PHASE-832【俺の女のうちの一人だからな】

「どけ!」


「ひぃ」


「そうだ。まともな連中は武器を捨てて投降しろ。アンデッドであっても戦う気のない者達には襲ってこないぞ」

 と伝え続けながら、俺は練兵場から先に続く通路に向かって駆ける。

 アンデッドと、ドープによってハイになった連中の退こうとしない状況が、正常な者達の撤退を妨げる状態になっているが、その混乱のお陰で俺は攻撃にさらされることなく、すいすいと進んで行くことが出来た。

 

 正常な連中の中には、撤退は出来ないと判断し、武器を捨てて素直に投降する者達も出ていた。

 賢明な判断だな。

 

「よっと」

 混乱している傭兵団の頭を飛び越えて実行するのは、ストレンクスンとラピッドによる高速移動。

 両ピリアによって可能となる壁走り。

 

 更に、


「アクセル」

 壁を駆けつつ追加のアクセルにより、混乱する練兵場を後にする。

 念のために肩越しに見るが俺を追走する者は現れなかった。



「――――さてと」

 ここまで来ると通路は寂しい。

 前線でせめぎ合う者達の剣戟音が壁を反響して聞こえてくる程度。

 剣戟音よりも、自分の足音の反響が大きいくらいだった。

 えっと、ここを進めばいいのかな――。

 曲がり道に足を向ける。

 単独行動で迷ってしまった前科もあるので不安にもなるが――、


「おお! ビンゴ!」

 曲がり道の先で目にするのは調度品。

 ニッチにもしっかりと飾られているのは見た光景だ。

 これを未だに持ち出さないとはな。まだ自分の方が有利だと考えているのかな? あの馬鹿息子は。

 俺が同じ立ち位置なら逃げるけどね。

 弓術から察するに戦いの経験なんてないだろう。

 経験がないから戦況を読むことも出来ない。

 なので逃げる時宜も分からないといったところだろう。


 きっと頭を使う盤上遊戯なんかでは、配下が接待ゴルフばりにワザ負けて機嫌を良くさせてたんだろうな。

 で、俺は賢いと勘違いするんだな。


 そんな環境で育つと、ああいう自信と実力が乖離した馬鹿が出来上がるわけだ。

 切り札を持っている事が自信に繋がっているのかもしれないけども、俺ならここまで押し込まれたら絶対に逃げる。

 こちらとしては逃げてくれないのはありがたいけどな。

 それに、この調度品が持ち運ばれなかったのもありがたい。

 しっかりと後でいただかないといけないからな。

 ま、この先の盛ってる馬鹿息子のスタチューは粉々にしてやるけども。


「――ん!」

 俺以外の足音が別の通路から響いてくる。

 余裕があるのか随分と足音を立てているな。それも複数。


「そこです! ファイヤーボール」


「なんとぉぉぉぉ!?」

 聞いた声がこちらに対して確認も取らずにファイヤーボール。

 赫々とした輝きが俺を照らし、ボカンッ! と爆ぜての見事な直撃。


「あれ。なんだトールじゃないですか」


「……ちょっとまて。開口一番がそれか。普通は謝罪だろう。そもそもが敵味方もまだ識別してない時点で魔法を唱えるとか、お前は馬鹿なの?」


「いいじゃないですか。ノーダメージなんですから。流石は火龍装備」


「違う。そういう問題じゃない。人としての一般常識と教養を問うている」


「うるさいですよ。そんなみみっちい事を言う男はモテませんよ」


「ぬぅぅぅぅ……」

 なんで俺は間違っていないのに、コイツはこんなにも堂々としているのだろうか……。

 まるでこっちが間違っていると錯覚しそうになるじゃないか……。

 しかも最後の発言。モテる男ならば、寛大な態度で許さないといけないのか。

 足を踏まれても、避けられなかった自分も悪いんで。って返す、粋でいなせな男に確かに憧れるけども。

 俺たちの関係性を知らない人達の中には、コクリコも俺の女たちの内の一人に見えているわけだからな――――。


「まあ、次からはちゃんと確認するんだぞ」


「あれ!? 以外ですね。ネチネチと粘着質に根暗な正論を言うかと思ったんですけど」

 コイツ!

 ほっぺを全力でつねってやりたいが、俺の女たちの一人だから我慢してやる。

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