PHASE-768【掴んでます】
「では我々も行きましょうか」
「うっす」
不敵な笑みを見せる先生は、ヒッポグリフに跨がったまま前へと動き出す。
スピットワイバーンもそれに追従する。
瘴気の中を悠々と、しかも大型の幻獣と竜を従えて進んでくる存在を目にすれば、相対する陣営の者達の心胆はどれほど冷え切っていることだろう。
「と、止まられよ!」
と制止を促してくるが――、
「嫌だと言ったら――どうされます?」
と、悪い笑みで返している。
「こちらは攻撃を行う!」
「まあ戦ですからね。こちらが宣戦を布告したことは承知しておいででしょう。ならばこちらは完全なる敵方となります。なので制止など促さす、攻撃してきてもよろしいのですよ」
挑発気味に先生が言うも、相手は怖じけている。
要塞内でのいざこざを耳にしているだろうし、傭兵たちとの折り合いを考えれば、むしろ俺たちに好感すら持っている面子もいるかもしれない。
とはいえそこは兵士。
「最後である。立ち去らなければ、その幻獣ごと射殺すことになる」
「ですから先ほどから言っているでしょうに」
「ええい!」
流石に余裕の笑みを湛えて挑発され続ければ、相手も怖じ気から苛立ちに変わるというもの。
「射かけよ! それがお望みだ!」
糧秣廠の前で展開している陣の中で、全身を金属鎧で装備した指揮官クラスがそう発せば、即座に矢が射かけられる。
やはり槍衾後方には弓兵が展開されていたようだ。
陣形の後方からザッと矢が空へと打ち上がる。
一定まで空へと向かっていき、重力と自重による落下を始める。
曲射による攻撃。
「防ぎなさい」
先生の声に合わせてヒッポグリフが地上で翼を大きく羽ばたかせる。
勢いよく落下してくる矢は、羽ばたきの突風によって勢いを殺され、ハラハラと木の葉のように地面へと落ちる。
「人馬一体ならぬ人幻一体ってところか。――語呂は悪いな」
王都防衛戦では驚異として相対し、こちらの矢による攻撃は、羽ばたきと厚い羽毛によってノーダメージだったな。
ゲッコーさんがスティンガーを使用したから対処が簡単だったけど、普通に戦うとなると苦戦する存在だよな。
味方となれば幻獣は頼りになる。
「無駄ですよ。無血をお勧めします。貴方方だって本当は戦いたくないでしょうに」
「だ、黙れ! 我らには大義があるとカリオネル様が言っておられた」
「それを信じてもいないのに口にするのは――空虚感に襲われませんか?」
「本当に黙れ! 次! 射線開け」
今度は魔術師たちも参加。
盾の壁の一カ所に穴が空くように陣が開けば、後方の射手が姿を見せる。
水平射と曲射に加えて魔法が先生へと一斉に飛来。
「イグニース」
「ありがとうございます主」
造作もない攻撃。
でも魔術師のファイヤーボールはよかった。
傭兵たちが使用したマジックカーブによる魔法よりしっかりとした威力――衝撃が伝わってきた。
「さてさて、正にその行動は、勇者に弓を引く行為ですね」
更に悪そうな笑みを浮かべる先生。
神に等しき
間違いなく二龍による神罰を受けることになるでしょう。
天に食指を向ける先生の動きは大仰。動きとは正反対の冷たい語調に、相手側に動揺が走る。
三射目のために番えていた矢。でも弦を引くまでには移行しない。
中世レベルの時代だ。信心深い者達も多いだろう。とくにこの世界には魔法なんかのファンタジーな力もあるから、神罰ってのが本当にあってもおかしくないからな。
それに有事でない時は、田畑を耕す農民による編制の公爵軍。
田畑を耕すのが仕事なので、大抵は学舎に通った経験のない方々。
見聞が狭くなる分、狭い範囲で傾倒しやすい。
つまりは信心深くなりやすい――と、先生。
そこを攻めれば瓦解しやすいし、それをしやすくする為に、
「メイドの方々。笑顔で手を振ってあげてください」
先生がコトネさんへと伝えれば、コトネさんがメイドさん全体に指示を出し笑みを湛えて手を振る。
全員が美女――美少年もいるけども、五十余名の麗しき面々が、瘴気の中で淑女のように胸元で手を振れば、それだけで相手は見とれる。
弦を引くどころか、鏃はそろって地面に向けられる程に。
これに加えて、兵としては後で叱られる行動だろうが、「ランシェルさ~ん」ってのが壁上の
増援された兵達からしたら何のことか分からないだろうが、元々、糧秣廠にいた面々は、ランシェルとマイヤによって胃袋と心をしっかりと掴まれてしまったからな。
ま、ランシェルは、インキュバスで立派な男ですけどね。
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