PHASE-74【ヒャッハー! 湯船だ! 飯だ!!】

 ――――ほほう。


「器用だな」


「趣味だからな」

 完璧超人だな。 

 リズミカルに包丁でさばかれていく野菜。正確無比である。


「この家は、調理器具がしっかりと揃っているな」

 な。げに恐るべきは、ギャルゲーの世界よ。

 ここで料理が得意なヒロインが全力になるんだぜ。羨ましいけど、現状では俺も同じポジションだ。

 だがしかし――、


「簡単なものにしようぜ」

 調理器具がいいからって、全力をだされてもな。俺はグーペコなんだ。さらさらっといけるのがいいんだが。


「待っていろ」

 うむ、台所においては、作り手には逆らってはいけない。

 制胃権はベルが握っているのだ。逆らえば、食事はない。


「風呂にでも入ればいいだろう。入ろうとしていたのだから」

 継ぐベルに、


「その言やよし!」

 って、元気に声を出せば、驚いた表情が返ってきた。

 対して俺の表情は、鏡がないから分からないが、キリッとした顔になっているはずだ。

 背筋もビシッと伸ばして、言われるままにリビングを後にするよ。

 ソファーで俺を半眼で見ていたゲッコーさんとは、ほぼほぼ視線を合わせることはなかったけども、俺がリビングから出るまで、ずっと見ていたみたいですね。

 ――――うむ、ここに赤髪の美人中佐が入っていたわけか――――。

 風呂場は未だに湯気があがっており、シャンプーと石けんの香りが未だに残っている。

 湯船に手をいれれば適温だ。

 大急ぎで頭と体を泡まみれにしてからシャワーで洗い流し、湯船を凝視。

 美人様のエキスが配合された湯船ですか――――。

 誰が見てるわけでもないが、自然と敬礼をする俺。

 次には勢いよくドボンと入れば、そのままの勢いで潜る俺。


「――――最高だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 潜った中での大音声。

 俺の思いの丈が、泡となって湯船に浮かび上がっていく。

 間違いない。俺は今、うかれている。

 どうだい、この行動を第三者が見てたら、間違いなく変態の烙印を押されるってものだ。

 だが、おとこ、否、おとこには時として、後先考えずに実行しなければならない時があるのだ。

 迷いを断ち切り、行動しなければいけない時に実行する者こそ、勝利者と呼ばれるようになるのだよ。

 決して変態ではない! 勝利者なのだ!!

 そう! 俺は変態ではない。勝利者だ。なので――――、湯船のお湯は飲みません。

 湯船に肩までつかりながら、訳の分からない持論にて、自分を擁護し、律する俺がいた――――。


「お!」

 リビングからよき香りがする――――。


「すげー!」

 この世界に来てから、ようやくまともな食事にありつけそうだ! 

 基本はゲッコーさんからの提供である、携行食がメインだったからな。

 住人と比べれば、贅沢ではあったけども。


「ハンバァァァァァァグ」

 言ってなんだが、ヴィブラスラップは手に持っていない。


「うむ。フリカデレだ。あとはアイントプフだ」

 ハンバーグって言わないのか。トマトスープの煮込みハンバーグみたいなんだが。

 まあいい。で、この具だくさんなスープがアイントプフね。

 ソーセージに野菜やレンズ豆がたっぷりだ。


「ドイツ料理だな」


「いえ、プロニアスの料理です」


「うん……」

 素直に受け止めるゲッコーさん。

 ドイツなんて国は、ベルの世界にはないんですよ。


「いただいていいか」


「食すがいい。もっと煮込んだ方がいいのだが」

 いやいや、これ以上またされたら狂いそうだ。

 まずは何が何でも肉だ!


「――――肉だ! 噛めば肉汁あふれだす肉だ!」

 やばい、王城で歓待を受けた時よりも美味い!

 王城のはシンプルすぎるからな。この世界ではまだ料理にかんしては、焼く、蒸す、煮るの単純なもので、ベルのような味付けの技巧はないもの。

 美味すぎて涙が出てきそうだ。


「なぜ泣いている?」

 もう泣いていたようだ。


「トールの気持ちは分からんでもないな。このフリカデレ――――美味すぎるっ!」


「どうも」

 おう、照れてる顔が可愛いじゃねえか。ゲッコーさんの美味すぎる発言も聞けたし、最高の夕食だ。

 こうなってくると、俺の口は我が儘になるね。日本食が食べたいという我が儘だ。

 暇な時にでも、ベルに料理の技巧を教わるのもいいな。コツコツと学んでスキルを上げる。俺には地道な方法がお似合いだな――――。


「聖龍の救出もだが、囚われた人々も救いださないとな」

 食事を終えてからの紅茶を堪能中に、今後の行動の確認をゲッコーさんが口にする。

 俺たちが救い出した女性たち以外の、連れ去れさられた女性や子供の行方は未だ分かっていない。

 砦で救い出した女性たちも、全体の一握りでしかないからな。攫われてから日が経つとなると、あんまり想像したくない結果にもなりそうだ。


「我々は、この世界で瘴気を気にせずに活動できる。様々な地域に赴き情報を得て、行動を起こす。時間はかかるが地道にやっていくしかないでしょう」

 地道。ベルはいい事を言う。料理のスキルも救出も地道にやっていくしかないんだよな。

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