PHASE-109【サムズアップ】

「あるにはあるぞ」


「本当か!」

 俺の画策する暗い声に比べて、ベルの声は反面、明るくなる。

 きっとカーテン向こうでは笑んでいるのだろう。

 比例するように、俺の口角は上がっているが。


「でもな~」

 じらすのだ亨よ。言質をとって、正当性を得ることが肝心。ですよね先生!

 きっと先生がここにいたら、苦笑いだろう。


「なんだ?」


「恥ずかしいかもしれないぞ。裸に比べたら全くもって問題ないけども」


「……問題がないのだろう」

 おっと、ここで声のトーンが一段階落ちましたね。

 警戒しているようだ。

 心理戦だ。制すのだ亨!


「問題はないよ。ただ、普通のより肌が露出するだけかな。それしかないからな。最悪、目の前のカーテンを使うって手もあるぞ」


「露出とは?」


「水着かな。ビキニとかじゃないよ。ワンピース水着だよ」


「なぜ人前で着なければならない」


「じゃあ無いな」

 ここで、冷たく言い放つ。


「いや、あるだろう」

 おう、焦るベルとは珍しい。


「家を出せば何とかなるんじゃないか?」


「ここは船だぜ。出せるわけ無いじゃん」

 継いだベルに正論で返せば、「うぬぅ」と、上擦って漏らした。やだ、可愛い。

 よし、畳み掛けよう。


「このままだと風邪ひくぞ。あ、炎を纏えるからそれは問題ないのか。だったら、全裸のままそこで軍服が乾くのを待てばいいんじゃない。ヌメヌメはとれるだろうけど、臭いがな~」

 乾いたとしても、臭いはいやだろうな。

 

 クックック――――。

 

 強き女に対して主導権を得る事は、こんなにも悦に浸れるものなのか。


「うぅぅ……」

 ここで着る? みたいなことは言わない。こちらが焦っているようだからな。

 だからここは口には出さずに、静観である。

 

 心理戦だ。


「他には――――、ないのか?」

 ここで妥協しようとしていると判断出来る語気だ。

 他にはないとなれば、仕方ないと続く会話内容と思われる。

 

 だが、ここは思慮深くいこう。

 

 ――……なんでこういう考えを戦いでは発揮しないのかと、自分で情けなくもなるが。


「そうだ! マントがあるじゃないか」


「いや、貴女。マントは海賊たちが占拠していた宿で啖呵切る前に、側の木に掛けたままだったじゃないか」


「そうだった……。忘れていた……。おい! 知っていたなら教えるべきだろう」


「いや~。あの時は、ゲッコーさんが軟体人間を制作した事への驚きでさ~」

 マントのことなんていちいち覚えてもいなかったよ。

 これは本当だよ。人間の限界を見せられたからね。


「そうか、そうだったな。あれは凄かった……」

 よしよし、思いついた案を潰す事が出来た。


「しかたない。じゃあ、やっぱりカーテンだな。それを使えばいいよ」

 でもって、あえて突き放すのだ。突き放せば、弱みを見せるのが人間よ。


「う、うう……。分かった……。背に腹は代えられない。それを用意してもらおう」

 イエス! イエス、イエス、イエェェェェェェェェェス。

 俺の脳内では勝利のファンファーレが流れているぞ!


「じゃあ、大至急用意する!」


「おい! なんだかやけに興奮しているようだが?」

 いかんいかん。ここで冷静に応対せねば、全てが水泡と帰してしまう。

 

【トランキーロ、あっせんなよ】の、精神だ。


「とりあえず、近く置いておくから。間違いなくサイズは合っているはずだ」


「なぜ分かるんだ」

 ハハ――。そりゃ分かるさ。

 


 

 さてさて、ベルよ。どうする――――。


「何をにやついてるんだ?」


「もうすぐゲッコーさんのサムズアップいいねがいただけるかと思って」


「おう、なんかやらかしたな」

 さすがだ。シャワールームで何かあったと理解してくれたようだな。

 流石は伝説の兵士。

 

 広々とした食堂でゆったりとミズーリを操船していれば、普段の軽やかさがない、強い足取りで接近する足音。

 誰の足音なのか、俺は十分に理解している。


「何なのだ、これはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 キタコレ!


「フゥー!」

 歓喜の声を上げつつゲッコーさんを見れば、予言どおりにサムズアップいいねをしてくれていた。

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