PHASE-925【この世界では背徳の味】
「主」
S級さんと諸侯のやり取りを見ていた俺へと、先生が悪そうな笑みを湛えてやって来れば、耳打ち。
――――なるほど。
と、俺も悪い笑み。
「其処な方」
S級さんに交渉している貴族に話しかければ直立不動へと変わる。
「すみませんね。これは売り物ではないんですよ。手に入れることは出来ません」
「左様でございましたか。公爵様の専用の乗り物ということでございますね」
「まあ、そうなんですけども。正確には俺の力で呼び出しているんですよ」
「……へ?」
本当は大人数の前で見せるのはよくないんだろうけど、先生がここは圧倒的な力を見せる事に重きを置きましょう。ってことだから、手札公開。
「戻れ」
プレイギアを手にして発せば全てのチヌークが光り輝き、その光がプレイギアへと飛び込んで来る。
次には先ほどまで目の前に存在していた黒塗りにて統一された多くの大型ヘリが、その場から消え失せた風景。
「とまあ。俺の力によって召喚されているので、売り物にはならないんですよ」
「……」
「其処な方」
「……は!? な、なんとも素晴らしきお力で!」
はたとなって俺へと感嘆の声を上げて拍手を送ってくれると、続けとばかりに他の諸侯からも拍手喝采。
俺と諸侯たちの間に先生が立てば、拍手は散発的なものに変わり――、完全にやんだところで、
「このように主は偉大なる力を有しており、主個人と仲間達の力を合わせて魔王軍の撃退に悪漢カリオネルを討伐しました。カリオネルのような悪漢がこの中にいるとは思いませんが、この領地にて乱脈へと繋がるような行為は
しっかりと脅しをかけるところは先生だ。
奇跡のような光景を目にした方々は、先生の発言に対しギクシャクとした動きで首を縦に振るだけしかできなかった。
「荀彧様、その様に強いお言葉をお使いしてはゲストの方に失礼でございます」
「そうですね」
「トール様。皆様へのお飲み物の準備が整いました」
ここでギクシャクと首を動かしていた貴族の体が一気に弛緩する。
右目下にある泣きボクロは美人の証。
コトネさんのカーテシーに合わせて後方の美人メイドさん達も動きを揃える。
美しい方々の乱れなき動きに男達は見とれ、女性たちは自信をなくす。
いくら着飾って美しい装身具を身につけようとも、メイド服の集団にまったくもって太刀打ち出来ないと、プライドの高い貴族令嬢であっても認めてしまっているご様子。
そして準備が整ったのも段取り通り。
整ったと言うも、目の前に準備はされていない。
ここでも力を見せる為の一工夫。
「チコ。キョエ。タカシ。キム。そしてシグルズ」
と大声で呼べば、ドドド――ッと地面が揺れる。
「に゛ゃぁぁぁぁぁぁあ」
だみ声の猫の鳴き声を発しながら駆け足でやってくるチコと、名を与えた三頭のマンティコア。オルトロスモドキ――もといシグルズが姿を見せる。
象サイズの生物が近づいてくれば再び恐怖に染まる諸侯。
チヌークでの移動からやっと平静になったのに、恐怖の追撃もうしわけないね。
「おおチコ、皆。よしよしよし」
撫でてやれば目を細めてご満悦。
撫でるチコたちは荷車を引いている。そこには前準備として屋敷の池に召喚したミズーリから運び出した飲料などが積まれている。
ミズーリを浮かべることの出来る池には驚いたもんだ。
撫でている間、先生がチコは魔大陸から連れてきた生物だと説明すれば、諸侯たちは驚きの声を上げる。
まあ、ずっと驚いてるけど。
見たことのない生物を飼い慣らしている事から、俺達が魔大陸に上陸したという話は真実だったんだと、完全に信じてくれたようだ。
俺や先生としては、チコたちの姿を目にして訳知り顔の存在がいればとも考えていたけど、どうやらいなかったようでS級さんの首は横に振られるだけ。
となると、合成獣はカリオネルと創造した存在以外は知ることのない秘匿あつかいだったようだな。
ここにいる面子からは有用な情報は聞き出せないか。
その辺りはカリオネルへの尋問と、S級さん達が各地より集めた情報から調べていくしかないな。
「さあ皆様、こちらをどうぞ。公爵様が所有するご自慢のお飲み物です」
コトネさんが微笑み、グラスに注がれた飲み物を手渡せば、
「あ、あありがとう」
上擦った声で返す一人の貴族。
チコ達の存在に怯えた事と、再びメイドさんの魅力に当てられた二つの意味で上擦ったんだろうね。
女遊びになれた人物なんだろうが、手を若干振るわせてから受け取る。
透明のグラスに注がれている飲み物はキンキンに冷やされたオレンジジュース。
避寒地であるこの地では陽が差せば暖かい気候。
気候と緊張で渇いた喉に冷たい飲料はありがたいものだろう。
「よく冷えていますね」
メイド相手に敬語を使いつつ、
「これは柑橘を搾った飲み物かな? オレンジのエードのようですが」
継いで出て来る質問にコトネさんはそれに近いものですと返答。
さあどうぞと美人が笑顔で勧めれば、男たるもの拒む理由もない。
グイッと一口飲めば――、くわりと目を見開きゴクゴクと喉を動かす。
「な、なんだこれは!?」
一気に飲み干して興奮した声を漏らす。
興奮から大声を出したことに気恥ずかしくなったのか、周囲に軽く会釈をしつつもう一杯と催促。コトネさんがビッチャーにて注ぐ。
二杯目はゆっくりとテイスティングするかのようにして飲んでいる。
ワインのように口で転がしていた。
初めて見たよ。オレンジジュースでそんな飲み方。
「オレンジなのは分かりますが、なんなのでしょうかこの甘みは」
甘みに興奮。
その驚きに我も我もと次々と飲んでいけば、美味いの輪唱。
「蜂蜜や砂糖ではない。いや砂糖も入っているのだろうが、別の甘みだ。経験のない甘み」
「こっちのコーラなる黒い飲み物もいいぞ。この喉にくる衝撃はクセになりそうだ」
「この麦酒はどうだ。まったくもって雑味がない。どういった製造でこれだけクリアな味を出しているのだろう」
舌鼓なにより。
甘みで驚く皆さん。それが人工甘味料というものだよ。
悪魔の甘味だ。
天然物ばかりを口にしている皆さんの舌は本物になれているし、その舌は間違いなく一流だろう。
だがその一流も未知の甘味を知れば困惑もするというもの。
この世界には人工甘味料なんて化学的な味はないからな。
経験のないこの甘味はめくるめく背徳の味だ。天然物と違って体にいいか? と、問われたら首を傾げるものだよ。
だが止まらないようだね。ガブガブ飲むがいい。そしてちゃんと歯磨きしようね。
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