PHASE-770【俺のメイドならな~】

 このしじまとなった時間を活用して、先生の呟きを咀嚼してしっかりと答えを導いて欲しいね。

 投降ないし、ここより去れば追撃なしの慈悲を与えるということを理解すれば命は助かる。


「ふざけるなよ! 戦いもせずに我々が尻尾を巻いて逃げるものか! 大義は我らに!」

 残念ながら反対を選ぶか。

 でも選択を誤っているのは兵士長自身も理解はしているのか、声は完全に裏返っていた。


「なんとも耳目を集めない声ですよ」

 何とか鼓舞しようとはしているみたいだけど、全くもって兵達にはその思いが伝わっていないようで、先生は侮蔑の笑みを兵士長に向けた。

 イケメンの笑みは挑発としては十分だったようで、


「おのれ!」

 ケトルハットをしっかりと被りなおして馬へと跨がると、横にいる兵から槍をかすめ取り、


「その中高を苦悶に変えてやるわ!」


「ほう、これは勇敢。少しでも自分が鼓舞させようと先陣を切りますか。胆力は上々」


「ほざけ!」

 棹立ちをさせ嘶かせると、前足が地面につけば勢いのままに驀地してくる。

 瘴気のことを忘れているのかな。


「やれやれ」

 と、先生は肩を竦めて首を左右に振る。

 先生が乗っているのは象ほどあるヒッポグリフ。単騎駆けでどうこうできる存在じゃない。

 一般の兵なら尚更だろう。

 最悪のおまけとして、ヒッポグリフの隣では、警戒のためにスピットワイバーンが鎌首を上げている光景。

 火球を吐き出す準備万端。

 加えてここに、S級さん達もタボールを一斉に構える。

 一人がトリガーを引くだけでも十分なんだけども、指示が出るまでは動かない。

 むしろS級さん達は、蛮勇とはいえ単身で迫ってくる姿に、兵士として感心もしていたようだ。


「コトネさん」


「なんでしょう」


「対応できますか」


「畏まりました」

 スカートの裾を摘まんでのカーテシーにて先生に応じれば、先生と迫る兵士長の間にゆっくりとした歩みで立つ。

 驀地による接近なのだが、ゆっくりとした歩法のスピードに負けているという現実。


「戦場では女とて!」

 その現実が見えていない時点で勝敗は決している。


「手を抜かないでくださいね」

 柔らかい笑みを見せて疾駆からの跳躍。

 黒髪シニヨンの長身美人が空に舞う。

 常人ではあり得ない跳躍は馬に乗る兵士長を優に超える高さ。

 驚く顔のまま、ケトルハットにコトネさんの蹴りが直撃。

 常人どころか、ただのメイドに! と、薄れる意識の中で思ったことだろう。

 そんなメイドの一撃を受けて兵士長は力なく落馬。地面に体を叩き付ける。

 ――死んではいないようで体は動いている。コトネさん、しっかりと手加減したようだ。

 意識の戻りは存外に早く、兵士長は上半身を矢庭に起こす。


「駄目ですよ。ここより先は貴男様の体には毒ですからね」

 と、柔和は崩さない。右目の泣きぼくろと笑み。兵士長はそれだけで見入ってしまう。サキュバス故に天然のチャームってやつだろう。

 

 反面、単騎駆けをメイドによって容易く止められたことで後方の兵達の士気は大きく低下したようで、更なるざわつきが生まれる。

 メイドのあり得ない跳躍力。

 そして五十余人はいるであろう同じ服装の者達。

 この者達も同様の力を有しているとなると、自分たちでは太刀打ち出来ないのではという恐怖。


「これは良い時宜ですね」

 そういった感情の揺らぎを見逃すわけがないのが先生。


「これが勇者の取り巻きの力です。勇者の周囲を世話するメイド達も戦いとなれば、一人一人が一騎当千!」

 俺のメイドではないです。

 もしそれが本当なら俺は最高に幸せなんですけどね。

 

 リズベッドを救ってくれれば――って件で、コトネさんがとてもおいしい条件を出したこともありましたね~。


 あの条件、復活しねえかな。直ぐに童貞を捨てられるのに。

 ベルの評価はだだ下がりだろうけど。

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