PHASE-952【U+2623】

 扉のハンドルを回す。

 ガチャンという音と共にこちら側へとゆっくりと引く。

 扉は軋む音を立てることなくスムーズに開いていく。

 半年間は使用されていなかったのだろうが、注油はしっかりとされていた様子。


「でも中々だな」

 ストレンクスンとインクリーズを使用しているけど、厚みのある鉄の扉はずっしりとした重みを掴んだ諸手に伝えてくる。

 頑丈さがここから先の危険度の高さを物語っているな。


「よし。じゃあ行こうか」

 開かれる扉に人一人が通れる隙間が出来たところで素早く突入するゲッコーさん。

 動きに擬音をつけるならヌルリが相応しいだろう。


「クリア」

 開ききったところで、突入したゲッコーさんからの一言。

 用心しつつゲッコーさんに続く。

 俺達の中でもっとも用心したのは、普段からは考えられないベル。

 いつもの前衛とは違い、最後尾に布陣するという光景。

 アビゲイルさんよりも後方に立っていた。

 あえてそこはツッコむまい。俺は紳士だからな。

 乙女モードが優先しているんだろう。

 この先で更なる巨大ヤスデやそれに似たのが出てきたら……と、思っているんだろうな。

 

 ここは男として俺がしっかりとカバーしよう。で、好感度をグングンと上げるんだ。

 先頭のゲッコーさんに続くのは、俺と自称ロードウィザードだけど前衛が当たり前になりつつあるコクリコ。

 青白く輝くミスリルフライパンを数回素振りするあたり、接近戦をしたいご様子。


「まだ強い灯りはやめといてくれ」

 ファイアフライの使用を控えるように指示を出す。

 強い光に反応してこちらに向かってくる正の走光性タイプが襲ってきても困るからだろう。

 

 まずはAA-12の銃口付近に取り付けられたフラッシュライトで俺達の足元付近を照らし、ゆっくりとその灯りを動かして、やや前方の壁や天井を照らしていく。

 当然だが扉から先は通路になっていた。大人四人が横に並んで歩けるくらいの広い道幅。

 ライトによって照らされる暗い通路はまるでホラー。

 そうホラーゲームだ。


「BIOHAZARD」


「何ですそれ? しかも低い声で。まったくもって似合わない声質ですよ」

 横に立つコクリコの質問と呆れ。


「すまん。ただ言ってみたかっただけ」

 このシチュエーションだと言わないといけない使命感が芽生えたんだよ。


「声質はともかく、実際バイオハザードは起こっているようだからな。扉や通路にユニコードのU+2623シンボルでも描いておくか?」

 前進の合図をハンドサインで出しながらゲッコーさんが返してくれると、足音を一切立てずに歩き始める。

 

 羊皮紙の資料を見るかぎり、ここで行われているのは合成獣の創造。

 しかもかなり狂った内容による創造……。

 内容を思い出すだけでも反吐がでる。

 とどめに暴走しているという生物災害の尻拭いを俺達がすることになったしな。

 

「カイメラって組織を探し出して、しっかりと罪の清算をしてもらわないとな」


「清算ですむような事ではないけどな」


「確かに。ところでさっきのユニコードなんたらって?」

 質問すればバイオハザードのマークの事だった。

 それなら知ってるけども、なぜユニコードなる言い回しをするのか……。

 答えは簡単。ゲッコーさんが俺やコクリコ以上に中二病だから。

 てな事を考えながら無駄な緊張を弛緩させつつ、通路を先へと進んで行く。


 ――……うむ……。

 ゲッコーさんが足音を立てないように歩いているから俺達もそれを見習っているんだけど……。

 ただ一人それを無視してカツーンカツーンとハイヒールから音を奏でる。

 リンだ。 

 強者故の歩み方は、ゲッコーさんのスニーキングを台無しにしている。

 でもその事に関して誰もなにも指摘しないので、俺も黙ってることにする。


「とりあえず今のところは問題ないな」

 現状は通路を進むだけ。

 音に反応していないのは有り難い。

 

「トール。流石に暗いです」

 ゲッコーさんが携行するAA-12の先端についた灯りだけでは心許ないとコクリコがぐずりだす。

 コクリコが難しいならアビゲイルさんも難儀していることだろう。

 リンが足音を立ててる時点でってのもあるしな。だからなのかゲッコーさんも肩越しに頷いてくれる。


「どっちか頼むよ」

 シャルナかリンに頼めば、今度は自分がとシャルナが応じようとするが、その前にリンが手を払うように動かす。

 その動作だけでファイアフライによる輝きが生まれ、通路を照らす。

 先を越されたことにシャルナが頬を膨らませてジト目でリンを見るも、当の本人はどこ吹く風。

 というかリンは静かに正面を見据えていた。


「マスター」


「そうね~」

 ツーカーとばかりにオムニガルが呼んだだけでリンは悟ったご様子。


「なにか気付いたことがあるなら言ってくれ。オムニガル」


「あのね、お兄ちゃん」

 アビゲイルさんの護衛はしっかりとこなしつつ、後方から俺へと語りかけてくるオムニガルは、


「この通路の先からアンデッドの気配を感じるよ。しかも多数」

 継いで出てきた名詞に警戒を強める。


「アンデッドか。ますますバイオハザードだな」

 お願いだから爪の発達した大男のバケモノは出ないでくれよ。

 まあ、ああいったルックスの奴はこの世界だとまだ普通だったりするから、出会っても驚きはあっても怖さは感じないだろうな。

 何よりも警戒すべきは多数って事だな。

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