PHASE-1407【賢人だと思う】
ハダン伯の考えも理解できるけども、先生が言うように競合するからこそ進歩するというのも理解できる。
これはギルドでもそうだからな。
位階を作ることで、上を目指すという向上心が芽生える。
先ほどのクラックリックのギムロンに対する発言が正にそれだったからな。
己を高め、互いに高め合う。
地力の向上とアイテム技術の進歩が生存率を高める。
現状のポーションでも素晴らしいけど、それこそ技術の進歩でノーマルポーションがハイポーション並になる可能性だってあるからな。
コストパフォーマンスがよく、高性能というのは誰もが求めるもの。
一方で独占により物流を一本化することで、商品展開速度を上げるいうのはこの押し迫った世界ではありがたい事でもある。
現に高順氏はもっと最前線に人員と物資を回してほしいとも言っていたからな。
なので俺主観だと双方の考えは正しい。
当初は独占なんて駄目だと反対するつもりだったし、コレに関してはゲッコーさんも同様だった。
でも今の俺の単純な脳みそだと、どちらも魅力的だと感じてしまう。
それでも中長期的に見ていけば、やはり先生の考えの方がいいのだろう。
独占により得た富にハダン伯の心が欲にまみれるという可能性もあると考えないといけないしな。
もちろんハダン伯だけじゃなく、伯爵の下で活動する者達がそういった考えに支配されるってのも十分にあるだろう。
独占が独裁と似ているとすれば、トップに対して意見を言えなくなるってのもネックだからな。
競合となれば参加者達は今までと違った商売方法を生み出そうと切磋琢磨するだろうし、忌憚のない意見が飛び交う環境にもなりやすい。
――うん。
「ハダン伯。再度となりますが、今回の貴男の提案は却下させていただきます」
「ぬぅうっ!」
「ここで生み出された物の所有権はこのギルドの責任者である自分にありますので、その自分が却下と決めた以上、この話はなしです」
「ぬっうぅぅ……」
よほど自分の提案に自信があったのかな。
「確かにこの情勢下だとハダン伯の考えも間違っていないと個人的には思いますが、今後の事も踏まえると伯の提案は呑めません」
「くぅっ!」
悔しそうに歯を軋らせるけども、流石に俺に対して怒りといった感情をぶつけるということはしてこなかった。
立場というのを弁えることと、自分を律することも出来る人物なのは高評価だ。
次にどんな発言で食らいついてくるかと窺えば、大きな深呼吸を一つ。
「今回はここまでにしておきましょう。副会頭殿の貴重な時間も奪ってしまいましたし。もし人員にて解決できる部分があるのならば、我が護衛の者達をその補填に使っていただきたい」
うむ、アフターケアも出来る人物だ。
「いえ、ご厚意だけ受け取ります」
先生はギルド内のことはギルドの者達で行うと丁重にお断り。
続いて最終決定権を有する俺が重ねて断りを入れる。
「分かりました」
短く返してくるハダン伯の声には疲れが混ざっていた。
今まではテンションで話していたんだろうけども、成果が伴わなかったこともあってか、どっと疲れたご様子。
「ですが私は諦めたわけではありません。更なる交渉はいずれさせていただきます。流石に毎日となればご迷惑でしょうから自重しますが」
「そういった対応をしていただけると助かります。それと――」
「なんでしょう。副会頭殿?」
「次からは、大仰な護衛を従えずに来ていただきたいですね。外の者達も合わせて八十近くの護衛は、この治安の行き届いた王都では悪い意味で目立ちすぎです」
「それは失礼。王都ではアンデッドや亜人――ゴブリンなどが徘徊しているという話でしたので、護衛の者達が過剰に反応してしまいまして」
「その発言はここだけで留めておきましょう。人ならざる者達もこの王都では貴重は人材ですし、何よりその発言は我が主からの評価を下げることになります」
「それは!? 大変申し訳ありませんでした!」
なんか俺に対しては、慇懃に接してくるよね。
「王都と他の領地では些か状況が違いますからね。少しずつでもいいので慣れてください。人間以外の者達を低く見ていると恐ろしい目に遭います。って、これは脅しとかじゃなく本当にそうなりますから。俺がとかじゃなく、各種族の旗振りとなっている存在達を怒らせると、俺でも止められませんから……」
亜人――コボルトやヴィルコラクのようなモフモフ系は最強さんであるベルの庇護下。
エルフの国から参加したゴブリン達はアルスン翁に任せている。
アンデッドを使役しているのはリンだからな。
敵対すれば翁はともかく、残りの女性二人を俺が制止するってのは不可能だ……。
「肝に銘じておきます」
「そうしていただけると助かります」
「私自身も大仰とは思っていたのですが、どうしても随伴すると頑なに言ってきまして、こちらが折れてしまいました。以降、ここを訪れる時は今ここにいる護衛だけにしておきます」
「柔軟に対応してくれるその思考、ハダン伯のお人柄が窺えます。自分には好印象ですよ」
「おお! そう言っていただけるのは至極の喜び! 交渉は上手くいきませんでしたが、初対面で公爵様に好印象を与えられたのは重畳」
言葉を返してくるハダン伯の表情は破顔。
「では、我々は失礼させていただきます」
「よろしいですか」
ここで今まで静かに状況を眺めていたベルが口を開く。
「これは美姫殿。なんでしょうか?」
「大仰な護衛は今後はないということでしたが、ギルドハウスだけでなく、斜向かいの建物や、その他の出入りの妨げになるのは困りますので、現状でも直ぐさま対応していただきたいのですが」
「斜向かいの建物は彼女の拠点でもあるので」
と、俺が言葉を足せば、
「これはご迷惑を! 今すぐ立ち退かせるように」
護衛の一人に伝達すれば素早く行動。
それを見送るハダン伯はこちらにもう一度、深々と頭を下げ、御用があれば当分の間は王城近くに間借りした屋敷にいます。と、述べ、静々と退出していった。
「――ミルモン――どうだった?」
左肩に乗る小悪魔に主語抜きで問えば、
「さっきのおっちゃん、負の感情は抱いていなかったよ」
抜いた内容でも俺の意図を理解してくれるミルモン。
この場において負の感情がないということは、俺達に対して怒りや嫉妬のような感情はない。
破顔も偽りではないというのが分かった。
ハダン伯――。自信家ではあるけども、自分がどんな性格であるのかというのを把握しているようだ。
クセはあるけどアンガーマネジメントも出来る賢人と判断していいだろう。
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