PHASE-1418【騎馬と騎獣】

 う~む、塗布か……。

 ――……塗布ね……。

 相手に朱色を塗るとか意味あるのかね……?


「……あのさ、騎兵の突撃からの刺突となれば……、部位がどうこうじゃなく、何処に当たっても吹き飛ばされるよね?」


「馬、狼から落ちた場合でもそこで退場です」


「いや、うん……」

 落ちるじゃなく吹き飛ぶんだよな……。

 思い出すのは高順氏の指揮の下、騎兵が繰り出した攻撃。

 騎兵の加速力からの刺突ってのはソレだけで一撃必殺……。

 よしんば吹き飛ばずに落ちたとしても、狼はともかく馬に踏まれれば、それだけで命はなくなる……。

 特に人間の子供くらいの身長しかないゴブリンならひとたまりもない。 

 演習だが、下手したら死人が出るかもしれないな。この模擬戦……。

 それを少しでも軽減させるためなんだろう。騎兵とは別に、プリースト系の面々が後方で待機している。

 即座に回復することで致命傷を避けるって事なんだろう。

 でも、間に合わないこともありそうだな……。

 

 なんて考えている中で、


「会頭は賭けている私兵の皆さんが有利だと見ますか?」

 これから始まる模擬戦で死人が出るかもしれないのに、落ち着き払ったルッチからの質問。


「まあ、有利だろうね」

 と、返す。

 血生臭そうな展開になるかもしれないのにこの落ち着きよう。

 こういった模擬戦を見慣れているのかな?


「やっぱり大きさが違いますからね」


「そうだね」

 如何にミストウルフが俊敏であっても、狼と馬では大きさだけでなく高さがあまりにも違いすぎるからな。

 しかもラルゴ達の軍馬は爺様が用意させたもの。

 北方のミルド領にて育てられた軍馬は、農耕馬のように大きいから更に威圧感がある。

 要塞防衛でもそういった軍馬たちが猛威を振るったのは記憶に新しい。

 常に威圧感を与えてくる立ち位置から見下ろされれば、ゴブリン達は間違いなく呑まれてしまうだろう。

 それを足となってくれているミストウルフ達が、どう御してくれるかだな。

 見た感じ、狼たちは軍馬の大きさに対しても恐れを抱いているという感じではないからな。

 主従関係というより、共生関係にあるゴブリンとミストウルフ。

 戦いとなれば、ミストウルフたちがイニシアチブを握りそうだ。


「いよいよ始まりますよ。会頭!」

 両軍が睨み合う距離は二百メートルほど。

 見合う双方の中央部分に一人が現れれば、手にした弓を構えて鏃を空へと向ける。


「ていうか、クラックリックじゃねえか」

 開始の合図はクラックリックが担当するみたいだ。

 ルッチの説明では、審判役は黄色級ブィ以上が担当することになっているという。

 引かれた弦を勢いよく放せば、ビィィィィィィィィ――と甲高い音を発しながら鏑矢が空へと向かって一直線に飛んでいく。

 音と共にクラックリックは素早くその場から立ち去る。

 その動きに続くように、相対する両陣営から鬨の声が上がる。

 ラルゴ達は軍馬を棹立たせた後、喊声を上げつつ襲歩にて駆け出す。

 対する騎獣サイドからもゴブリン達がけたたましく声を上げるが、それ以上にミストウルフたちの咆哮が大きい。

 群れからなる咆哮を至近でくらえば、大型生物のバインドボイス並のプレッシャーを受けそうだ。

 咆哮の後、ミストウルフ達も駆け出す。


 ゴブリン達は前傾姿勢。


 一見、ミストウルフから振り落とされないように懸命にしがみついているようにも見えるが、ゴブリン達にそういった恐れはなく、迫ってくるラルゴ達を睨み付けながら、左手でミストウルフのうなじ部分の毛を掴み、右手の長棒は、右腕をダラリと下げた状態で握っている。

 無駄な力を入れないで、ここぞという時に下方から突き上げるという戦い方のようだ。

 高さでは勝てないから死角まで入り込んでからの一撃狙いだろう。

 だがその為には、死角に入り込むまでに騎馬サイドの攻撃を掻い潜らないといけない。

 双方の装備は長棒だけども、人間が手にする長棒と、ゴブリンが手にする長棒ではリーチが違う。

 騎馬側は三メートルを超える二間槍にけんやりを模した長棒。

 騎獣側は二メートルあるかないかの短槍を模した長棒。

 この差は開けた野戦だと後者が不利。

 しかも大型の騎馬の重圧を正面で受けながら死角までの接近を実行するのは相当の度胸が必要だ。

 脅えれば途中で停止するだろう。

 そうなれば後続は急に止まれないから玉突き事故を起こす。


「どういった戦術を授けてるんですかね? ――翁」

 この場にいない翁に問いかけるように独白。


「凄い迫力だよな!」


「だな!」

 俺の隣ではルッチのカルエスが騎兵戦に大興奮。

 五十と五十の突撃。

 この大規模演習を見ている者達は、俺の側にいる二人同様に興奮からなる声を上げる。


「大したことないね~」

 と、周囲の興奮に水を差すのは、俺の左肩に新たに備わった取っ手に肘をつき、足を組んで眺めるミルモンから。

 

「訓練中の者達の突撃だからな。このくらいなんだろう」


「そうなんだろうけどさ。迫力ないよね」


「そう思うのも分からんでもない。俺達はこの世界でも上位に入るであろう突撃をつい最近、至近距離で経験させてもらったからな」

 高順氏が指揮する精兵達からなる騎馬突撃と、目の前のを比べてしまえば後者はお粗末。

 要塞防衛における高順氏の騎馬突撃は圧巻の一言だからな。

 そもそも比べるものじゃないけど。


 高順氏の指揮の下、一つの生き物のように動き、突撃と騎射で敵陣を壊滅させていく姿を目の当たりにして、止める事の出来ない圧倒的破壊力――ジャガーノートという単語が口から零れたからな。


 あそこまでの技巧到達は難しくとも、あの破壊力に追走できるくらいの実力にはなってほしいところ。

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