PHASE-769【弁が立つ】
「さて、なぜ彼女たち私たちが瘴気の中を移動できると思います」
一段階、声音を強める先生。
次には俺へと手を向け、
「それはこちらにおられる勇者の御業。我が主は
なんとまあ……、虚言をさらっと言い切りましたね。
こうやって新興宗教ってのが出来ていくんだよ……。
魔族であるメイドさん達には、瘴気の効果が適用されないってだけなのにね。
それが分かっているならタネを見破るのは簡単なんだけど、見た目は美人の人間にしか見えないからか、相対する方からは動揺の声が大きくなっていく。
神罰。四大聖龍。勇者。奇跡。
自分たちが敵としているのは手を出してはいけない聖なる存在だとすれば、自分たちが悪行を働いているのでは? と、思ってしまうこともまた事実。
お互いが顔を見合わせて困惑している。
「ま、惑わされるな! 我々は大義の――」
「その大義とはなんでしょうか? 正規兵を蔑ろにし、傭兵を囲い、見せしめとして精兵の騎士団の方々に意味なき死を与えた者に大義があるとでも」
「だ、黙らぬか!」
「先ほどからそればかりですね。兵士長殿」
先生の言葉を受ければ、その言葉が見えない手となって押しているかのように、兵士長が一歩、また一歩と後ろに下がっていく。
「では聞きますが、宣戦の布告――つまりは開戦へと発展した後、公爵殿側にお味方は馳せ参じたのでしょうか?」
「無論だ! 領内より貴族様たちの増援が到着しておられる」
「良くて数千でしょうか?」
「…………むぅ……」
兵士長の言葉が詰まる。
良くて数千って十分じゃないの? こっちの手勢からしたらかなりの増援数だけど。
「一応の義理立てで出された兵など頼りになりませんよ。状況次第では直ぐに撤退するでしょう。大方、布陣しているのは要塞後方なのではないですか?」
「だ、だ黙れ!」
どうやら当たりのようだ。
冬が到来するこの時期。
ブルホーン山の冬は平地よりも早く訪れるだろう。
そもそもがこんな時期に戦いを起こせば兵の士気も大きく落ち込む。でもこちらが布告を出したのは、勝てるし短期で決着が付くと先生が判断したからだろう。
相手側の増援が要塞後方で待機するというのは、一応の義理立てであって、冬の到来を理由に間違いなく撤退すると考えているのは先生だけでなく、相対する兵士長も分かっているようだ。
それを具申したくても、ミランドや番兵をしていた四人の征北騎士団の死が伝わっている時点で、言えるわけもないんだよな。
「失敬、話が脱線しました。私が聞きたいのは我々がこの地へと到着する間に、公爵領の中の貴族豪族ではなく、普段から懇意にしている諸侯という意味でして――そちらからは?」
「……げ、現在は冬の到来が迫っているので……その……あれだ」
「いいですよ。援軍は無しだとはっきりとおっしゃっても。ちなみにこちらには各地より英傑達が集っておりますけどね。冬の到来などを言い訳にせず。どうです、羨ましいでしょう」
本当に、小馬鹿な言い方をするのが上手だな……。
「うぅ……だ――」
「黙らぬか。ですね。本当にそればかりですね」
嘲笑を浮かべる先生。
なるほどね。行軍速度を緩やかにしたのはそういった意味もあったのか。
その間に馬鹿息子の陣営に各地の諸侯からの協力がないという事になれば、軍全体に不安が募るだろうからね。
短期間のビラまき効果と、先生の親書は絶大だったようだな。
継いで先生は、公爵殿と懇意にしている諸侯が、王側に援軍を向けているという虚言も述べる。
まだ確定もしてないけども、親書によって動くと先生の中では確定しているのかもな。
「ああ、あと我々には大義が――という台詞も黙れと同様に多用していますが、貴方方の主の行いを知れば、大義とは縁遠いですね。だからこそ諸侯もそちらに足を向けないのですよ。もう一度聞きますが、空虚感に襲われませんか?」
嘲笑から更に口角がつり上がる笑みを先生が湛えると、対する兵士長は怒りの感情を表に出す――のではなく、笑みから驚異をしっかりと感じ取ったのか、ここでも後退り。
陣を展開していた槍衾に、タワーシールドで壁を作る者達、魔術師に弓兵も合わせるように足を後ろに動かしていた。
「素晴らしいな。舌戦だけで相手の士気を完全に挫いておられる」
手に利器も持たず、相手を
「さて大義なき反逆者達にはそれ相応の制裁を下さないとなりません」
先生の怖いところは抑揚の付け方。
反逆者達の前後をあえて小さな声にして、反逆者達の部分を大音声に発する。
大義などと口にしつつも実際にやっているのは、混迷した世界に乗じて王に弓を引く行為。
反逆者という発言を耳にすれば、練度の低い兵達には不安が一層広がる。
でもあまり追い込むと相手の暴走を誘発するという可能性もある。
捨て鉢になって戦いを挑まれても困るけども、そこは先生。
相手の心理を
「慈悲か――――斬首か」
と、ポツリと飴と鞭を呟き、飴という逃げ道も作ってやる。
しじまが支配している中、呟きは気持ち悪いくらいによく聞こえた。
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