PHASE-984【カウンター】

 痺れと鈍痛に耐えつつ、次に迫ってくる輝きある斬撃に対してイグニースを展開して無理矢理に距離をとらせる。

 というより、鉄仮面自ら安全圏へと移動したと考えるべきか。空から落っこちてくるモノに対して――。


「ハハハハッ――! さあ、全員焼け死ぬがいい!」

 シェザールの哄笑が煌々と照らされた夜空に響く。

 どうする。スプリームフォールを発動して無理矢理にでもあの火球を消火するか?

 大魔法と大魔法のぶつかり合い。相殺することは可能かも知れない。

 そうなれば瀑布による被害もこの辺りに出ることはないだろう。

 だがしかし、強烈な熱を発する巨大な球体に水をぶっかければ、水蒸気爆発が生じる可能性も考えられる。

 そうなると爆発によって被害が更に大きくなるだろう。

 イグニースで防ぐか? シャルナやリンと協力して防御魔法で防ぐのが正解か。


 ――本当に? 


 直径が二十メートルはあるだろうガスタンクサイズのモノが落ちてくるのを防ぐには、眼前の砦を思わせるような相当数の障壁魔法を使用できないと無理がある。

 

 ――……なるほど……ね。

 目の前の連中がプロテクションを展開して要塞のようにしているのも、シェザールの大魔法に一応の備えという意味合いもあるんだろう。

 その証拠に距離を取った鉄仮面と、カイルが挑もうとしていたガラドスクも一時、障壁の中へと戻っている。


「シャルナ!」


「無理! 広範囲を防ぎきる魔法は使用できない」

 付き合いの長さのお陰で、名前を口にしただけで俺が何を意図していたかを理解してくれたのは助かるが、期待していた返事ではなかった。


「リン」


「はいはい」

 この状況で余裕ある笑みを湛えいているな。

 そんな笑みを見てしまうと――、


「期待したいんだけど」


「どうしようかしら」

 本当にこの状況でその余裕は羨ましいよ!

 だがな。シャルナに比べて付き合いは短いけど、動かすことなら簡単だぞ。


「――いいのか。ここで防がないと公爵旗が燃えてしまうぞ。防げるのに防がないとか――ベルはどう思うだろうな」

 怒気ではなく、冷淡な声音にて伝えてみる。


「わ、分かったわよ!」

 リンらしからぬ焦燥混じりの即答。

 いつも余裕のリンだが、自身が有する力を否定するかのような理の外にいるベルが絡んでくると、途端に素直になる。

 ベルが自分に対して何か言ってくる前に即答と即応。本当にリンらしくない。


「なにを相談しようとも無駄だとしれ。我が最強魔法であるライジングサンを止めることな――」


「グラトニー」

 長い髪から覗かせる余裕に満ちた笑みのシェザールだったが、リンが発動した魔法が原因で一瞬にして引きつったものへと変わった。

 目の前の出来事が信じられないといった感じだ。


「いいわね~。その台無しにされた時の絶望感に支配された顔」

 さっきまで哄笑していたシェザールに嘲笑と共に言葉を投げるリン。

 ガスタンクサイズの火球の下方に、ぽつんとバランスボールサイズの黒点が現れると――、巨大な火球がその黒点の中へと勢いよく吸い込まれていった。

 ――――瞬時にして呑み込まれた火球と、火球を平らげて満足とばかりに消え去る黒点。

 再び月と星々が主役となる正常な夜空へと戻る。


「ば、か……な……」

 膝から崩れ堕ちるシェザール。


「カウンターマジック。しかも詠唱破棄スペルキャンセルの大魔法だと……」

 弱々しく言葉を継ぐと、


「よほど自分に自信があったようだけど、その自信を体現した大魔法が容易くかき消される気持ちはどう?」

 ドヤ顔のリンはしっかりと見下ろす姿勢。


「先ほどのライトニングサーペントといい……何なのだお前は……。埒外の力を持った術者ではないか!」


「本当に貴方は素直に相手を評価できるわね。弱者だけどもそこは美点として見てあげましょう」

 カウンターマジック――。

 発動された魔法を封じたり、跳ね返したり倍返しにする魔法らしい。

 術者との差が拮抗していれば、カウンターマジックによる封じは失敗することもあるそうだが、今回は詠唱破棄スペルキャンセルによるカウンターマジックの大魔法が、詠唱ありの大魔法を容易く封じるというものだった。


 圧倒的な実力差があるからこそ可能とした光景。


 大魔法同士のぶつかり合いで、自分とリンとの間には途方もないほどの差があると理解したシェザールの痩せこけた顔は、更に痩せこけて見えた。

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