PHASE-767【俺は練らなくてよし】

「嫡子に比べれば相当に頭のキレる御仁のようなんですがね」


「やっぱり」

 俺が思っていたことを先生が口にしてくれる。

 切れ者の公爵。

 なのに現状、未だに動きを見せないね。

 老いにより野心も随分と薄まったようですと先生は言う。

 魔王軍が本格的な侵攻をしていなかったなら、もしかしたらもっと前に凄惨な人間通しの戦いが行われていたかもしれないとも付け加えた。


 大陸にて人類が有する領土の三割と二割を持つ者達の戦い。

 そうなれば、どちらに味方することでおいしい思いをする事が出来るかを考える者達も参戦し、大陸中に戦火が広がった可能性もある。

 魔王軍がそれを見越してその後に侵攻していれば、人類は滅亡していたかもしれない。


「もしかしたらそれを見越して、公爵はのらりくらりと躱していたのかもしれません」

 でも野心もあるから砦は維持したままにしつつ、状況を窺うといったところか。食えない爺さんだな。

 まあ、窺いすぎて老いには勝てなかったってのも皮肉だけども、馬鹿息子と違って先をちゃんと見て行動は出来るタイプだな。

 流石は王様の叔父ってところか。

 馬鹿息子もその辺をちゃんと遺伝していたら、こっちも苦戦していたか、それとも親を反面教師として王様に協力していたルートもあったりしてね。

 ま、そうはならなかった世界。

 

 だからこそ――、


「負け戦を経験するわけだ」


「ですね」

 



 見えてくるのは約一週間ぶりの糧秣廠。

 今回は瘴気側にもしっかりと兵達が展開している。

 槍衾による横隊だ。

 長槍は五メートルほどあるもので、石突きをしっかりと地面に刺し、ハリネズミのようにこちらに向けた状態。

 スクトゥムサイズのタワーシールドが槍の前面に配置された光景はまさに壁。

 槍衾の後方には弓兵も展開していることだろう。

 糧秣廠の壁上には前回はなかったバリスタがしっかりと準備されている。

 ご丁寧に全ての鏃はこちらを向いている。

 でも問題ない。

 撃たれたところでここにいる全員を守れるだけの魔法障壁を使用出来る者が多い。


 随伴するコトネさんによれば、サキュバスメイドさん達はプロテクションならメイドにとって必修とばかりに使用出来るという。

 ランシェルも回復魔法が使えるしね。

 メイドさん達は接近戦だけでなく魔法も使いこなせるエリート集団である。

 流石は前魔王リズベッドに使えている方々。


 更には、


「ストライカー前に」

 ゲッコーさんの指示に合わせて二両のストライカーが前面に展開。

 曲射さえされなければストライカーが盾になってくれる。


「というかストライカーで突撃すれば余裕ですね」


「いやいや。しっかりと奇跡を見せてもらわないと」

 おっさんがハリウッディアンなお髭を意地悪な笑みで歪めている。

 それに、圧倒的な力を見せるのもいいけども、そうなると逃げに転じる可能性がある。

 ここの面子が逃げ出すのはいいけど、要塞の馬鹿息子まで逃げられるのは面倒。

 相手が逃げるタイミングを逸するように、ゆっくりじっくり真綿で首を締めるように攻め立てるのがいいんだと。酷薄な言い様だ。


「スチュワート。四人一組三分隊で街道にて破壊工作。加えて脅威の排除」


「了解」

 バラクラバの一人が敬礼すれば、前回までミュラーさん達がタボールを装備していたからなのか、揃ってタボール装備になっている。

 返事をしたスチュワートさんなるS級さんを中心としたメンバーのタボールは、周囲と違ってサプレッサー装備になっていた。


 要塞と糧秣廠とライム渓谷の砦を繋ぐ街道にて潜伏し、兵糧などを砦へと運ぶ輜重隊の破壊工作や、伝令の排除を目的とした別働隊は、完全隠密仕様。


 もう一度、敬礼をすれば、三分隊は光学迷彩により姿を消す。

 輜重隊を襲い奪える物は奪ってもらいたいとも伝えるけど、そこは先生が放置でいいとの事。

 十二人では無理があるからと聞かされて納得。


 渓谷側が砦を攻略した後に、放置された物資を回収する手はずのようだ。

 俺のような一般脳が戦略を練らなくても、天才がしっかりと練ってくれている。

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