天空要塞

PHASE-1450【灰色卵】

「行ってらっしゃいませ」


「頼んだぞ! トールよ!」

 先生と王様からの声を合図とし、ツッカーヴァッテがウォーミングアップするかのようにゆっくりと翅を上下させる。

 生み出される風。周囲で歓声を送ってくれていた面々は後方に下がりながらも、激励の声を上げ続けてくれた。


「おう!?」

 ここでツッカーヴァッテがゆっくりと動かしていた翅を力強く羽ばたかせる。

 体が宙に浮く感覚。

 十メートルを超える巨大な体が一度の羽ばたきで離陸。

 二、三回の羽ばたきで西側防御壁の壁上以上の高さまでくる。

 生み出される突風。

 壁上にいる王都兵たちは胸壁部分に抱きついて突風に耐え、その姿のままで俺達に激励の言葉を贈ってくれた。


「では、行ってきます!」


「目標、天空要塞フロトレムリ!」

 俺に続いて口を開くのはコクリコ。

 肩越しに見れば、右手のワンドを空へと向けながら言葉を発していた。


「……格好つけているところ申し訳ないが、そっちは西だ。東は逆な」


「……目標、天空要塞フロトレムリ!」

 コホンと嘘くさく咳を打ち、今度はちゃんと東側にワンドを向ける。

 うろ覚えになるけど、以前もこんなことなかったかな? コクリコって方向音痴なのかもしれない。

 方向音痴なコクリコのTAKE2に従い、ツッカーヴァッテが前進。

 向かう方向は間違いないと思うけども――、


「ミルモン。念のために天空要塞の場所を見てくれるか」


「おまかせ」

 白い体毛から唯一でてる顔が俺を見上げてくる。

 俺の後ろに座るベルでは見る事の出来ない可愛らしさ。この可愛さを独占していることがバレたら、ゴロ太の発言も加えての嫉妬を受ける事になるな。


「むむむ……」

 と、いつも通りに瞳を閉じて集中。

 ――から見開けば、


「以前と変わらないね。このままの進路でいいよ」


「分かった。ツッカーヴァッテ、ミルモンが指さす方角に向かってくれ」


「キュゥゥゥン」

 返事をする辺り、背中に乗っている俺達の動作が見えているご様子。

 360°を見渡せるであろう複眼ならではだな。

 広い視野。これなら危険が迫っても早期に対応できるってもんだ。

 ツッカーヴァッテには異世界の早期警戒管制機AWACSになってもらおうじゃないか。


 ――。


「凄いな」

 瞬く間に王都から離れていく。

 移動速度は以前に魔大陸でお世話になったハインドよりは遅いかな。


「巡航速度は150キロほどだな」

 と、ゲッコーさん。

 バイクで高速道路を走る以上の速度だけども、強い風圧を感じるということはない。

 バイクには乗ったことがないから、どんな感じの風圧なのかは分からないけども。

 風圧を感じないのはツッカーヴァッテのお陰。

 出立前のアルゲース氏からの説明では、ツッカーヴァッテは自身の周囲にフィールドを展開しているそうで、それにより俺達は強い風圧を受けずにすんでいる。

 ハーネスで固定もされているし、風圧を感じない飛行移動は快適そのもの。

 だからといってこの高度。油断はしてはいけない。


 特に、


「気分が良いですね~」

 と、空の旅を満喫しているコクリコは、諸手を空に向けている。

 ハーネスで固定されていなかったなら落下もあり得る。

 こちらにはシャルナとリンがいるから、もしもの時にはレビテーションで助けてもらえるけど。


 ――――。


 万全にて挑むため、直ぐさま天空要塞へと乗り込むのではなく、途中で野宿を挟む。

 いつも通りギャルゲー主人公の家のお世話になる。

 ツッカーヴァッテだけ外というのが申し訳ないが、就寝直前までベルが構っていた模様。

 全力でモフモフの体にダイブしているから、構っているというよりは、構ってもらっているという見方が正しいのかもしれない。

 そんなやり取りを主人公部屋に備わったベランダから羨ましそうに眺めていた俺……。


 ――食事に十分な睡眠。

 万全の状態だ。

 これからの目的地の事を考えると、緊張で眠れないと思っていたけど熟睡できた。


 本日も確実性を得る為、ミルモンに見通す力を使用してもらい、ツッカーヴァッテに目的地となる方角に向かってもらう。

 道中、リンによる雷魔法の補給を触覚から吸収すれば、嬉しそうに鳴き声を上げていた。


 ――。


「トール。体に不調は出ていないか?」


「まったくもって問題ないですよ。健康そのものです」


「そうか、健康でなにより」

 この高度を生身の状態で飛行しているので、高山病に近い症状が出ていないかと心配してくれるゲッコーさん。

 以前バランド地方の西側から迫ってきていた瘴気をその高さと吹き下ろしで防いでいたカンクトス山脈。

 高いところで標高が4000メートルを超えるそのカンクトス山脈を見下ろせる位置を飛行しているが体に異常はない。


「体に問題がないのは、ツッカーヴァッテが展開しているというフィールドのお陰でしょうね」


「だろうな。こういったファンタジー能力には毎度、驚かされる。フィールド内は飛行機の内部に似た環境のようだ」

 お見事な能力を有しているツッカーヴァッテを優しく撫でているところで――、


「見えてきたな」


「あれだけはっきりと見えていれば、迷うことなどないですね」

 と、コクリコが続く。

 位置としては、バランド地方の中心都市であるドヌクトスから更に東へと進んだ地点。

 

「まさに雲の卵」

 濃密な灰色からなる雷雲が、卵の形状で宙に浮いていた。

 

「あれに突っ込むんだな……」

 こちらの気概を削ぐかのように、灰色卵の外殻部分の各所で時折、白い発光がパッと輝いては消えるという光景。

 ――……間違いなく雷が原因の輝きだ……。

 あの中に突入するのは自殺と同義。


「でも行かないとな!」


「その通りです! 伝説になるために!」

 ぶれないコクリコ。


「じゃあ、皆、覚悟はいいな」

 肩越しに問えば、皆して首肯で返してくれる。

 表情から緊張は見えない。今までで培ってきた経験からくる自信によるものだろう。

 だからこそ、先頭に座っている俺が情けない表情を見せるわけにはいかない。

 突っ込まないと先には進めないし、進んだ先では雷雲の外殻よりもしんどい状況が待ち受けている。

 なので外殻程度にビビってはいられない。

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