PHASE-1388【ララパルーザ】

 ――上空からエルフの視力が捕捉する数は、俺達が要塞へと到着する前、瘴気をギリギリ越えないラインで活躍してくれていたという物見の報告通りだと高順氏。

 

 そして、こちらへと戻ってくるシャルナのタイミングに合わせるように、


「おお!」

 コクリコが声を上げる。

 その声は脅威に染まったといったものではなく、相手の数に対しての喜びからくるもの。


「頼りになる声音だ」

 と、高順氏が感心するほどだった。

 俺はコクリコと違って、三万という数に顔をしかめたくなる……。

 いくら陥陣営が指揮するとはいえ、数の差が六倍ともなれば、やはり不安を抱いてしまう。


「そんな顔をするな。勇者は六倍の数どころではない敵と常に戦っているだろう」


「まあ、確かに」

 俺としては兵士の損耗を不安視してるんだけどね。

 エイトリの奇跡と呼ばれる戦いを耳にはしているけど、今回はどうなることか。

 

 ――俺の後ろで整然と隊列を組んでいる騎兵達を肩越しに見やれば、皆さん恐れを感じさせない精悍な顔つきで正面を見るだけ。


「流石に五千の兵全てが騎馬兵ってわけじゃないんですよね」


「軍馬を揃えるには時間がかかるからな。勇者の領地からもかなりの数の軍馬が送られる事にはなっているのだがな」

 荀攸さんと爺様がその辺は即対応という感じでやってくれているんだろうけども、今回はこの騎馬戦力だけでぶつかることになるな。


「ちなみに騎馬の数は?」


「千五百といったところだ」

 となれば、残りの三千五百は歩兵ってことだな。

 ユニークスキルの【陥陣営】の効果は騎兵にのみ適用される。

 なので、当然ながら歩兵はその恩恵を受けることは出来ない。

 千五百の騎兵と、先頭にいる俺達でなんとか相手の士気を挫かないといけないな。

 ――大軍を前にしても騎兵たちの目力は強いし、馬たちも嘶くことはない。

 兵の強い意思が馬にも伝わっているかのようだ。

 小札からなる馬甲を纏った農耕馬のような大きさの馬たち。

 鎧を纏っていても湿地帯を走破できるという力強さをもった馬たちだ。


「ダイフクは問題ないか?」

 問えば、ブルル! と、強い鼻息で返してくれる。

 要塞の馬と比べれば、サラブレッドのような細身だから湿地帯を走破するのは心配になるけども、当のダイフクは強い足踏みを見せてくれる。


「撃退したら体を綺麗に洗ってやるからな」

 首の辺りを優しく撫でながら言えば、嬉しそうに体を震わせていた。

 白馬だからな。湿地を走ればどうしても泥が目立つ体になるからね。

 心を込めて洗ってやらないとな!


「よい馬だ」

 馬に対して確かな目利きが出来る高順氏にそう言ってもらえれば、ダイフクも喜ぶというもの。


「そんな高順氏も以前同様に、よい――狼で」


「この湿地では、この者の爪が頼りになる」

 北伐時にも騎獣していた魔狼――ワーグ。

 以前に魔王軍を撃退したときに鹵獲したという馬ほどある大きさの狼は、馬甲ならぬ獣甲を纏っている。

 チコの装備にも似ている獣甲で体の重要部分が守られ、頭部を守る為の兜の額部分には、犀の角を思わせるような前立てがある。

 加速からの突進でそこをぶつければ、それだけで相手を突き殺すことが可能だというのを見た目だけで伝えてくる。

 

 ワーグを眺める中で、相対する方から独特な音が派手に聞こえてくる。

 ドゥーン、ドゥーンといった音源が太鼓だというのは、ビジョンで見て理解する。


「相手の戦鼓に負けてやるな」

 と、高順氏が述べれば、騎兵の一人が手旗を揚げる。


「おう!?」

 手旗を合図にドーン、ドーンと、防御壁壁上から派手に太鼓の音が響いてきた。


「指揮官殿、相手の布陣ですが――」

 一つ後ろにいたロンゲルさんがズイッと俺達と同じ列に並べば、


「横隊ですな」

 と、継ぐ。


「欲を掻く」

 一言、高順氏がそう言えば、得物である槍を高らかに掲げ、


「では行こう」

 掲げた穂先を正面へと向け、ワーグの四肢が高順氏の意志に従ってゆっくりと動き出す。

 常歩による進みに後方の馬たちも速度を合わせて続き、常歩から速歩。駈足からフルスロットルの襲歩へと変わるころには、


「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!」」」」

 大気と地面を震わせる声と足音が響き渡る。

 後方からの喊声を背中で受ければ、俺も高揚感に包まれてしまう。

 口には出さないけども、これは――なんとも気持ちいいな。

 多くの兵を従えて先頭を進む。

 悠然とした姿で進む高順氏の姿が後方の兵達を鼓舞すれば、それに応えるように喊声を上げる。

 それにより先頭を進む者も鼓舞されるってことなんだろう。

 戦意高揚の相乗効果とでも言うべきか。

 高順氏はこういった立ち位置でいつも戦ってるんだな。

 大軍勢を動かして戦うって事をしない俺としては、とても新鮮なものだった。


 俺が高揚しているんだから、当然――、


「何と気持ちがいいのでしょう!!」

 俺以上にコクリコは悦に入っている。


「器用なヤツだ」

 恍惚とした表情になるコクリコは、用意された軍馬の鐙に足を預けることをせず、サーカスの曲芸師のように鞍に立ってから駆ける。

 器用なヤツなのは分かっているけども、それ以上に軍馬が鍛え抜かれている。

 普段、乗せているであろう人物と違った乗り方をしているコクリコの曲芸乗りに対しても、騎手のバランスを崩さないように馬の方が制しているという走り。

 これは俺のダイフクもそうだから分かる。

 俺のような騎乗スキルもないような人間でも落馬しないように制してくれているダイフクのお陰で、襲歩の中でも安定して乗ることが可能。

 乗ること――ではなく、乗せてもらっているってのが正しいな。


 ――横隊にて展開する敵へと向かい、湿地の中をひたすらに駆ける。

 俯瞰から見れば、一本の矢を思わせるような陣形での突撃だろう。

 喊声と馬の足音により大気と大地が震える。

 三万の数に対して、五千の動きの方が音で勝っている。


「正にララパルーザ」

 この震えに対して相対する連中は脅えることだろう。

 いくら数が多かろうとも、この地での敗戦を耳にしている者もいれば、ここでの戦闘でかろうじて生き残った連中だっているだろうからな。

 聞かされた恐怖と、経験による恐怖で是非とも心胆を寒からしめてほしい。

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