PHASE-867【たまに冷酷だから余計に怖い】

「この場合の動きは和平か敗北宣言でしょうね」


「トールの言は正しい。と、思いたいな」

 と、王様。


「馬鹿を言うな! 我々はまだ負けん」


「よいしょ」


「ぐえ!?」

 思いっきり殴ってやれば、痛みはないのに一々と声を上げる。


「我々とか軽々しく使うな! お前のためにこれ以上の流血は俺が許さない」


「貴様が許さなくとも俺が許す」


「……あ、そう……」

 俺はいま半眼になっている事だろう。

 返しも冷たいものだったはずだ。

 冷めた殺意ってのが体を支配する。

 鞘に収めていた残火を抜き、ブレイズを発動。


「アンデッドだからな。炎はまるっきり駄目だもんな。俺の刀で荼毘に付してやる」

 残火に炎を纏わせ、声には仄暗さを纏わせる。


「ひぃぃぃぃぃぃ……」

 こいつはアンデッドになっても変わらないな……。

 強気だと思えば途端に恐怖に支配されるし。

 ヘタレは面倒くさい。


「まあ、落ち着けトール。それで旗は目に入ったか」


「あ、はい」

 俺と馬鹿のやり取りで中断させられて困っていた竜騎兵に王様が問えば、


黄緑おうりょくの旗に真紅の大熊紋」


「おお!」

 馬鹿の声が喜びで高くなる。


「そうか――では、挨拶をせねばな」

 反対に王様の声は重い。

 緊張していると見るべきか。


  ――馬鹿はとりあえず拘束。

 アンデッドとなっているので、同じアンデッドのミランドとスケルトンルインが見張り。

 加えてオルトロスモドキとマンティコア三頭が見張りについてくれる。

 元々の主など今の主と比べれば取るに足らないということなのか、ベルや俺の事を新たな主としたようで、告げるだけで喜んで従ってくれた。


「スケルトンルインが見張りになってる時点でなんの問題もないですけどね」


「一応は要人だからな」

 念のためとゲッコーさん指示でS級さん二名も見張りについてくれる。

 何か悪巧みを企てても無力化できるし、あんな奴でも隙をみて助け出そうとするのが隠れ潜んでいる可能性が現状ではまだあるからな。

 S級さんがいる以上、それも不可能だ。


 ――――悠々と王様と一緒に要塞北に位置する防御壁の正門より出てから待つ。

 アクシデントに対応するために、壁上胸壁やタレットでは、S級さん達がM249をバイポッド展開し、依託射撃の姿勢で待機。

 もし相手が攻撃の素振りを見せようものなら、糧秣廠での悪夢が再びということになるので、お願いだから無血であれと願う俺。


「一騎来ます」

 と、言えば伯爵は両手にオリハルコンからなる硬鞭を持ち、肩をそびやかせての威風堂々な姿で威圧。

 相手は旗だけを手にして馬を走らせ、俺たちの手前で襲歩から駆け足と速度を落とし、一定の距離にて足を止めて下馬。

 片膝をつく姿勢になる。


「征北の装備ですね」


「征北の中でも特別な近衛の者だろう」

 四男坊であるヨハンの配下であり、特別な任に就く者。

 近衛職となれば誰がここに来たかは分かりきったこと。


「如何な用件か」

 と、俺達の前に立つ伯爵が圧を加えて返答を求めれば、


「ミルド領主。ランスレン・パーシー・ゼハート様の名代でございます」


「うむ。して」

 ここで王様が伯爵と肩を並べる。


「我が主は、ラスター・フロイツ・コールブランド殿下との戦いを望んでおりません」


「それはこちらもである」


「おお! では――」


「少しお待ちを」

 ここで先生の登場。

 湛えるのは悪そうな笑み。


「な、何でしょうか?」

 名代の騎士も何かしらを感じたのか声に不安さがある。


「望んでいないですませるのはいかがなものでしょうか。一度、振り上げた拳を下ろすのに、その一言だけで済ませるおつもりでしょうか?」


「あ、いえ。その……。公爵様の知らぬところで起こった事でして……」


「ご子息の育ち方は目に余ったことでしょう。諫言で正す機会もその度にあったはず。そうしなかったからこその現在なのですよ。知らぬところと言ったところでまったくもって弁解になっておりませんね。王はともかくとして、我々はまだまだ戦えるだけの余力もありますし、私としては蚕食のようにそちらの領土をジワジワと侵略したいとすら思っているのですよ?」


「それは完全なる侵略行為では……」


「知りませんよ。侵略結構。そもそも先に侵略を起こしたのは公爵殿の愚息でしょう。私は全人類、共存する者達の安寧を考えて魔王軍に集中したいのです。だというのに後顧の憂いに常にちらつかれても困るというもの。責任という意味合いでも、ミルド領は公爵殿を始め、それに組みする貴族と豪族、素封家など権力を有する者たち全てを対象とし、王への反旗と大陸を乱脈へと陥れる事に荷担した罪として、族誅したいと思っているくらいですから」


「な!?」

 先生が喋々と語るのは北側にとって心胆を寒からしめる内容。

 この北国の気候以上に、体の芯まで凍えさせる内容。


 先生の不敵な笑みと本気であるという声音によって、名代の騎士は一瞬にして表情から生気が抜け落ち、唇は紫色に変わっていた。

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