異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

PHASE－1059【やっぱ試してたのね】

　まあポルパロングは良いとして、

「では今日この日、互いの関係が不変の友好へとなることを願って――乾杯」

　挨拶に続いて音頭を取り、杯に注がれた酒をグイッと飲めば、コクリコ以外の皆が続く。

「まったくらしくない言い回しですよ」

「だろ。姉御モードじゃない時のコクリコでは、俺の大人な対応は分からないだろうさ」

「分からなくていいですから、もっとマシなモノを出してもらいたいものです」

　小声になるのはベルから拳骨をもらいたくないからだろうな。

　その辺はしっかりと学習できてるな。

　いや、出来てないか。出来ていたらそもそも拳骨を喰らう事なんてないわけだし。

　不満を漏らすコクリコに対し、

「いいじゃねえかよ。初心忘るべからずだ」

　パンに塩だけで味付けしたの？　と言いたくなるようなスープをすすって初期の頃は頑張ったからな――俺。

　その頃に比べればこのスープにはしっかりと野菜や肉も入っている。

　あの時に比べれば恵まれすぎてるね。

　あの時を経験しているからこそ、俺は食に対してそこまで不満は出ないけど、食い意地の強いコクリコはその辺の我慢は出来ないのも今まで見てきたからな。

　この辺は成長できていないな。

　これなら最初の頃の、お偉いさん達の前では借りてきた猫みたいになるコクリコの方がよかったな。

「うん。美味い」

　パーティーを代表して俺からスープをいただく。

　たくさんの具材から出たうま味が見事にスープの中で混じり合い、お互いを尊重している。

　テレリやウーマンヤール達の食事を元にしたとか言っていたけど、使用される材料は別次元の高級食材のようだ。

　蛇さんの考えが分からんね。

　元にしたなら材料もそれにあわせるだろうに。

　流石に自分たちも口にするから食材だけは妥協したくなかったのか？

　それとも出された品に対してこちらがどういったリアクションを取るかを確認したかったのか。

　後者だった場合、明らかにこちらを試そうとしてるように思える。

　――ふむん。やはりあの細目からは感情が読みづらい。

　だからこそ油断できない相手でもある。

「これは見事だな」

　と、ベルもスープを口にすれば満足な声。

　それに他の皆も続けば同様の感想。

「良かったです」

　と、エリスは胸をなで下ろしていた。

　さっきまで参加が遅れている父親に不満を漏らしていたが、緊迫した場が若干なごんだことで心にゆとりが出来たようだ。

　にしても本当に美味いな。

　白い陶器からなるスーププレートを澄んだ琥珀――金色で彩るのはコンソメスープ。

　しっかりと野菜や肉のうま味が混ざり合い、具材も食べ応えがあり、これ一つで立派な食事が出来るようになっている。

「ぬぅ!?」

　パーティー内で不満を漏らしていたコクリコだったが、メンバーの中で一番最後にスープを口に運べば、目をくわりと見開き、後は止まることなく口に運び続けた。

「こりゃ酒の肴にもいいの～」

　ギムロンもご満悦。

　乾杯酒は一気に飲み干し、代わりに持ち込んできた自前の酒を杯に注いでガブリと呷ってスープをすする。

　肴っていうかチェイサーだな。

　スープがチェイサーって例えもあれだけど。

　スープと並ぶパンもしっとりとしていてきめ細かく、口にすればずっしりとしながらも柔らかで心地の良い抵抗が上顎と下顎に伝わってくる。

　質素なようで実際は手間がかかった一級品であった。

　コクリコが黙々と食べ続けるのが良い証拠。

　そして――、

「これはお見事ですね。これで味までひどかったならシェフを呼べッ!!　と、怒気を帯びて叫ぶところでした」

　女将を呼べッ!!　な、美食倶楽部の創設者とコクリコが重なって見えた。

「ではその思いにお応えして、料理人に来ていただきましょう」

　しっかりと聞こえていたようで、向かいに座る蛇さんがそう言えば――、

「喜んでもらえてなによりだ」

　俺達の前に現れるコックコートの男性。

　その声は……。

「父上。遅いですよ」

　やはりエリスの父親。

　つまりはエルフ王その人か。

　このスープはエルフ王が自ら作ったという。

　それを知っていたのは氏族では蛇さんだけだったようだ。

　ルミナングスさんも知らなかったようで驚いていた。

　ポルパロングと名無しの権兵衛のお二人さんも同様のリアクション。

　イエスマンはなぜ自分にも黙っていたのかとばかりに、蛇さんに対して不満を滲ませていた。

　これだと自分だけが本気で嫌がらせをしていたようだといった事からの不満だろう。

　イエスマンは道化もいいところ。

　そんな視線を無視する蛇さん。やはり試してたんだな。

　といっても、俺ではなく――、

「まったく。この程度の事で右往左往するんじゃない。私の参加が遅かった中で起きた事案にどう対応するかと思っていたが、謝るだけしか出来なかったか」

　――次期王になるエリスを――。

　自分がどういう風に立ち回るかを見られていたと知ると、エリスは情けなさから顔を伏せていた。

「勇者殿。試すような事をして申し訳なかった。不快にならず美味いと食してくれた寛大な心に作り手として嬉しくなった」

　何となく試されているって考えも巡らせていたし、横でコクリコが不満を漏らしていたのをなだめるのでそういった感情すら芽生えませんでしたよ。

「とても美味しかったです」

「ええ、まったく。この私を唸らせるとは」

「ロードウィザード殿も満足してくれたようで何よりだ」

　不満を耳にしていただろうけど、そこには突っ込まない。

　俺に寛大とか言うけど、この王様こそ寛大だな。

　謁見の間では顔は見ることが出来なかったけど、やはり――イケメン。

　高身長イケメンである。

　エリスも大きくなればこうなるんだろうな。

　輪郭は父親と似ているからね。

　細身のイメージがあるエルフだけど、コックコートの上からでも分かる胸板の厚さと二の腕の筋肉。

　――この人、かなりの手練れだな。

　修練を欠かさない強者の気配がプンプンだ。

　でもって、エリスもだけどエルフ王も金髪が短い。

　他は長いのに、王族はテレリやウーマンヤールのように短い髪型だった。

　民に接する王族って意味合いで短くしてたりするのかな？

「息子よ。勇者殿のように寛大な心と、ロードウィザード殿のように剛胆な心をもたないとな」

「……はい……」

　俺は別に寛大ではないし、コクリコは剛胆じゃなくて空気を読まずに自分の思ったことを言っているだけなんですけどね。

　国のトップにそう言われてコクリコはご満悦だけど……。

　反面エリスには気骨さがない。我が親の参上を待ち望んでいるようではまだまだと苦言を呈されれば、小さな体はますます小さくなっていた。

「しゃんとしなさい。次代の王よ！」

　剛胆な心とか言われて嬉しかったのか、落ち込むエリスの背中をばしっと一度叩いて背筋を伸ばさせる。

　やめろ……。王族に対してそんなことをするな……。

「その通りである」

　コクリコのその一打を呵々大笑ですませる王様は、やはり俺なんかと違って本物の寛大な心を持っている人物だった。