PHASE-1058【THE・普通】

「リンファさんは忙しそうだな」

 奥の間へと案内されれば、案内役の一人であったリンファさんは一礼すると、俺達から離れていく。

 一挙一動、美しかった。


「姉さんは王族に仕えているからね。私的な時間以外はずっと仕事」

 秘書的な立場で活躍しているという。


「今朝もこんな感じだったのか?」


「そうだね。忙しいから挨拶程度だったよ。まったくさ~久しぶりに妹が帰ってきたんだから昨日も家に帰ってきてくれればいいのに。朝も殆ど話せなかったし。母様にも言えることだけど」

 言い方には寂しさがある。意外とシャルナは甘えん坊のようだ。


「戴冠式もあるからな。今は私的な時間も公務に使用しているのだ。お前も少しはカミーユとリンファを見習いなさい」


「嫌です。私は自由なる冒険者だから」


「うう……む」

 また親父さんのストレスが溜まりそうだな……。

 出来た姉と跳ねっ返りの妹。

 ある意味バランスはとれてるな。

 

 にしても、俺がこの国のエルフさん達に大人気だった理由は理解できた。

 そら次期王の恩人となれば感謝もされるわな。

 

 だが……、逆もまたしかり……か。

 エルフ王が調和を考えていても、現状を維持しようとする氏族。

 軋轢を生まないためにもギリギリのラインでの駆け引きってのがあるんだろうから、エルフ王も強くは変革を望めないんだろう。

 長い間、階級制に変化はなく、それによって不満が大きくなっているのはダークエルフ達を見れば分かる。


 だからこそ王族の恩人である俺達はダークエルフ達から歓迎されない存在ってわけなんだよな。

 大人たちは棍棒を向けてきて敵意むき出しだったもんな。

 反面、ハウルーシ君は礼儀正しく俺達に敵意はなかった。

 

 ――経験した。もしくは経験した者から恨みに染まった話を聞かされた者達がこの国の現状に敵意を抱き、その次の代である子供はそれらが過去の事だから恨みに染まりにくいのかな?

 だとしても、現状の生活環境には不服を抱いてはいるだろうけど。


 次の王であるエリスがこの部分にどう着手するか。

 間違いなく大変だろう。

 なんたってとんでも長い時代の中、改革がほとんどなされないまま、この国は存在している。

 これからもこのままで良いという考えが多くを占めるかもしれない。

 だからこそ先ほどのコクリコの言葉は胸に突き刺さっただろう。

 協力できることがあるなら協力はしてあげたいところだ。


 ――――ふむ。

 なんというか。

 王族や氏族が客人を招くために開いた会食の場という割には――、


「質素ですね」

 流石はコクリコさんだ。

 謁見の間でもはっきりと言えるだけあって、食事の場でも遠慮なく言い切るのが素晴らしい。

 しかもしっかりと全体に聞こえるように言うんだもん。

 そこにシビれる、あこがれない。

 トドメに、これならルミナングスさんの所で食事を取ったほうが満足がいくとまで付け加えれば、この場に参加しているルミナングスさんは胃を擦る。

 

 王やここで準備の指示をしていたと言っていた、二人の名無しの権兵衛さんである氏族に対する侮辱として受け取られそうだな。

 

 その二人は発言を聞いても不快さは見せず、むしろこちらに頭を下げてきた。


「すみませんコクリコさん」

 と、父親より先に到着したエリスが真っ先にこちらに来て謝罪。


「ほう! トールには様をつけてこの私はさん付けですか。随分となめられぃ!? です!」


――か。確かにこの先この国を牽引する御方なのだからな。偉大なのは当然だな」

 姉御モードだったコクリコはさっきまでといったところ。

 今はただの調子に乗った残念モード。パーティーメンバーから追放したくなるという思いが強くなる残念さに溢れている。

 残念このモードはベルが拳骨をすることでしっかりと黙らせることが出来るのがありがたい。


「エリスヴェン殿下と我々は皆様の考えを汲んだのですよ」

 と、ここで蛇さん。

 続くように、


「然り、然り」

 のイエスマン。

 謁見の間でのコクリコの階級による歪みがいずれこの国を滅ぼすことになるという至極真っ当な発言を素直に聞き入れた王側と違い、捻くれて受け取った蛇さんたち氏族側によって、急遽、食事は質素な物に変更されたようだ。


 なるほど――ね。だから名無しの権兵衛さん達はこちらに頭を下げてきたのか。

 蛇さんサイドではあるけど、あの二人の氏族は派閥だと、やや蛇さん寄りの中立ポジションってところかな。


 急遽、変更された食事はテレリやウーマンヤールが食する一般的なもの――パンとスープだった。

 エリスと準備に携わった二人の氏族の申し訳なさそうな表情からして、変更した張本人は蛇さんってところだな。

 流石は氏族筆頭。発言力は強い。

 

 だがまあそんな事はどうでもいい、


「せっかく用意していただいたので有り難くいただきましょう」

 と、余裕綽々に返す。

 俺がしっかりと皆の顔を見渡し、続いて準備をしてくれた方々に感謝を述べる。


「大恩あるという勇者のために準備したのがパンとスープ。大恩を具現化させたのがこれとは――、エルフの大恩とは人間が思う恩とは大きくかけ離れているようで」

 拳骨を受けたというのに、食に関しては引き下がりたくないのか、悪びれることなくはっきりと言い切るコクリコ。

 対してエリスがエルフを代表して頭を下げる。

 こんな時になぜ遅れるのかと、王である父親に対する不満も零していた。


 流石にこれは嫌がらせだとしても行きすぎだったのではないかと思ったのか、イエスマンは蛇さんの表情を窺うが、細目の蛇さんはその表情を変化させることなく手に杯を取り、


「では勇者殿。乾杯のご挨拶をお願いいたします」

 と、言ってくる。


「この国を訪れた自分でよろしいんですか? それにまだ王様が来てませんが」


「先に楽しんでいてほしいとの事でした。是非に――勇者殿」

 ここで口元を緩める蛇さん。

 俺の失態を望んでいるのか、それとも試しているのか。

 ともあれ俺はコクリコのように直ぐに思ったことを口に出すタイプじゃないからね。

 制御は出来るんですよ。格好悪く言うならヘタレなだけだけど――。


「本日は我々のために一席を設けてくださり有り難うございます。エリスヴェン殿下と、その殿下が王となった後に支える皆様と懇意な間柄になれればと思っております」

 当たり障りのないTHE・普通の挨拶。

 氏族サイドの席を見れば蛇さんがこちらに軽く会釈。

 細目も相まって、どういった感情からの会釈だったのか分かりづらかった。

 

 反面、分かりやすかったのはポルパロング。

 謁見の間からずっと蒼白だった表情が、俺の懇意な間柄になれれば――という発言を耳にした途端に相好を崩した。

 

 俺達とお近づきになれる為の案でも思い浮かんだのかな?

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