PHASE-246【これが当然】

「ふむん……」

 強い光源の輝きが終息すれば、トロールが乱杭歯をむき出して、ニタリと笑みを見せてくる。

 同時にギムロン達に目を向ければ、押し込まれてきている。

 

 流石に新米二人にとっては脅威である存在。むしろ、よくここまで耐えていたと思う。

 だが、経験が浅い分、ペース配分も玄人に比べるとお粗末。二人はすでに肩で息をしている。

 それだけに動きも鈍くなる。鈍くなれば、ベテラン二人にしわ寄せがくる。

 二体のトロールを相手に、牽制しつつ下がる一方だ。


「ファイヤーボール」

 反面、コイツには驚かされる……。いい意味でだが。

 俺たちが合流する前にも魔法を唱えていたはず。なのに、未だ元気に飛び跳ねている。


 おじいちゃんがコクリコを見たら【ほほ、めんこいましらじゃ】とか言い出しそうなくらいに敏捷だ。

 跳躍して唱えて。躱して唱えて。

 大したエンジンを積んでるよ。

 というか、まず勝ち目がないんだから三人とも逃げろよな。

 

 逃げて、町に戻って援軍を連れてこいよ。リュミット達を連れてきたら問題なく討伐できただろうに。

 三体のトロール相手に、黒色級ドゥブ四人がいる状態で火蓋を切る。実力的に俺を加えて五人。ベテラン二人には大きな負担だ。


 だが、事ここに至ればしかたなし。

 洞窟に魔王軍がいる以上、戦闘は避けられないし、トロールが戦いを止めてくれるわけもない。

 なら、ここで決するしかない。


 コクリコがヘイトを稼いでくれているから、もう一度、仕掛ける。

 ファイヤーボールを上手く棍棒で防いでいる。

 その分、棍棒での攻撃はない。

 狙うは今。

 構えて駆け、トロールの側面より足を狙う。

 胴打ちの要領で――――、


「読まれていますよ!」


「!?」

 コクリコの焦りが混じった声を耳朶にして、頭内でしくじったと呟く。

 読まれているといより、誘い込まれていた。

 攻撃を防ぐ棍棒にばかり注視していた失策。トロール自体を見ていなかった。

 まだ棍棒の攻撃範囲外だったことも油断に繋がってしまった。

 

 トロールは上半身を捻ると、ゴルフのスイングみたいに棍棒を振り、地面を叩く。

 俺に向かって礫を飛ばしてくる遠距離攻撃。


 散弾を思わせる礫を俺のスキルでは回避する事も、切り払う事も不可能。

 突然の不意打ち。もちろん後方からプロテクションの声は聞こえてこない。


「タフネス!」

 致命傷を避ける為に顔と腹部を守るように体を丸めて発する。

 すでに使用しているタフネスをもう一度口にするくらい俺は焦っていた。

 

 ゴッ! ビッ! ドッ! と、鈍い衝撃と、体を撫でていく凶暴な音が骨伝導で伝わってくる。

 遅れて鈍痛。


「いっつ……」

 痛いって感想だけで済んでるのが有りがたい。


 片膝をついた情けない姿だが、痛みがある以上は死んではいない。と、以外と冷静でもある。


 汗が額から頬にかけて流れていると思い、腕で拭えばそれは鮮血だった。


 ――……鮮血だ……。この世界に来て流血らしい流血は初めてだな。

 ベルにボコボコにされれば口の中は鉄の味だが、こんな派手な流血は初めての経験だ。


「ファーストエイド」

 プロテクションは無かったが、体を包んでくれる優しい暖かさと、緑光の輝きと燐光。

 痛みが徐々に緩和していく。


 プロテクションの支援が無いのは、不意打ちだったから対応できなかったのは当たり前。

 称賛すべきは回復魔法を唱える即応。

 黒色級ドゥブだが、俺なんかよりも遙かに多くの緊張感に支配された戦いを経験しているからこその即時対応。


 棍棒による一撃が見舞われそうになった危機。

 トロールが対策を実行してくる知恵。

 それを経験しているのに、俺の行動は安易なものだった。

 ヘイトがコクリコに向いているからと、だから狙うはここと、パターンな行動はよくないと思っていながらパターンな行動とる失態。

 ここにいる皆と違い、圧倒的、経験不足からくるお粗末さ。  


 これは時間を要する戦いになる。

 こちらが戦術を使うように、相手も戦術を当たり前のように使ってくる。これが普通なんだ。チート持ちといれば、こんな事すら分からない。

 相手が戦術を立案する前に倒してくれるからな。


 怠慢だ。ボスクラスを倒し、火龍を救い出した事で、俺は大した事もしていないのに、知らず知らず怠慢に支配されている。

 

 ホブを倒した時、危険な状況に陥れば、ゲッコーさんの確実な狙撃によって相手の攻撃を阻害。だからこそ倒すことが出来た。


 火龍の大魔法を防いでくれるベルの炎があったから、次ぎに繋がる大魔法使用の奇跡も生まれた。

 

 だが、ここには絶対なる安心感を与えてくれる人材は、申し訳ないがいない。

 そもそもいないのが当然。だからこそ己を磨いて、周囲と連係をとるんだ。 


「ありがとうタチアナ」


「いえ、本当ならプロ――――」

 掌をタチアナに向けて最後まで語らせない。それは俺がすでに頭の中で反省したから。

 タチアナが反省する事は、さっきの行動の中では一切ないと返すだけ。

 俺だけが反省すればいいだけだ。

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