を注視すれば――、


「背中にコウモリみないな羽が生えているのもいれば、黒い羽のカラスのような人型もいますね」


「便利だなそれ」

 双眼鏡を手にするゲッコーさんも、俺のピリアの便利さを羨ましがる。

 ――うん。数はそこまで多くない。

 ざっと数えて五百規模。

 空飛ぶ悪魔みたいなのが五百もいれば、多くはなくても十分に脅威ではあるけども。

 

 手には何かしらの骨で作られたクロスボウを持っていたり、禍々しい槍を持っているのが空中で静止している。

 こっちのS級兵士さん達と違って、統一性のない武器を持つ、鳥頭や羊のような角を生やした悪魔からなる軍団。


「空を飛んでいることから翼幻王ジズの手の者なんでしょうね」


「多分な。数は以前のホブゴブリンの時に比べれば遙かに少ないが。基本、空軍は少数のエリート部隊と相場が決まっているからな」


「でしょうね。何処の世界でも、空を飛べる力と実力のある者は、特別な存在ですから」

 ゲッコーさんと言葉を交わすが、俺もゲッコーさんも相手がエリート集団だと分かってはいるものの、声音には余裕が含まれる。

 余裕なのはこっちの壁上に居並ぶ、目出し帽の皆さんのおかげだ。


 正直、相手が攻めてきても負ける気はまったくしない。

 俺たちの余裕ある佇まいが全体にも伝播しているようで、避難を終わらせて合流したイリーが指揮する騎士団や、兵士たちも存外落ち着いている。

 初めて会った頃は、魔王軍が攻めてきたといって、俺たち相手に取り乱していたが、手には対空兵器としても活躍するクロスボウや弓を持ち、壁上の各所に配置されたバリスタの起動に問題がないか、チェックにも余念がない。

 頭上からの攻撃に備えて、盾を空へと向ける反復練習を行っている兵士もいる。

 攻めてきたらいつでも迎撃してやるといった気概がしっかりと伝わってきた。


 サキュバスさんの力とゼノが原因で、兵士の中には未だに脱力から回復しておらず、戦線に参加できていない者たちもいるが、それでも数は多く、士気も高い。

 しっかりと動ける兵士たちの数は、向こう側の敵性よりも遙かに多く、数が有利な事も気持ちにゆとりを与えてくれているようだ。

 本当、装備に兵数と、王都より恵まれている。


「盛況ではあるが、実戦経験は少ないだろう。ここは王都兵同様に、自信をつけさせるための絶対勝利を得るべきだろうな」

 熱のこもる兵達とは正反対に、腰に手を当て佇むベルの涼やかで凛と透き通る声は、俺の耳朶によく届いた。

 でも、スパルタだけはマジで勘弁……。

 圧倒的な勝利を収めるためには俺ではなく、ここにいるS級さん達に頑張ってもらう。

 圧倒的な勝ちを得て、俺たち一行の力をこの極東の地で刮目してもらわないとな。

 有りがたいことに、この地の冒険者たちも参加してくれているし、しっかりと見ていただいて、バランド地方に喧伝してもらわなければ。


「ゲッコーさん」

 名だけを出し強く頷けば、理解してくれるゲッコーさんは、


「準備に取りかかろう」


「「「「了解」」」」

 言えば直ぐに壁上に展開していくS級兵士さん達こと、アンダー・コーの面々。

 展開といっても、壁上に等間隔の横隊で並ぶだけなんだけども。並ぶのはもちろん敵がいる空側と相対する位置。

 つまりは、必勝の陣形といっても過言ではない。


「にしても多種多様だな。コウモリのような羽はガーゴイルかな?」

 最初にビジョンで見たヤツを再度ながめて種族を予想。


「それなら私でも分かる」

 インキュバスは俺同様に分からなかったベルも、翼のある悪魔みたいなヤツの名前は知っていたようだ。

 ――――眺めていたら、そのガーゴイルを左右に従えて、これまた最初に見ていたカラスみたいな鳥人間がこっちへと向かってくる。

 皆して構える。

 兵士や冒険者たちも矢を番え、槍サイズの矢を装填したバリスタが、照準を合わせる。


「まだ行動には出るな」

 ゲッコーさんが一言発せば、イリーがゲッコーさんの発言を復唱し、騎士団に兵達がそれに従う。

 冒険者たちもここは状況確認が優先と判断し、矢は番えたままで待機。

 兵は練度が高く、冒険者は経験則からの行動。

 総じて有能。


「ほう――――これはこれは」

 鳥人間が嘴を開けば、しっかりとした人語を話す。

 風体はカラスと人間を合体させたらこんな感じになるだろうという亜人。

 三つ揃いの黒スーツをピシリと着こなし、語り口も相まって紳士然としている。

 正直、体もスーツも黒だから、体と服のつなぎ目が分かりにくい。

 手の部分だけは白手袋をしているから分かりやすいけど。

 大勢に視線を向けられていても、余裕ある態度は翼を見れば分かる。

 ゆったりと動かし空中へと留まる姿は、優雅でありつつ重圧を放つ。

 兵士だけでなく、冒険者たちも緊張で顔が引きつっている。

 

 どうやら冒険者たちは、人語を話せて立派な立ち振る舞いが出来る魔族を普段目にする事がないようだ。

 野生モンスター討伐なんかで報酬を得ているのが、この地の冒険者なんだろう。


「勇者一行がこの地に来ているというのは、フェニメルエスからの報告で知っていましたが、逐次報告を受けなくなったので来てみれば、なるほど……あの者は敗れたようで」

 喋々と嘴を開いてくる鳥人間。一瞬フェニなんとかって誰? って思ったけど、ゼノのことだな。

 このカラス頭。これだけの武器を持った面子と相対してこの冷静さ。

 肝が据わった強者の風格だ。


「理解が早くて助かりますよ。で、やりますか?」

 ――……出遅れた……。俺の代わりにコクリコが前へと出て問うている。

 周囲にはS級兵士さん達がいるからな。強気になれるのは分かる。


「滅相もない。見ただけで理解できますよ。私共が全くもって相手にならないというのは」

 両手を上げての降参のポーズが、何ともわざとらしい。


「そうでしょう! そうでしょう!」

 わざとらしさが伝わっていないようで、まな板は相手の所作を目にして有頂天だ。

 まあ相手も、お前を見て言ったわけじゃないからな。


「なんですか? 人が気持ちよくなっている時に。私を残念な者を見るような目で見ないでください。あのカラス頭の前に、トールの挑戦を受けましょうか!」


「「カラス頭……」」

 って、言われた鳥人間と俺の声がシンクロする。

 いくら魔王軍とはいえ、初対面で、しかも丁寧な立ち振る舞いをする相手に対して、あまりにも礼儀作法がなっていないまな板だ。

 心で思っていても、口には出さないのが嗜みってもんだぜ。

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