PHASE-924【二大湖のもう一つ】

 向こう側の方々は膝が笑っているようだけども、


「さあ皆さん。我々は堂々と降りましょう」

 こちらは威厳を見せないとな。

 チヌークを操る側の立ち位置なんだからね。


「で、ですな。新公爵殿っ!」

 この中で唯一腰が抜けそうになっているバリタン伯爵が自分を奮い立たせるように発して一番に降りていく。

 地に足さえつけば恐怖は払拭されたようで足取りは強い。

 ああいった歩みを周囲が見れば、お青ざめている者たちは流石は譜代の家臣団といった評価を口にしていた。

 伯爵に続いて俺達も降り立つ。

 そのタイミングに合わせて、


「お待ちしておりました」

 と、こちらに待機していたサキュバスメイドのサニアさんが先頭になって、俺達を出迎えてくれる。

 一礼をすれば栗毛のポニーテールが優雅に動く。

 俺達に随伴していたコトネさんとランシェル達がサニアさんたちと合流。

 出迎えるメイドさん達の後方では、前乗りしていた征北騎士団と近衛達も待機しており、ヨハンが征北の先頭に移動する。

 前乗りの兵達を見やれば隊列は整然としており、表情は自信に漲る。


 短い期間での合同演習だったけどもやれる事はやったといったところだろう。

 今までカリオネルによって軽んじられていたけど、俺に代替わりして直ぐに諸侯を前にしての大々的な演習に参加できる事は、騎士として誉れだと嬉々としている。

 騎士としての矜持を取り戻せたからこそ生気が漲っているわけだ。

 

 それに演習に備えた訓練の間はメイドさん達のお世話を受けてんだからな。これで良いところを見せられないと男じゃないもんな。


「皆。ご苦労様」


「「「「お言葉ありがとうございます」」」」

 おお。本当に勘違いしそうだな。

 兵達に労いの言葉を発しただけで気持ちのいい揃った声が返ってくるとか、一種の快楽だな。

 そら権力者は勘違いもするわ。


「駄目だぞ」


「分かってますとも」

 俺の場合は直ぐさま軌道修正してくれるチートさんがいるので勘違いはしないけどね。

 お願いですよゲッコーさん。注意をするにしてももう少し優しい語調で言ってもらいたいです。

 なんでいつも背後から刺すように言うんだろうね……。

 背筋で冷ややさを感じつつ、体全体では心地のよい涼しさを経験する。


「俺は現地入りは今回が初めてですけど、写真で見たとおり美しい場所ですね」

 チヌークに乗って約一時間半。公都より南に位置するこの地はミルド領の中ではまだ暖かさが残っている地。

 

 公爵家や懇意にしている諸侯が公爵家に招待されることで立ち入ることが許される避寒地の名は――エスタリス。

 俯瞰から見れば大森林地帯にぽっかりと大きく穴が空いたように草原と湖が広がっていることだろう。

 といってもこの湖全体を収める為にはドローンによる撮影では不可能。

 衛星から撮影でもしない限り全体を捉えることはできない。

 それほどに広大な湖。

 名はニウラミエル大湖。以前ドヌクトスで目にしたセイグライス湖と双璧を為す、人類が住まう地における二大湖。

 大海の如き湖が俺達の眼前に広がっている。


「水深は?」


「問題ない。大型の船を何隻も並べられる。岩礁地帯もしっかりと調べている」


「流石はS級さんですね」

 称賛すればゲッコーさんが笑む。

 自分の大事な仲間が褒められるのはやはり指導者として嬉しいようだ。

 実際、俺達が公都に到着した時、ほとんどのS級さんが各地の調査を終えていたし、諸侯が公都を訪れる時にはミルド方面の全員が揃い、デモンストレーションの下準備と演習に参加する。


 王都とドヌクトスの守りにも配置しているからフル動員じゃないのに、この仕事量を容易くこなせるのは凄いとしか言えない。

 ゲーム内でS級兵士を必死になって、MAX人数百人まで集めた甲斐があった。

 まさか異世界でこんなにも活躍してくれるとは思いもよらないからな。


 チヌークでの移動にて公都ラングリスからエスタリスまでの移動は約一時間半という早さ。

 本来ならば馬車などを利用した長時間の移動を経て、大森林地帯に建てられた公爵家の避寒地を訪れるのだから、これほど早く到着できた事に諸侯たちは驚く。


 時間の経過と共に諸侯たちも落ち着いてきたようで、柔らかな陽差しによる暖かな気候ということもあって、公都にて羽織っていたものを一枚脱いで陽の光を浴びている。

 その横で俺は深呼吸。

 綺麗な空気を肺に入れつつ、聞き耳を立てる。

 聞こえてくる内容は、チヌークの素晴らしさ。

 当初は怖がっていたけど、あまりにも早いこの地への到着に感動すらしている。

 近くに立つスーツ姿のS級さんに恐る恐るだが、どうやったら購入できるのかと聞いていた。


 おもしろいのは、貴族から見れば下男の立場であるはずのS級さんに対して敬語を使用しているところだろう。

 俺の仲間という見方をしているから、どうしてもへりくだった態度になってしまうようだ。

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