矮人と巨人

PHASE-1283【手綱捌き、馬ともに立派】

 ――――。


 トールハンマーを出て西へと進んでいく。

 木壁が途切れると、しだいに山々に囲まれた風景へと変わっていく。


「――なるほどね。この辺りに住んでいるドワーフ達が瘴気の影響を受けなくてすんだのは、この高い山々に囲まれているからか」


「その通りだと思われます」

 と、パロンズ氏が返してくれる。

 緯線で見れば、この位置とリオスは同じラインに存在するんだろうけど、向こうは湿地帯に囲まれた平野のような場所だったからな。

 土地の差が危機の差として出たんだな。

 王土や他の領地と、バランド地方を遮るように大陸の南北に聳えるカンクトス山脈と同じような効果があったのかもしれないな。


「しばらく道なりに進めばアラムロス窟へと到着します」

 道なりといっても進む道は悪路。

 王都と要塞を繋ぐ街道とは違い、整地はされていなかった。

 道案内であり御者も担当してくれるパロンズ氏の手綱捌きによって、馬車は悪路をものともせずにサクサクと進んで行く。

 馬車の車輪がスタックしない部分を見極めての移動。


「お見事です」

 感嘆の声を漏らせば、


「これは四頭の馬たちが互いに息を合わせているのが素晴らしいのですよ。そして悪路をものともしない馬車の造りが見事なのです」


「だとしても、それを活かせるだけの技量がパロンズ氏にはあるんですよ」


「その通りです。これだけの手綱捌きは冒険において必須です。十分に活躍できる能力です」

 パロンズ氏の横に座るコルレオンが俺に続く。

 力が無いから役に立たないと、以前に組んでいた即席パーティーに言われた事なんて気にしなくていい。

 これだけの技量を持っているのに、それを見抜けない者達は冒険者として大成しないとまで付け加える。

 励ますための発言でもあるんだろうが、コルレオンの言っている事は間違いではない。

 メンバーに負担をかけることのない移動技量を持つというのは、冒険においては大事なことだ。

 長距離移動となれば乗っているだけでも疲れる。それを軽減させることが出来るのと出来ないのでは、その後のクエストなどに対応する時のコンディションにも左右するからな。

 

 心からのコルレオンの称賛に対してパロンズ氏は笑みを向けていた。

 ――が、心からの笑みではなく、作り笑顔を顔に貼り付けてのものだった。

 自信を持ってそうであろう! といった強気な笑みで返してもいいだけの技量なんだけどな。

 コクリコはこういったところを指摘したんだな。やはり慧眼は俺以上だ。

 パロンズ氏にはポジティブな心の持ち主になれるように、今回の冒険ではそういった精神面強化に結びつけてほしいところだ。

 冒険中は、自信の塊であるコクリコから一割でもいいから影響を受けてくれればいいな。


「会頭」


「タチアナも慣れてきたようだな」


「私の場合は、完全に馬が私の無駄な挙動を制してくれていますので」

 言いつつ優しく馬の首を撫でてやれば、ブルル――と、嬉しそうに鼻を鳴らしていた。

 タチアナが乗る馬は、王都にてザジーさん達が大切に育てている馬。

 本来、御するってのは、人が巧みに馬を操作するって意味なんだろうが、王都の馬は俺が騎乗するダイフクも含めてその逆だからね。

 これもザジーさんたち調教班の励みによるもの。

 後方で支えてくれる方々の存在は本当に大きく、有り難い。


 ――。


「見えてきましたよ」

 手綱から左手だけを離し、そのまま食指だけを伸ばすパロンズ氏のその太い食指の先を見やる。


「……なんか不気味さを感じますね」


「そうでしょうか?」

 草木が生い茂るのはエルフの国と同じ。

 寒い季節だというのに青々と生い茂っている風景の中に、ぽっかりと空いた穴はそこだけが真っ黒に塗られているようで、来る者を丸呑みにしてやろう。といった想像を掻き立たせてくる。


「ん、会頭。どうされました?」


「ああ、いえ。お邪魔させていただきましょうかね」

 独特な雰囲気に呑まれそうになりつつも、パロンズ氏の進める馬車と並んで進んで行けば、


「誰じゃい!」

 高圧さを感じさせる誰何は胴間声。

 トールハンマーの時の誰何とは違って、警戒心が強いのが声から伝わってくる。


「自分はパロンズ・リヒカルトン。ここの出身」


「なんじゃい。生真面目パロンズか」


「久しいなドドイル。その声音なら敵対者も肝を冷やしてここから先へは進めまいよ」


「あったりまえよ! このドドイル・ブライラスは無双の豪傑様よ!」

 ぽっかりと空いた穴の方から、ズンズンと大げさに足音をならしてこちらへと向かってくるのは、茶色のヒゲに覆われたドワーフ。

 顔の下半分は、腹部まで伸びきったヒゲで隠されている。

 手入れのされていないヒゲと同色の蓬髪は、顔の上半分を隠している。

 顔全体が毛で覆い隠されているが、目だけははっきりと見えており、ただでさえ風貌にインパクトがあるのに、輪を掛けるように目立つその目は――ギョロ目。

 大きく見開いた目にて、こちらを見据えてくる。

 

 パロンズ氏とは知り合いのようだが、初対面の俺達には警戒しているのか、手には自身の身長と同程度の長さの柄からなるバトルアックス。

 蓬髪の膨らみを無理矢理に抑え込むように被るのは、ラグビーボールを半分に切ったような形状からなる金属製の兜。

 コートタイプのチェインメイル。

 腰帯に差す刀剣は柄頭が丸みをおびた作りで、鞘の形状から幅の広い直刀だというのが窺える。

 山刀やファルシオンのような利器だろうな。


 ――柄頭の作りから見て、俺の知る刀剣に当てはめるなら――、


「古墳時代なんかで使用されていた、蕨手刀に似ているかな」


「なんじゃい! 俺の体を上から下までジロジロと見よって! ぶっ飛ばしてやろうかい!」


「……ギムロンよりも口の悪い御仁のようで……」


「おん? なんでオメエがギムロンさんの事を知っとるんじゃい」

 こちらを見上げ睨みつつ、強い足取りで近寄ってくるので、礼儀として下馬して待機していると――、


「黙らせようか?」

 と、コクリコよりも沸点が低いのか、高圧的な胴間声で接近してくる姿にイライラとしたようで、俺の左肩に座るミルモンは、自身の右手に黒い電撃を顕現させようとする。

 今からお邪魔するところの相手に粗相は駄目と、急いで制止。


 こういった時、今まではコクリコを心配しないといけなかったが、今後はミルモンの行動に気を配らないといけないな……。

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