PHASE-472【手なずけた】

 鈍くなった動きで生じた隙に、残火の柄に手を添える。

 可能ならば苦痛を与えることなく、一太刀で終わらせたいところ。

 痛みに耐えつつも引く事を考えないところは、野生の獣とはやはり違うようだな。

 俺が刀を抜くよりも早く、蠍の終体の形状からなる尻尾を大きく振り回す。

 毒による攻撃ではなく、鋭利な先端による刺突だ。

 どのみち刺突を見舞われれば、そこから毒が注入されるんだろうけど。

 鞭のように撓った尻尾の動きは、とてつもなく速い。

 ビジョンで視力を強化していないと、追い切れない速さだ。


「ふん!」

 鞘に装飾された金槌部分にある、緑色の宝石を押せば、鞘から刀がせり上がり、鍔が六花を象ったように六方向に広がる。

 そのまま抜き出し、迫る尻尾の先端を斬る。

 抜刀術の要領での一振りは成功。

 マンティコアの切断された尻尾の先端が、俺の横を通り過ぎていく。


「ぎゃにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 割れ鐘のような猫の鳴き声といった感じだった。

 本当は一太刀で終わらせたかったが、自分へと迫る攻撃をまずは迎撃することが大事だったからな。


「終わらせてやる」

 尻尾を切断されて、痛みでのたうち回る姿を見ながら、残火を両手でしっかりと持ち、大上段で構えて、振り下ろすタイミングを窺う――――。


「待て」

 静かで凛としたベルの声。

 とはいえ戦いの最中である、大上段で構えた姿勢を崩すわけにはいかないので、そのままの体勢で固まる俺は、


「どうした?」

 と、返す。


「もういいだろう」

 もういいと言っても、引くことをしないからな。

 立ち上がられたら困るんだけど。

 まあ、そもそもはコクリコの馬鹿が悪いわけだけども。


「――――うん。ベルの言うとおりだな。お前、もういいぞ。抵抗はするな」

 頼むから挑もうとしないでほしいと願いながら、マンティコアに対しての攻撃を中断するように威圧。

 俺の威圧は効果があるとは思えないが、


「ぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 体勢を整えたマンティコアは身を低くする。

 再び俺へと飛びかかろうとしているのか、平伏しているのか分かりづらいけど、鳴き声からして戦いを求めているとは考えにくい。

 引くことは出来なくても、降参はしてもらいたいね。

 警戒は怠らずに接近。

 

 火龍の装備で守られているから、攻撃が有ったとしても何とかなるだろうという考えもある。

 

 一般的なゴブリンやモンスターに比べれば脅威ではあるが、拳の一撃で後退させられる今の俺の実力なら、どうとでもなる相手だ。

 その余裕が俺に自信ある歩みを行わせている。

 

 俺の気概に当てられたのか、マンティコアは先ほどまでの咆哮はなく、大人しくなっている。ゴロゴロと猫が喉を鳴らすような音を出しながら。

 これが威嚇なのか、降参なのかは生態が分かっていない以上、油断は出来ない。

 残火を握っていない左手をすっと鼻の前に出してみる。

 猫に対して指先をゆっくりと近づけるのに似ている。

 がぶりと噛まれないことを祈っていれば、スンスンとにおいを嗅ぐ仕草。


「に゛ゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛」

 何というだみ声による鳴き声。象みたいにでかいし、可愛げはない。

 明らかに先ほどより大きくなったゴロゴロ音。

 リラックスしているようだが、尻尾部分には痛みがあるだろう。


「シャルナ、ランシェル。回復魔法を唱えてやってくれ」


「分かった」


「分かりました」

 同時に返事をもらい、ファイヤーボールの軽症部分にランシェルがファーストエイドを唱え、シャルナが尻尾と前脚部分にヒールを唱えれば、瞬く間に回復する。


「回復でも欠損部分は治らないんだな」


「当然だよ。リジェネレーションでも使用しないとね」


「出来る?」


「出来ない。光魔法。聖光魔法とも言われる大魔法は習得してない」

 そうか、二千年近く生きてても出来ないか~。


「なに? その目は」


「いや別に」

 二千年近く生きているエルフでも使えないんだな。と、思っただけなのにな。


「ま、無い方が悪さしないだろう。自然界では不利になってしまうけど」


「そうだね」

 俺とシャルナは、大人しくなったマンティコアを前にして語り合う。

 そこにランシェルも参加。三人でわざとらしい大きな声で歓談。

 歓談しつつチラチラと後方を見る俺たち。

 

 後方ではガッツリと正座をさせられたコクリコが、目力ハンパないって! と、言いたくなるチート二人に、ガチ説教を受けていた。

 

 珍しく涙を浮かべているあたり、本気で怖がっていると理解できる。

 たまには本気で怒られないと分からないからな。

 子供には優しくしても、甘やかしてはいけないのだ。

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