PHASE-712【廃れさせたい商売】

 S級さん二人によってこちらに連れてこられる人物は顔は分からないが、体つきで男とは分かる。

 俺達の前まで来ると、両膝にて立たされる。

 ゲッコーさんが小さく頷き、黒い袋が外される。

 久しぶりに陽の光を浴びたのか、男は光を拒むように目を細めて周囲を見渡し、自分が今どんな状況なのかを確認していた。


 黒い袋を外されて出てきた素顔は、彫りが深く、白と黒の混じった無精髭に、同色のざんばら髪。

 食糧が乏しかったのか、彫りの深い顔を際立たせるように頬が痩せこけている。

 だが簡素なレザーアーマーを纏った体の筋肉は削ぎ落とされておらず、腕の筋肉はしなやか。

 軽量級のボクサーみたいな体躯だった。


「名は?」

 目線を同じ高さに合わせるゲッコーさんの眼力には、気骨のありそうな人物でも怖じ気づくようで、細めていた目をしっかりと見開いてから視線を逸らし、素直に口を開いてくれる。


「ラルゴ。姓はない。ただのラルゴだ」

 何それ。なんか格好いい台詞だな。

 姓はない。ただのトールだ。言ってみたい台詞だよ。

 俺が琴線に触れているという事は、もちろんコクリコも触れているということ。見れば――、しっかりとメモ取っているので、台詞が気に入ったようだ。


「あんたは?」

 目の前の眼力の強い人物に問えば――、


「ゲッコー。ただのゲッコーだ」


「いや嘘つけ!」

 シリアスなシーンだったけど、ついツッコんでしまった。

 だってゲッコーさんはゲッコー・シャッテンって姓あるからね。

 俺やコクリコが気に入ったとなれば、名を問うたゲッコーさんも琴線に触れているわけだ。

 メモを取るコクリコよりも早く使用するあたりは流石だよ。

 

 ただのラルゴに、俺はなぜ姓が無いのかを問う。

 ――――孤児から奴隷。

 そういった生き方をすれば名前以外はないという。

 名前も少年時代、奴隷として働かされていた時、名前がないと不便であるという理由から適当につけられたものだそうだ。

 奴隷という発言に王侯貴族の皆さんはざわつく。


 王様が健全だった時、奴隷制度は撤廃したということだったらしいが、ラルゴはそうではないと否定。

 

 給金を払わず働かせることが出来る奴隷は魅力であり、裏社会では売買による取引が未だ盛んに行われているというのが現実だそうだ。

 

 自分の飼い主はまだまともだったから良かったとラルゴ。

 最低限の食事と、寒さをしのげる馬小屋もあったという事だった。

 雇い主が酷いと、当たり前のように消耗品として扱われ、大半が若くして命を落とすという。

 当然、死体は同じ奴隷たちが処理。

 聞いてるだけで胸くそが悪くなってくる。

 

 コボルト達がトロールに同じような事をされていたけど、別の亜人が別の亜人を奴隷にするという事より不快感を覚えてしまうのは、人間が人間をという、同種を奴隷にしているってのが理由だろう。

 トロールはトロールを奴隷にしない。

 人間は人間を奴隷にする。

 奴隷を肯定するつもりはないけど、同種を奴隷とする人間の方が、俺には愚かに見えてしまった。


「まあ実際は、元を取る為に俺は生かされてたんだろうけどな」

 まともというより、無駄金を使わずに利益を得たかった飼い主だったんだろうと、ラルゴは嘲笑。

 奴隷となって三十年以上こき使われたんだからな。と、嘲笑が自嘲に変わる。


「魔王軍には感謝してると言ってもいい」

 魔王軍の侵攻により、その混乱に乗じて飼い主から逃げ出すことが出来たからだそうだ。

 砦に籠もっていた連中の殆どがそういった類いの者達だという。

 最低限の装備をかき集め、自衛のための武装集団となり、砦に残されていた保存食で何とか食いつないでいたそうだ。

 混乱の中で砦は放置されたわけだから、魔王軍が拠点としていない時点で、結構な数の兵糧があったのかもな。

 

 砦に集まった者たちの中には、北の方――つまりは公爵領から逃げ出した連中もいるという。

 その人達の話では、北では奴隷商が今現在もかなり賑わっているとラルゴは聞かされたそうだ。


「前王弟でありながら、現王の奴隷制撤廃を無視しているとは!」

 バリタン伯爵の怒気に対し、


「俺たちからすれば、王も公爵もあんた達も変わらん」

 ラルゴは冷ややかに返す。


「言ってくれるではないか」

 禿頭が腰を曲げてギロリとラルゴを睨み付ける迫力。

 対して、ゲッコーさんの炯眼に比べれば対抗できるとばかりに、伯爵の睨みから目を逸らさないラルゴは――、


「守ることも出来ずに混沌とした世界を作り出し、城に籠もった脆弱な王侯貴族。奴隷で自らの資産を蓄える貴族や商人。保身を考えているという意味では一緒だろ?」

 と、抗弁。


「ぬうう……。ぬかしよる……。が、猛反して受け止めなければならない言葉でもある」


「受け入れるだけの器量はあるんだな」

 うつむく伯爵に笑みを見せるラルゴ。

 先ほど見せていた、嘲笑でもなければ自嘲でもない。

 嫌味のない、穏やかな笑みだった。

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