PHASE-362【一方通行】

 大音声に相対する兵士たちに緊張が走るのが分かった。

 ピシリという擬音が聞こえてきそうなくらいにクロスボウや、長槍を構えている者たちが鯱張る。

 

 この緊迫した空間にて、重圧のおもりが原因なのか、クレトス兜が挙げていた手が下りる。

 同時に強張った体の一人が引き金を引けば、連鎖していくブゥンという弦の音。


 俺もここまでの間に修羅場を潜っている。

 あんな矢なんかが些末に見える氷の魔法に、火龍のブレスを目の当たりにしているからか、全くもって脅威と思えない。

 拍動が激しかったさっきまでと違い、敵意が向けられれば、冷静になっている。

 これも場数の恩恵だな。

 鏃がはっきりと見えるくらいの余裕。

 恐怖で瞼を閉じるという事もない。

 その余裕を活かして、


「イグニース」

 と、発し、火龍の籠手から炎の盾を顕現させれば、俺に向かってくる複数の矢は、炎の壁に触れると、鏃、箆、矢羽の順に蒸発していった。


「「「「おお!」」」」

 畏怖の響めきが上がる中、それにシンクロするように同様の声を上げるのは俺。

 俺の場合は畏怖ではなく、感動からだ。

 初めて攻撃を受けたが、弾くではなく、燃え尽きた。

 攻防一体のシールドだとは思っていたが、これは素晴らしい。

 本当に最高の装備を手に入れた。ありがとうワックさん。ゴロ太。


「なんだ今のは! やはり魔王軍か!」

 あいつうるせえな。騒いでるだけで何もしてない。

 あ、放て。と、手は下ろしたか。

 

 あいつに比べて、他の連中は、恐れつつも次の矢を装填するために、クロスボウを両足で固定し、弦を両手で思いっ切り引っ張っている。

 やっぱり弩ってああやって番えるんだな。

 二射目までは時間がかかるようだし、この距離で装填出来るのはポートカリスとかいう落とし格子があるからだろうが、あれが無いと、一気に距離を詰められてしまうから頼りにならない武器だよな。

 そもそもが長距離用だからな。この距離なら弓を使われる方が怖い。

 まあ、その為の長槍なのだろうな。

 長槍で足止めと攻撃。その間に装填を終わらせるって感じかな。

 だがしかし、次の射撃までの早さを考えれば、やはり弓の方が正解だな。壁上の弓兵を連れてこいよ。

 弩兵と長槍兵で横隊を展開している時点で、弓兵が展開できなかったのかな?

 用兵が下手ですね。ジュリセン兜の人。


「ねえ、話を聞いてくれないか」


「黙れ!」

 どうしよう。聞く耳持たないジュリセン兜を殴りたい。

 俺が足を前に進めれば、


「はぁ!」

 気概ある声と共に槍の穂先が俺へと迫る。

 籠手で払えば、長い槍の柄は格子にカツンと当たって、ビィィィンと音を奏でて穂先が震える。


 高順氏の突きに比べれば、ハエが止まるような突きだ。

 更に一歩進めば、うるさいヤツだけでなく、その他の皆さんも後退り。

 多くの矢を灰燼と変え、長槍を容易くいなす。


 ――――あれ? これ、俺TUEEEな存在にいつの間にかなっちゃってる?

 おいおいマジかよ。これ、後はハーレムあれば完璧じゃんよ。

 ハンヴィーに目を向ける。

 乗車しているハーレム候補生達は――――、ノンリアクション!

 女性陣はノンリアクションですよ。

 ただ動向を窺っているだけ。

 俺のハーレムへと続く道は遙か彼方ですわ……。

 というか、進行方向も見えないレベルですわ……。


「て、抵抗をするな!」


「アホか! 抵抗しないと突き刺さってるだろうが! なんでお前等に刺されないといけないんだよ!」

 返答すればいちいちビクリと体を震わせる。

 精強ってのはやはり嘘なのだろうか?

 まあ一応、戦う姿勢を見せる姿は、俺が転生したばかりの時の王都兵よりは気骨はあると評価すべきなのか。


「ここを開けて話し合いをしよう」

 どれだけお願いをしているんだろうな。

 むかついてるこの状況で、この程度で済ませているなら、俺は十分に紳士的だろう。

 俺の心はバイカル湖のように広くて、透明度のある心だね。

 

 ――……でも……。


「早く団長を連れてこい!」

 俺の話だけはずっと一方通行だぜ。

 よくもないし、最高でもない。愉快でも素敵でもねえよ。

 

 ――――開ける気がないなら仕方ない。

 話をしようとしないお前等が悪いんだからな。

 俺の心はバイカル湖のように広くても、カスピ海ほど広くない。

 

 鞘の栗形にある緑色の宝石からなるボタンを押せば、カシャンと小気味の良い音と共に鍔が六方向に開き、刀が鞘からせり上がる。


「正体を見せたか!」


「正当防衛じゃい!」

 抵抗しようとした途端にその発言。本当に考えることを止めてるね。

 槍が向けられるのも気にせずに、格子と迫る槍に向かって横一文字で刀を振るう。

 何の抵抗も感じる事なく、俺が線を描いた箇所には切れ込みが入る。

 向かってきた長槍の柄も同時に斬り落とされ、穂先が俺の手前で落下。


「ふん」

 俺は続けて刀を動かす。縦に二度だ。

 後は格子を俺の反対側に軽く押せば――――、ガシャンと大きな劈き音を響かせる。

 ぽっかりとポートカリスなる鉄格子に四角い穴をあけてやった。

 

 向こう側とは繋がったけど、代わりに、斬った部分には、目に見えない緊張の境界線が出来上がる。

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